![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/111029973/rectangle_large_type_2_81bee10e2da17f3626fae3510134d123.jpeg?width=800)
『天魔恋玉(てんまれんぎょく)のコンペティション〜俺の魂は猫に奪われました〜』第16話
第16話 こんな私でもドキドキする?
「ちょっと付き合ってくれる?」
「つ、つきあう!?」
「ユイちょっと静かに。また劇の練習だろ?」
「なんだそっちか〜。ここは大丈夫だから行ってきて」
そっちか〜って練習以外に何があるというんだ。
「ごめんね、ユイ」
「ううん、全然! サキも頑張ってね」
サキの後をついて練習用の空き教室に向かった。
煉彩祭に向け、学園内は慌ただしくも活気があった。
「なぁ、あんだけ練習したしもう大丈夫だろ?」
「何言ってるのよ。私、お芝居なんてはじめてだし本番までにできるだけ完璧のしておきたいの」
「だったら俺じゃなくて、ニコを誘った方がいいんじゃねぇのか?」
今回の俺たちがやる演目は、死神の女生徒と霊能力を持った女教師がひとりの男子生徒を奪い合うというものである。
はじめは男子生徒の魂を狙う死神と、それから守ろうとする女教師という構図なのだが、どちらも男子生徒が好きになってしまうというストーリーだ。
元々人気の小説だったようで、マンガ化が決定している作品である。
以前、サキとニーコがスタジオで撮影していたのもこの作品である。
それを知ったレイコが原作サイドに許可をとり、さらに劇用の台本まで用意させてしまったのだ。
配役は俺が狙われる男子生徒、ニーコことニコが死神役、サキが女教師役である。
ただ劇という性質上時間が限られるため、主題である死神と女教師以外の役は出番が大幅に削減されている。
つまり俺の役もメインにはなるのだが、他のふたりに比べるとセリフ数はかなり少ない。
だからこそ、ニコとのかけ合いの練習をした方が良いと思うのだが
「あの娘、苦手なのよ。それに、あなたは早々にセリフを覚えちゃったし演技でもお墨付きをもらってるじゃない」
「いや、俺にもやることが色々あってだな」
「他に何があるのよ。レイコさんから私たちメインアクターには負担をかけないようにって他の仕事は割り振られてないじゃない。それでも色々やるって聞かなかったニーコを除いてね。あなたのことだから、どうせ手伝ってるフリしてサボりたいだけでしょ? だったら成功して1位になるためにも私に協力しなさいよ」
ぐっ、確かにその通りだ。
「わかったよ。けど、なんでそんなに1位にこだわるんだ?」
「あなたは1位になりたくないの?」
「1位になることより、みんなで協力したってことが大切だろ?」
「だったら、私の練習にも積極的に協力しなさいよ」
「ぐぅ、確かに」
「はぁ、まったくあなたって人は」
サキは呆れたようなため息をつくが、その後わずかに笑顔になっていた。
「私がこだわるのは出世したいからよ。勝たなければ意味がない、トップでなきゃ意味がない、そう思ってる」
「出世か……だったら結果も必要だろうけど、他にも大事なものはあるだろう?」
「そうね、そうかもしれない。けど、私はそうじゃない」
「ど、どうして?」
サキは窓の外を見ると、ふぅーと息をはく。
なにか遠くのものを眺めるような表情をしていた。
「私の父はね小さな会社を経営してたの。一応私はしゃちょうれいじょうってやつ? 父の友人の社長さんとか知り合いとか親戚にも可愛がられてたわ。けどね、ある理由で父の会社が倒産しちゃったの。それからは地獄だったわ」
サキは一瞬表情が陰るが話しを続ける。
「はじめは仲良くしていた人たちも離れていったわ。父はある人の連帯保証人にもなっていてその人も借金を残して逃げた。父は荒れたわ母に当たり散らすようになった。毎晩酒を飲んで歩いては家でも外でも暴れたわ。そしてある日死んだのよ、いきなりね」
俺は言葉が出なかった。俺も親には不満がある、子どもを放ったらかして家には居ないし。
ただ、俺なんか比べられないほどの事情に言葉が出なかったのだ。
「父が死んだ後、母は必死で働いたわ。私も働きたかったけどその時はまだ幼くて働けるところがなかった。きびしい状況で助けを求めたこともあるわ。けど誰も助けてはくれなかった、父の友達も親戚でさえもね。あれだけすり寄ってきたくせに連絡すら取れなかったわ。結局、借金はなんとかなったけれど無理を続けた母は倒れてしまったわ」
サキは俺と背中を合わせるように床に座った。
「その時、思ったの。結局、出世して出世して昇り続けない限り、人は離れて行くって。1位を獲って出世しないと周りに誰もいなくなってしまうってね」
「俺は、」
「うん?」
「俺は離れるつもりねぇよ。サキが1番じゃなくても、出世しなくても」
ざわざわと賑やかな学園の音が遠くに聞こえた。
ふっとサキが笑っていた。
「シュンくんはそう言うわよね。でもね、この間の球技大会の後、ちょっとわからなくなったの。私が抜けて負けたのに、誰も責めなかったでしょ? それどころか私の心配までしててさ」
「アイツらはそういう奴らだよ」
例え誰かのせいで負けたとしてもそれで友達をやめるような奴らじゃない。ユイもリオもタケシもムラマサも、きっとクラスの連中もそうだと思う。
「だからね、今はちょっと違う理由かもしれない。今はみんなと一緒に1位を獲りたいなって」
「だったら、協力しないわけにはいかないか」
「そう、そう。最初からそう言えばいいのよキミは」
サキは俺の背後から腕をまわしてくる。
後ろから抱きつかれるような形になっている。
「お、おい」
「こんな私でもドキドキする?」
サキの感触が背中や肩、頭ごしに伝わってくる。
あたたかく柔らかい、かすかにシャンプーの良い香りがする。
「あ、当たり前だろ、こんなことされたら」
「そっか」
パッとサキは離れる。
「なぁ、今なんて言ったんだ?」
「なんでもない! 練習しよっ! れんしゅう」
サキに促されて俺たちは劇の練習をはじめた。
耳元でかすかに聞こえた「あなたは私が守る」の意味もわからないまま。
第16話ー2
【シュンがサキに誘われる前のある日】
サキは見覚えのある少女に気づき立ち止まる。
うつむき気味で佇むその少女に声をかけた。
「えっと、シュンさんの妹さんのタマさんでしたよね? どうかしたの?」
「貴様に頼みがあっての。ワシは正直、貴様なんぞに頼みたくはなかったんじゃがな」
「え、ええっと、何かしら? (なんでこの娘はこんなに私を嫌ってるわけ!?)」
サキから見て、タマには愛でたくなる魅力があった。
もちろん、シュンの妹である点を除いたとしても。
だから仲良くなりたいのだが、何故か当のタマ本人から嫌われていた。
「アイツを、シュンを守ってやってくれ」
「えっと、ごめんどういうことかしら?」
サキはどういうことか理解できずにいた。
それを察したタマはため息をつく。
「えっと、タマさん……え?」
サキの目の前から突然タマの姿が消える。
「ど、どこに」
「こっちじゃ」
サキは突然背後から聞こえた声に驚き素早く振り返る。
「あ、あなた一体」
「ワシは玉城じゃ、悪魔よ。さっきのも玉の守護者としての力じゃ。いや、正確には元玉の守護者ってことになるのかの?」
サキは一瞬、隠し持った銃に手をかけようとするが思いとどまる。
「元ってことは、誰かに奪われたの? いや、渡したのね」
サキには確信めいたものがあった。
煉玉を守る玉城が何者かに奪われることなどあり得ない。
悪魔も天使も競技だから玉の守護者と対等に渡り合えるのである。
玉城は神の造られたとされながら、神の外側にある存在。
だから競技外の理由で煉玉が奪われることなどあり得ない。
競技内で天使に奪われたなら、もう既にコンペティションは終了しているはずである。
そうなっていないということは、煉玉を受け取った誰かが守護者の役を引き継いだとしか考えられなかったのだ。
「察しが良いな、さすがは悪魔の代表に選ばれるだけある。そうじゃ、今はシュンの中に煉玉がある」
「えっ?」
タマはサキに説明を続けた。
秘密を守らせるためシュンの魂と煉玉を入れ替えたこと。
シュンは玉の守護者としての力を使えないこと。
異性からの好意で鼓動が早くなると、煉玉が実体化し身体から出てくること。
もし煉玉を奪われればシュンは死んでしまうこと。
「……なぜ? なぜそんなことを悪魔の私に話したの? マイ先生たちのことをあなたが知らないわけないわよね?」
「ワシとしても不本意なんじゃ。じゃが、奴らではおそらく間に合わん。事が起こった時、シュンのそばに居るのはおそらく貴様だけじゃ」
「どういうこと? 何が起きてるか知ってるの? それにニコさん、いや、ニーコさんには話さないの?」
「天使のニーコか。まさか球技大会の後、貴様に正体をバラして宣戦布告するとはのぉ」
「な!? 聞いてたの!?」
「ニーコが結界を強める前から見張っておったからの。じゃが、ニーコではダメじゃ。あやつは既に侵食されておる」
「し、侵食って? ち、ちょっと!!」
タマの姿はかき消えてしまった。
その声だけがサキに届く。
「シュンのことを頼む」
「頼むって、あなたが守れば良いじゃない! それに私が煉玉を奪うとは思わないの!?」
タマの姿が突然現れる。
「いや、それはないじゃろ。貴様は友の命を奪うことなどできん。それに……」
「それに、何よ?」
「貴様がシュンに好意があることは知っておる。しかも、恋愛対象としてな」
「はぁああ!? そ、そそ、そんなわけないでしょ!?」
サキは顔を赤くして否定する。
タマはイタズラっぽくニヤリと笑う。
「隠しても無駄じゃ。ワシには人の好意が見える。貴様がどれくらいシュンに好意を寄せてるかなぞ、丸見えじゃ」
サキがタマの肩を掴もうとするが、タマの姿はまたもかき消える。
「ワシではおそらくシュンを守りきれん。だから、アイツに手を貸してやってくれ。なに、あんなんでもワシが兄と認めた男じゃ。やる時はやってくれるはずじゃ」
「ち、ちょっと待ちなさいよ!」
それきりサキの声に応える者はなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?