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アメリカのゴミ屋敷を知っていますか?

日本でもお馴染みの「こんまり」こと、近藤麻理恵さんが、今アメリカで大ブームになっている。著作はもちろん、彼女の「片付けの魔法」はアメリカのバラエティー番組でも大々的に取り上げられて、むこうで単独のネット番組まで作られた。

でも、そもそも家が広いアメリカで、そんなに片付けに困っている人なんかいるの?という疑問が日本ではよく聞かれる。日本は家が狭いから片付けに困るのであって、アメリカン・サイズの家なら、なんの問題もないだろうと。

確かに、アメリカの人々はもともと広い家を徹底的にきれいにして、物ひとつでも出しっ放しにしないで完璧を目指している人が多くいる。まるで自分の家をモデルルームにしたいのかと思うほど。

でも正反対に、掃除ができない人もいるのだ。それも尋常のレベルを超えて……

みなさんは、アメリカのゴミ屋敷というものをご存じだろうか?

日本のゴミ屋敷とどう違うの?

それはアメリカのゴミ屋敷は、日本のゴミ屋敷と比べて、ひとつひとつの物が大きい。つまり物がアメリカン・サイズであること。そして次に、物の量が多い。狭い部屋より広い部屋を埋め尽くす方が、それだけ物が大量になるというわけだ。

これまで私が見てきた中で、「これぞ、ゴミ屋敷」と呼べる家は、大学院時代の恩師である先生のアパートだった。先生のアパートはベッドルームが2つに広々としたリビングルーム、玄関スペースもかなり広い。けれど文字通りに、足の踏み場がないほど大量の物で溢れかえっていた。

サングラスだけで70本あるし、バスルームには使いかけのシャンプーが40個。おそらく立派なベッドが置いてあるであろうベッドルームは、服に埋め尽くされてベッドの片鱗さえも見えない。キッチンのシンクの中に、どういうわけかハンドバッグが、まるでそこが置き場所かのごとく何個も入っているから、水も出せず、当然、料理もできない。先生はシャンプーが40個あるバスルームに行って、そこの洗面台で汲んできた水を電子レンジでチンして、ティーバッグのお茶を飲んでいるのだった。

先生との付き合いは長いけれど、そんなわけだから、私は一度もアパートに泊めてもらったことはない。アメリカに行くたびにホテルを予約して、ホテルにチェックインして荷物を置いたら、すぐに先生のアパートを訪れる。先生は毎回、喜んで私を迎え入れてくれるのだが、足の踏み場がないから、服とか本とかの上に直接腰かける。

「久しぶりだね、あなたが来てくれるのを待っていたわ」

そう言うと先生は、用意していたダンボール箱を開いて、その中に私の好きな物を入れていいよ、と言ってくれる。この部屋にあるものは、ほとんどが新品か、一度しか使ってない物ばかりだから、ヨウコにあげるわと。

初めてこの体験をした時は呆気にとられたが、今では一種の慈善事業だと思っている。先生の部屋の物を少なくするボランティア。私はこんまりさんのように、プロの片付けができる技を持ち合わせていないから、せめてこのアパートの物を減らそう。

ジャケットやロングセーターや、バッグや飾り物や、謎のデコレーション・プレートなど、がさばりそうな物から箱に詰めていく。ほぼ新品というのは本当で、どうして使わない物をいつもこんなに集めてしまうのか、先生の心の闇に触れているようで悲しくなる。

ダンボール5箱ほど詰め終わると、ようやく部屋の中がわずかに変化した印象になってくる。二人で協力して、アパートの向かいにある郵便局までダンボール箱を運んでいき、私の日本のアドレスへその箱たちを送るのだった。さっき発ってきたばかりの日本の家へ、ダンボール箱を空輸する。なんともおかしな行動である。

郵送したら、たいてい先生は「お腹が空いたわね」と言って、私を近所のレストランへ連れて行ってくれる。先生は毎回外食だから、レストランのオーナーはみんな顔見知りで、私のことを自慢の生徒だったと言って嬉しそうに紹介してくれる。私は嬉しいような照れ臭いような気持ちで、パスタを頬張った。

アパートはサンフランシスなのだが、アリゾナ州フェニックスにある先生の実家にお邪魔させてもらったことがある。アリゾナの一軒家は広くて、私はゲストルームに泊めてもらったが、他の部屋は、案の定、サンフランシスコのアパートと変わらない状態になっていた。

ただ、サンフランシスコのゴミ屋敷とアリゾナのゴミ屋敷の違いは、アリゾナのそれはとてもカラフルだった。空が青く澄んでいて、お茶目な形のサボテンが聳えるように生えていて、一年中暖かい気候のアリゾナは、人々の着る服もカラフルだった。目の覚めるような真っ赤な服が似合うのも、この空のせいかもしれない。持ち物もカラフルで、黄色いトランクやライトグリーンのバッグが、フロアーに散乱しているのを見た時は、「これぞアリゾナだな」と妙に納得してしまった。

実家のバスルームも使いかけのシャンプーが並んでいて、こちらは60個あって、液体の色が溶けたリンゴ飴のような色をしていた。「まだ開けてないシャンプーもあるから、持って帰っていいわよ。ていうか、持って帰ってちょうだい」と先生の声が呼びかける。私はアリゾナ色をしたシャンプーを何本かスーツケースに詰めた。得した気分にはならなかった。

実家のキッチンはサンフランシスコとは違って、シンクの中にバッグは入っていなかった。料理ができる状態ではあったけれど、なぜかキッチンの壁に張り紙が貼ってあって、そこに「Dine out, Take out, Thaw out」と書いてある。面白い語呂合わせだなと感心した。

dine out は外食しよう。 take outはお持ち帰りしよう。 thaw outは冷凍食品を解凍しよう、という意味だ。ここで料理はしませんと、先生は言いたのだろう。

滞在中はずっと先生のご家族と一緒に、レストランで毎回の食事をした。それはそれで美味しかったから良かった。サンフランシスコの店の料理の味と、アリゾナの味の違いを、先生は評論していた。温暖な地域はパスタをゆで過ぎる傾向にあるのだとか。

次回またアメリカを訪れる時も、私はきっと先生のアパートを訪れて、ダンボールに物を詰めて郵便局に持って行くだろう。社会学の名誉教授なのに、服とかバッグとか、とうてい社会学とは無縁の物に囲まれてしまっている先生を悲しく思う時もあるけれど、私は先生を病気だと決めつけるようなことは、絶対にしないと決めていた。ゴミ屋敷をつくるのは、先生の個性なのだ。そう思うことにしている。

いつの日か、こんまりさんを先生の家に連れていくのを想像しながら、私は今日も日本で文章を書く。

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