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母と過ごした2ヶ月半

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2022年8月。私は27歳、母は59歳。急に足が動かなくなった母は、ガンが脳に転移しており、余命1,2ヶ月と宣告される。私は仕事を休み、自宅で母の介護がスタートしました。母と過ご…
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#死

50 祈り

何者かわからない何かに、私は祈っていた。 1日でも、1時間でも、1分でも、 母とのお別れをとどめてください。 お願いします。 ・・・神様。 家は曹洞宗。でも、普段から信仰深いわけでもなく、寺にも神社にも教会にもお祈りする。とりあえず神々しいものの前では手を合わせてみる。 そんな私だが、母はキリスト教に興味があったようだ。 母はそこまで信仰に熱心というわけではなかったが、 若い頃に聖書を勉強していたようで 「イエス様に祈るんだよ」 「天国や地獄は本当は無くてね、死

48 最後の

人工呼吸器をつけだしてから 母は言葉を発することもままならなく もちろん飲み食いはできなくなった。 最後に口にしたのは、オロナミンC。 母が必死に、何かを私たちに伝えようとしてくれた時 頑張って聴き取った言葉が『オロナ』だった。 嚥下機能は低下していて、誤嚥性肺炎の危険もあった。 吸う力だってもう殆どない。 家族みんなで、オロナだって!!どうしよう!!と考えて 口腔スポンジにオロナミンCを染み込ませて口に入れた。 ガブっと噛んでしまうのでスポンジを噛み切ってしまわ

46 誰が為に

私はこの介護休業を得た実家ぐらしで 毎日続けていたことがある。 ①適度な運動(Switchのエクササイズ的なもの) ②鉄分摂取のためにプルーンを食べること ③毎食みんなのご飯を作ること それが、母が酸素マスクを付けてからパッタリできなくなったことがある。 ①と②だ。 どちらも短時間で終わる簡単なことだけど、それでも出来なかった。 出来なくなった自分と、それでも出来ることがある自分に気づいてハッとした。 出来なくなったのは、自分のためにやっていたことだ… 自分に構う

44 私にくれた最期の言葉

何が正しい処置なのかわからない。 ただ、怖かった。 苦しむ母を目の前にして何をすればいいかも分からず、 看護師さんの指示通りにやっても、苦しみ続ける。 今の状況が、死の直前なのか、死へ向かう過程なのか。わからない。お医者さんでもわからないのかもしれないけど。 とにかく苦しむ母をなんとかしたくて、 何が緩和ケアなんだと悔しくて、 友達が話してくれたことを看護師さんではなく、(看護師さんは酸素マスク導入について決められないらしい)お医者さんに電話相談した。 このときは既に

43 緩和ケアって、死ぬ前って、苦しくないんじゃないの?

たん吸引をして3時間ほど経った、23時。 母はまた苦しみだし、そして叫んだ。 『このままじゃ死んじゃう!!最期にお父さんに電話するんだ!!』 たんが気道を塞いでしまうのか、とても苦しそうだった。 看護師さん曰く、呼吸の苦しみを取り除くためにはたん吸引しかないらしいので、家族で吸引をやってみようか?と検討するも怖すぎて断念。 もう一度看護師さんに訪問いただき、たんを吸引してもらった。 しかし、看護師さんがたんを吸引したところで母が楽になったようには見えなかった。

42 初たん吸引

今日は特に苦しそうにしていた。 咳き込み、タンが絡む。 ゼコゼコした呼吸。 20時頃。ますます状況は悪化。 こんな時、いくら家族とはいえ 知識ゼロの素人集団は何の役にも立たない。 私は訪問看護へ連絡し状況を説明すると たん吸引の機械をもって来てくれることになった。 機械を準備しながら看護師さんは言う。 たん吸引は苦痛を伴うもので… とても痛くて辛い処置なんです。 つらいようなら無理にしなくても大丈夫ですので… しかし、母は今苦しいのだ。 それどころではなさそう。

37 母の覚悟

朝起きても、変わらず母はハキハキ喋る。 意識障害、せん妄の影響はありつつも 話し方はしっかりしていた。 これは本当に最後のチャンスだと思った。 今日はどんな話でもいい。摩訶不思議な話でもどんとこい。話せるだけで幸せだ。 たくさんお話をしよう。 看護師さんが帰った後、母のエアベッドで無理やり、母と一緒に横になった。 すると母はしっかりした意識と口調で話し始めた。 今は、薬がたくさんあって延命治療もたくさんある。延命治療が良いか悪いかは、わからないけど、お母さんはつきとめ

32 今を無駄にする人に未来はない

明日、実家に行きたい。 母がヒステリックモード全開で怒りながら伝えてきた。 しかし、こちらは母を連れて行くとなると福祉車両の予約やなんやかんやいろいろ準備が必要になってくる。 「今度の週末にしようよ」 みんなでそう返した。 するとさらにヒートアップし 「今いかないと、もういけるかわからないんだよ!」 その言葉でハッとした。 なんてことを言ってしまったんだと 心が苦しくなった。 私が日々一緒に過ごしているこの人に この世の明日が来る確率は物凄く低い。 それなの

29 たとえ明日、母が滅びるとしても私は母を保湿する

「この身体、どうせ焼かれるんだから もういいんだよ」 私が、母の身体に保湿クリームを塗っているときだった。 そんなこと言わないでくれよ、と思いながらも私は直ぐに返した。 「そんなの、みんな同じだよ。私だって焼かれるんだから。」 明日、母は死ぬかもしれない。 それでも私は母の身体を保湿する。 あれじゃん、ルターが言ってたやつ。 『たとえ明日世界が滅ぶとしても私はリンゴの木を植えるだろう』 同じことしてる、あたし。 でも、あたしだって、みんなだって 生きていたら明

24 「死ぬの、怖い?」

「死ぬの、怖い?」 私は母にたずねた。 死が間近に迫っている人に対して、なんて不躾な質問だ、と自分でも思った。 母はすぐに返してくれた。 「怖いよ。この世から自分が居なくなることが全然想像できない。」 そうか、そうだよな。 普通の答えだなと思った。 しかし、それが真理なのかも。 続けて私はたずねた。 「死んだらどうなると思う?」 「死んだら無になると思うよ。」 確かに母は、私が小さい頃から死んだら何もないんだよ、無が訪れるとか言っていたっけ。ブレてなかったみた