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10年経っても思い出す電線泥棒の話

これは私が4年半の病棟実習で、重症度や社会的背景が最もえぐいと思った患者の話。


病棟実習が始まって1年経ったある日の外科実習。その日はやけに指導医のT先生がそわそわしていて、右も左もまだ分からない学生の私たちでさえただならぬ雰囲気を感じ取っていた。『処置を見せたいからついてこい。』というT先生の後ろについて足早に処置に向かった。


心の準備をさせて欲しかった...


開け放たれた処置室のドアの前で心からそう思った。処置室のベッドで私達を待ち受けていたのは、手足が根元から1本ずつ切断されて、臀部にぼっこり穴が開いた患者だった。

医師として働いていると、いくらショッキングな状況を目の当たりにしても手を動かさなければいけないし、処置の見学も次は自分がやる立場になるという目線で見ているから動揺している暇がない。

ただその時は違った。

せかせかと手を動かしながらT先生の講義が始まる。20代、ジプシー、電線を盗もうとして誤って感電、ぶらぶらぶら。まだ学生。医学生の3年目。痛みで絶叫する患者を目の前に、講義の内容なんてちっとも入ってこない。


『お前がやったことなんだからな!!しっかりしろ!!!』 


この日私が覚えていたT先生の唯一の言葉が患者への叱責だ。

患者だってここまでなると思っていなかっただろう。
彼も充分苦しんでいる。
そんな彼に対する叱責はさらに彼を追いつめるのではないか。
あの日はT先生の態度に疑問を抱いた。

10年経って振り返ると、彼はあの時は痛みに耐えて治療している段階だったけれど、急性期が過ぎれば現実と向き合わないといけない日が来る。これから自分の犯罪行為の代償に手足を失ったこと、障がい者に優しいと言えない環境で生きていく覚悟をしなければいけない。あれはT先生の優しさだったんだなと今ははっきりそう思う。

ブルガリアは東欧の中でも貧しい国なので、銅線を売ろうと電線をちょん切って、誤って感電してしまう人が多いらしい。 

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ちなみに2007年のEUの統計によると、障がい者が貧困や社会的排除状態となるリスクはブルガリアがヨーロッパ1らしい。加えて彼はロマだった。

彼のやったことは明らかに犯罪だ。ただそれにしても払った代償は大きいと思った。彼は今どうやって生きているのだろうか。

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