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Chara「命のまつり」その54~介護施設11年間の振り返り①

初めて顔を合わせたメンバーで、実質4日間で特定施設の入所準備をしたという、びっくりするような経験
嘘みたいな話だが、本当のこと

あの時は、新規開設の施設で働くという希望を誰もが抱いていた
入所開始までの期限もあり、ベクトルが同じ方向に向いていたし、
1人1人の集中力やエネルギーも高かったと思う

メンバーとの初めて会話場面
お互いがどんな人か・・・
どんな経験を持っている人か、
どんな距離感で関わればいいのか・・・・、
話が合う人かな・・・など
普段なら少し自分にシールドをはりながら少しずつ探るように会話して
相手の雰囲気や人柄を感じて、「あうかもしれない」とか「ちょっと距離をとろうかな」なんてするのが自然だと思う

それが、もう残された時間がないとなると会話の質も違っていた
前振りもなく、いきなり本題まっしぐら

入居受け入れの準備、入居者さんの生活スケジュール、各勤務帯の業務手順、多職種の役割分担・・・・
それぞれのメンバーが自分の考えや意見をどんどん出していた

最近よく言われる心理的安全性、あの時の私たちに心理的安全性があったのかどうかは・・・・正直わからない???
間違いなくあったのは、入居開始というタイムリミット

よくあるグループワークで、「誰かが始めに言うだろう」的な様子をうかがう雰囲気は全くなかった
もうタイムリミットがあまりにも迫っていたたのでそんなことはどうでもよかったのだと思う

だけど、メンバーひとりひとりのエネルギーが同調というか融合というか、
そんな場になっていたように思う

そして、私たちはくるくる動き続けた

定員の50名の利用者さんの入居を終えた頃、私たちはものすごく
疲れ果てていた

開設して3か月くらい経った頃から、どんどん職員が辞めては入り、辞めては入りを繰り返すようになっていった

介護と看護の統括という役割の私

この3か月間何をしていたのだろう・・・という感じだった
事業の種類は特定施設入居者生活介護
特養とは違うのだが、入所されている利用者さんの平均介護度は4くらい
胃瘻の方が50人中10人くらい、喀痰吸引の必要な方もいた
尿留置カテーテルを入れている方
インスリン注射をされている方
中には、CVポートから高カロリー輸液をしている方もいた
看護師は私を含めて2人、医療度の高い利用者さんのケアに追われ
夜間も電話当番で体調不良者の対応をしたりで、くたくたになっていた

あの頃、何を大切にして働いていたのか
どんな未来を描いて働いていたのか
時間に追われ、目の前の利用者さんのケアや対応に追われ
仕事に使われてくたくたになっていた

新規開設の施設に入職した1人1人は、きっと新たな気持ちでいたと思う
新しい場所で、新しい仲間と、施設を作り上げていく、自分たちの施設
そんな未来を描いていたのかもしれない

あの時、1人1人が大事にしている思いをお互いに語り合い共有する場が
あったなら・・・
1人1人が今の仕事を通じてどんな人生を望んでいるか、話を聴いてくれる
人がいたなら・・・

仕事がしんどくて、くたくたになって体も悲鳴をあげて辞めたくなった時、
職場の上司や経営者ではなく、本音で自分の胸のうちを吐き出せる相手がいたなら・・・・

私にみんなを支える力もっとあったなら・・・

当時を振り返るとそんな思いが押し寄せてくるのだった

介護職員の人数不足はありながらも、介護主任を中心に利用者さんの生活は守り続けられていたのだった


看護師歴34年、体中、頭の中も対人援助職です。
仕事でくたくたになった対人援助職の方が人生をとりもどすお手伝いをしています。

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