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なぜ秀吉は朝鮮に出兵したのか。3冊目①本書の要旨と本稿の目的

書誌

まずは書誌から。

本多博之,2015,『天下統一とシルバーラッシュ――銀と戦国の流通革命』吉川弘文館(歴史文化ライブラリー).

本書の要旨

 本書の目的は,16世紀から17世紀初めまでの日本国内の動きを,東アジアにおける政治と経済の流れのなかで理解することである。この目的を達成するために、本書は当時の国際通貨である「銀(シルバー)」に注目する。

前提として,いくつかの基礎的な知識を整理しよう。

① 16世紀から17世紀初めの日本の政治

 この頃の日本は,戦国時代(地域国家の並列)の状態から,信長・秀吉・家康の流れで実現された統一政権の誕生(天下統一)に向かう途中の時期に当たる。
主な歴史的出来事を整理すると,
15世紀 1467年:応仁の乱はじまる。
    1485年:山城国一揆
16世紀 戦国大名の台頭
    154?年:鉄砲の伝来
    1573年:室町幕府滅びる
    1582年:本能寺の変で信長が死ぬ
    1590年:秀吉の天下統一
    1600年:関ヶ原の戦い
17世紀 1603年:家康が江戸幕府をひらく。

少し遡り,15世紀から中学で習う出来事で整理すると,上のようになる。16世紀から戦国時代が始まり,信長・秀吉・家康の流れで,天下統一に向かっていったことが分かるだろう。

② 東アジアにおける政治と経済の流れ

 ①で示した日本の出来事をより深く知るために,本書では2つの研究テーマが加わる。それが,東アジア海域史と貨幣流通史である。
 これら2つの研究テーマに共通しているのは、「日本」という枠を超えた議論が蓄積されている点である。中国・朝鮮・東南アジア諸国といった東アジアの国々の歴史をふまえながら、特に貿易や経済の視点から検討すると、日本の政治や経済の動きがより広い歴史の中で理解できるのだ。
 信長や秀吉、そして家康はなにも日本だけを見ていたのではない。海外の動きを常に注視し、貿易を進めていた。南蛮貿易といった言葉が教科書にも出てくることからもわかるだろう。

③ 国際通貨の銀

 今日、国際通貨といわれる貨幣はいくつかある。一つはアメリカ・ドル。EUのユーロ。そして日本の円だ。複数の国が取引するときに、異なるお金同士だとやりとりが複雑になる。そこで、国際通貨に両替し、取引をスムーズにするのだ。現在、アメリカ・ドルは国際的な取引の80%近くを占めており、アメリカ・ドルを用いて複数の国々が貿易を活発にしていることがわかる。
 それでは、本書が対象とする16世紀から17世紀初めはなにが国際通貨だったのかというと、「銀(シルバー)」だった。そして、その「銀」の一大産地が、日本だったのだ。世界遺産にもなった石見銀山が発見され、その開発が本格的に進められた。日本で大量に銀が採掘されたことを、本書では「シルバーラッシュ」と呼んでいる。
 このシルバーラッシュにわいた日本には、日本の銀を求めて来航する外国船、あるいは銀をもって日本を出港する船によって活発な国際貿易が行われたのだ。

下の図は17世紀の世界の交易ルートである。広く日本とアメリカ大陸、ヨーロッパ諸国とが結びついていることが分かる。

フェルメールの帽子

 こうした基礎的な事実をおさえ、本書の目的を改めて整理するならば、近年の東アジア海域史研究と貨幣流通史研究の成果をふまえ、銀をキーワードにしながら、16世紀から17世紀初めまでの日本の政治・経済の変化を、東アジアの国際関係や貿易関係の変化と関連付けて明らかにすることである(本多 2015: 3-4)。

そして、本書は次のような結論を導いた。以下3点にまとめてみよう。

① 石見銀山の開発によって、東アジアの貿易が活発になり、またアジア諸国との貿易をねらっていたポルトガルやスペインといったヨーロッパの国々も加わることで、商船の日本来航・出航が活発化する。

② 秀吉が天下統一を進める過程で、それまでばらばらだった国内市場と外交・国際市場が秀吉のもとで把握されることになり、国内市場は大阪と京都、外交・国際市場は長崎を中心に再編成された。江戸幕府はこれを引き継ぎ、大阪を「天下の台所」として物流の中心とし、長崎には「出島」をつくり、外交と国際貿易の窓口とした。そして、貿易を管理するために「朱印船貿易」を始めるのである。

③ 秀吉以降、国内の金銀鉱山の開発が積極的に進められ、諸大名は自分の領地内で取れた金銀を中央政権に上納する体制ができあがる。日本国内にある富が、秀吉や家康以降の江戸幕府によって掌握されることになる。これによって、江戸時代には幕府による銀貨と金貨の鋳造が始まるのである。

力量不足は否めないが、本書を一言でまとめると、戦国時代から天下統一へのプロセスは、国際通貨でもあった銀を中心に活発化していた東アジアの海を舞台にした貿易や国内の流通を中央政権が一元的に把握していくものでもあった、ということになるだろう。

本稿の目的

 それでは銀を中心とした国際経済の歴史と秀吉の朝鮮出兵はどのように結びつくのか。そこには本書の結論の②が大いに関わっている。つまり秀吉の天下統一による国内の流通の掌握と再編成が、朝鮮出兵時の兵や兵糧の輸送を機に進められた側面があるのだ。

そしてこの朝鮮出兵が,中近世移行期における海運の構造的変化をもたらす契機となった。
(本多 2015: 144)

また各地の大名を肥前国名護屋に集めたことで,大量の兵糧・武器・弾薬などを調達する必要が生じ,それらを可能にするための大量の資金を調達する仕組みも完成した。

詳しくは次回以降に記すが、戦争は人だけではなく、様々な物資の輸送も重要になる。軍隊には兵站を担う専門部門があり兵糧や武器、弾薬の輸送を担う。加えて、そうした物資を調達するためにもその国の経済状況は大いに関わってくるだろう。その点で本書は秀吉の朝鮮出兵の状況を知る手がかりを教えてくれる。

今回はここで終わりにし、具体的な中身の検討は次の記事に譲るとしよう。気になった方はぜひ読んでいただきたい。





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