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『天魔恋玉(てんまれんぎょく)のコンペティション〜俺の魂は猫に奪われました〜』第17話

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第17話 違う

何度目かのサキとの練習から解放されると、ユイに呼び出され屋上へと向かっていた。

「しっかし、ユイの奴なんで屋上なんかに」

教室ではできない話でもあるのだろうか。
そういえば、煉彩祭の前後にはカップルが増えるって聞いた事がある。
もしかしてそういうことなのだろうか。
俺にも春が来たとかそういう

「ま、そんなわけないか」

どうせ何か相談事とかそんなものだろう。
ユイに呼び出されて、俺にとっては大した用事じゃなかったなんてことは良くある。

告白かもなどと考えてしまう辺り、俺自身浮かれているのかもしれない。
だが、これは俺に限った話ではない。

祭りの日が近づくにつれ学園を中心に町全体の空気感が変わってきてる気がする。
すこし前までの俺だったら気楽な奴らが浮ついてるだけだ、などと思っていたかもしれない。
だけど、今は俺なんかも祭りの空気感に染まっているのだろう。

屋上へと出るドアノブはナンバーロック式になっている。

「えっと、0000と」

数字を押しドアノブを回すとガチャリという音とともにドアが開いた。

この解錠するためのナンバーはもう既にほとんどの生徒に知られている。
本来は安全上の理由だとかで、生徒が勝手に出入りできないよう定期的にナンバーを担当の先生が変えることになっている。

だが、マイ先生が施錠の担当になってからは「面倒だ」とか言って、全く変えていない。
なのでこうして実質屋上へはフリーパスで出入り可能になっていた。

「ユイ? ……まだ来てないか」

屋上に出ると誰もいなかった。
というか少し冷静になってみると誰もいなくてよかった。

屋上がフリーパスなので、誰でもここに来れてしまう。
知らない奴らの告白場面とかに遭遇しなくてよかった。

「ん? ドローン?」

微かなプロペラ音とともに、ドローンが屋上へと上がって来た。
ドローンは大きな四角い布の角をそれぞれ支えていた。
さながら空中に現れた大きなスクリーンだ。

スマホが鳴る。
確認するとメッセージにリンクが添付されていた。
それをタップして開く。

『やっほ〜、ニーコだよ〜!! 今日は煉彩祭の前夜祭っつう〜ことでゲリラライブやっちゃうよ〜!!』

スクリーンにはスマホの画面と同じものが映し出されていた。

『ワン、ツー、スリー!!』

ニーコのカウントでハイテンポな明るい曲が学園に響き渡る。
校庭のスクリーンやスマホの画面を見ながら盛り上がる生徒の姿が見える。
ニーコはスタジオのようなところで撮影しているようだ。

「ん? ここなのか?」

ニーコが歩き出すと廊下や校庭が映る。どうやら学園の中で撮影していたようだ。

『ほっ!』

「おい、おい、マジかよ」

ニーコはブランコのようなものに腰掛けると、そのままブランコでドローンに吊り上げられて空中に昇る。
エフェクトや演出で合成に見えるが本当にドローンで飛んでいる。
何故なら、今ドローンが下から屋上へ上がって来たからだ。

屋上へと着くとニーコはブランコから降りる。
別のドローンが空撮したり、周りから撮ったりしている。

「見ていて! 私のメタモルフォーゼ!! あなただけの特等席で!」

曲に合わせてニーコはこちらを指差すとウィンクした。

「……(確かに、こりゃ特等席だな)」

屋上の特等席からニーコのライブを見守る。
そして最高の盛り上がりと共に曲は終わった。

「配信はここまで!! 明日はニーコと握手ってわけで、煉彩祭! 盛り上げて行こうぜ〜!!」

配信が終わるとドローンは屋上からどこかに飛び去って行った。

「どうだったシュン先輩! ニーコ凄かったっしょ?」

「ああ、凄かったよ」

ニーコはニシシと笑うと近づいてくる。
互いの息づかいがわかるほどの距離。

「お、おい?」

「ねぇ、シュン先輩。ニーコ変わったでしょ?」

「そ、そうだな。演劇部で練習してた頃は大きな声だって出せないし、人前に立てるような度胸もなかったもんな」

「そう、あの頃のニコは全然ダメダメだった。けど、今はこんなライブだって出来ちゃうんだよ? 変わったでしょ?」

「あ、ああ。演劇部で主演になった時はどうなるかと思ったけど、ニコも頑張って成功させたもんな。あの頃からがんばり屋なとこは変わんないというか……、ニコは頑張り続けてたんだな」

「ニコは変わったの。ねぇ先輩、ニーコに触られただけでドキドキしてるでしょ?」

ニーコは俺の片手を恋人つなぎのように指を絡めて握る。
そしてニーコはもう片方の手で俺の胸の辺りを触ってくる。

「あ、ああ、そうだな。だから、できたらもう少し離れてもらえるとありがたいんだが」

俺の心臓が早音を打ち始める。
ニーコには手の感触でそれが伝わっているだろう。

「ねぇ、シュン先輩。ニーコ、シュン先輩の相手にふさわしくなったよね? あの頃とは違うでしょ?」

「ニ、ニコは変わったよ。ニーコがニコだって最初はわかんなかったし。けど、あの頃からニコはちゃんとやってたぞ」

「え?」

「あの演劇部の最初の頃は、お互い主演役なんてできるのか正直不安だった。ニコは大きな声さえ出せなかったし、緊張で手が震えるどころか身体まで震えてたし。でも一緒に、部活の後も休みの日も練習して、他の仕事も授業もあったけど、とにかく時間を作って練習してさ」

ニーコは、ニコは黙って聞いていた。

「俺だけだったらきっとダメだった。適当にある程度やって、諦めてたかもしれない。けど、ニコが一緒にやろうって、頑張ろうって言ってくれたから最後までやり切れたんだ。それに一緒にやってきたニコが相手役だったから、あの時手を握ってくれたから安心してやることができたんだ」

そう先輩たちだけじゃない。
あの時、一緒に歩いてくれるニコがいたからこそ俺は頑張れたんだ。

「だから、あの劇が失敗したとしても俺は後悔しなかった。ニコほど俺の相手役にふさわしい奴なんていなかった。いや、むしろ、俺がふさわしい相手役ができるように頑張ったくらいだ。だからニコはあの頃も凄かったよ」

俺の隠すことない本心だ。
正直、その後ツライこともあったから思い出したくないなんて思うこともあった。
けど、あの時の体験が想いが俺の中に根付いているのは確かだった。

「……違う」

ニーコの雰囲気がガラリと変わる。
先程まで手のひらごしに伝わってきたニーコの体温が、今はひどく冷たく感じる。

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」

「え?」

「違う!!!」

キーンとニーコの大声が響き渡る。
ニーコと繋がれていた手はいつの間にか離れていた。

「ニコのままじゃシュン先輩にはふさわしくないから変わったの。そう、だからニーコになったの。誰にも文句を言わせない、邪魔させない、シュン先輩を傷つけさせないために。違う? 私が傷つかないため? 違う、シュン先輩の隣に居られるように。ニーコになってシュン先輩を籠絡して。違う、玉を奪ってシュン先輩を解放するため。シュン先輩が自由になるように」

「た、玉のこと知っていたのか?」

ニーコはこちらの問いかけに答えない。

「ニコは天使様にお願いして、いや自分でニーコになって。だからニーコがふさわしいの、ニコじゃなくて。あれでもニコがふさわしくなるためにニーコになって。そうすれば玉が手に入るから? 違う違う違う。ニーコが隣に居られるように、そしたらあの悪魔がシュン先輩を狙ってて、あの悪魔め悪魔悪魔シュン先輩を奪いに来たんだ。だからニーコはニコはあれ?」

「おい、ニコしっかりしろ!」

「違う!!!」

「ワタシはニーコだよ?」

ニーコだと言う、ニコのおでこには円形の印が赤黒く輝いていた。

「ニコ! っぐっ!?」

ニコの肩を掴もうとするがふり払われてしまった。
勢いで尻餅ついている間にニコは屋上から走り去ってしまった。

「ニコが天使だったのか」

あまりのニコの豹変と天使だったという事実に俺は動けずに立ち尽くしていた。


第17話ー2

「よっ! サプライズするつもりだったけど、それどころじゃなくなったみたいだな」

気がつくとユイが屋上へとやって来ていた。

「ああ、ユイか。見てたのか?」

「まぁな。違うって叫んでた以外は何言ってるかまではわかんなかったけど。それよりも」

俺のスマホが鳴る。

「エイトか? 悪いけど今取り込み中で」

「知ってるよ。目の前で見てるからな」

「え?」

俺の目の前にはユイしかいない。

「お、おい、ユイに隠しカメラ付けたのか?」

「ちげぇよ、察しが悪い奴だな。俺がエイトなの」

「え? ユイがエイトだったのか?」

その時、ガチャリと屋上のドアが開く。

「あれ!? ウイ!? どうして出て来ちゃってるの? サプライズは?」

ドアから入って来たのはユイだ。
ユイがふたりで目の前に並んでいる。

「悪い、色々あってそれは無しになった」

「えー、そうなのー」

後から入ってきたユイは残念そうにうなだれている。

「お、おい、どういうことなんだ?」

「俺はエイトってこと、ユイ説明していいぞ」

「え!? 良いの!?」

「良い、良い」

エイトと名乗ったユイにうながされて、後から来たユイが説明をはじめた。

「おほん。シュンのネット親友のエイトくんは、なんと私の双子の妹! 八目羽衣はちもくういちゃんなのでした!!」

「ま、そういうわけだ」

ユイはウイの肩を抱き嬉しそうにしている。
まだ混乱してはいるがウイとユイが双子だということは理解できた。

「実はたまにユイの代わりに学園にも来てた」

「き、球技大会の時とかね〜」

「ユイが無理やりな」

「だって、しょうがないでしょ!? 球技大会に穴あけるわけいかなかったんだもん」

「そもそもユイが熱出すからだろ。おかげでぶっつけ本番でやらされるハメになたんだぞ」

そう言われれば練習騒動の後、ユイの言動がおかしいことがちょこちょこあった。
あれはユイではなく、ウイだったからなのか。

「そ、そうだったのか」

「シュン、リアクション薄くない? もっと驚くかと思ったのに。あれ? そう言えばニコちゃんいないね」

「ああ、ちょっと色々あったんだよ。コイツとな」

「え!? ど、どういうこと、ウイ!?」

「それは俺も聞きたい。何があったんだシュン?」

玉や天使、悪魔のことは伏せて説明した。
ニコは演劇部のあの頃より、ふさわしい相手になれるようにニーコになったと言っていたと。

「そうか、そういうことか」

ウイは納得したように頷いている。

「ウイ、わかるのか?」

「あー、エイトでいいよ。そっちの方が呼ばれ慣れてるし。ユイ、例のことシュンにも話してやった方が良いんじゃねぇか?」

「ユイ、何か知ってるのか?」

「あ、うん。今のシュンになら話しても大丈夫かな」

ユイは説明をはじめた。

「シュンの噂があって学園に来なくなった後、ニコちゃんの噂も出てきたの。シュンほどじゃなかったけど、調子に乗ってるとか、相手役としてふさわしくないとかね。その噂があってもニコちゃんは気にしてなかったみたいなんだけど、結局転校することになっちゃって」

さらにウイが説明を付け足す。

「親がその噂を聞いたみたいだな。それで学園にも抗議に来て、結局転校することになったみたいだ。本人の意思に関係なくな。俺はまだ海外だったからユイに聞いただけだけどな」

「そ、そうだったのか」

俺が自分のことでいっぱいいっぱいになってた時、ニコも苦しんでいたんだ。
なのに俺は気付いてやれなかった。

「シュン、大丈夫?」

ユイが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「あ、ああ」

俺のスマホが鳴る。

「もしもし?」

『あ、シュンくん悪いんだけど、おつかいお願いできないかな? マイ先生の荷物運びと、ついでに買い出しもお願いできると嬉しいんだけど』

「リオか、別に構わないぞ」

『ホント!? 助かる〜。ちょうどこの手が空いてる問題児連れて行って良いから』

『お!シュンか!おーい』

『誰が問題児だ、誰が』

『アンタら以外にいないでしょ』

タケシとムラマサの声も聞こえてきた。

「ああ、わかった。じゃあ校門でな」

待ち合わせをするとスマホの通話を切った。

「ってわけだから、俺は行くわ」

「じゃ、俺もドローンの調整に行くかな。レイコお嬢様に頼まれてるし」

「あ、シュン……ホントに大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。じゃな、ふたりとも」

ユイとウイに別れを告げると校門へと向かった。


第17話ー3

【シュンがタケシとムラマサに合流した後】

シュン、タケシ、ムラマサの3人は買い出しを済ませ、商店街の倉庫で荷物を運び出すことにした。
商店街には店が入っておらずシャッターが閉まっている場所がいくつかあり、そういった場所は倉庫として有効活用されている。

今回の倉庫もそのひとつで本来なら鍵がかかっているはずだが、鍵はかかっておらず簡単にシャッターが開いた。

「お、開いた、開いた」

「けど、マイ先生は不用心というかテキトーというか」

「まぁ、マイちゃんらしいじゃねぇか」

タケシの言葉にシュンは頷いて同意する。

「おい、荷物ってこれじゃねぇか?」

ムラマサの言葉に、シュンとタケシも倉庫の奥へと入る。

マイの荷物ということだったが、当然その場にマイの姿は無い。
代わりに「これを学園で使え」と書かれた置き手紙と、ダンボールがいくつか入ったリヤカーがあった。

「よっしゃ! じゃあ筋トレがてら俺様がこいつを運ぶぜ!!」

タケシは意気揚々とリヤカーを引き始めた。

「ぐー、がー」

ムラマサはリヤカーの荷台でいびきをかいていた。
シュンは荷台からタケシに声をかける。

「タケシ、やっぱ俺だけでも一緒に引くよ」

「ガハハ!」とタケシは笑う。

「ここは俺様に任せて休んでろって。シュン、疲れてるんだろ? 顔に書いてあるぜ」

タケシもムラマサもシュンの様子がおかしいことに気づいていた。
しかし、ふたりとも詮索はしなかった。
今はそうすべきではないとふたりとも思っていたからだ。

たとえ、シュンが何も言わなくても味方でいる。
そうふたりは決心していた、あの時から。

「そんな顔してたか?」

「おおよ、そんな時は休むのが大事だぜ。筋肉だって鍛えるだけじゃなく、休ませなけりゃデカくならないからな!」

「そっか」

「おおよ」

シュンは空を見上げる。
空は曇っていて星は見えない。
それでもわずかに見える星がないかシュンは眺めていた。

学園にたどり着き、校門をくぐる。
バチッと静電気のような感覚がシュンに走った。

「!?(今のはなんだ!?)」

その直後、誰かに見られているような感覚がシュンを襲った。

そして、学園のチャイムが鳴った。
終わりと始まりを告げる音が鳴り響いた。

次話

1話

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