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ハチミツと塗り箸と帆布のバッグ

昨年の夏ごろから、日本中あちこちを旅する機会に恵まれた。色んな町に出かけて行き、そこで懐かしい友人と会ったり、お世話になっている書店のイベントに参加したりした。もちろん、ひとりで観光する自由時間もあった。多くの家族連れや恋人同士の観光客に紛れて、たったひとりで街を歩くのは、それはそれで楽しいことを知ったし、土産物屋はひとり客に対しても分け隔てなく親切だった。むしろ、おひとりさまの方が必ず買ってくれると思われるのか、丁寧な接客を受けた気がする。  
それにしても、日本の観光地の土産物屋が近年、これほど画一化しているとは知らなかった。四年前にデビュー小説を出して以来、忙しい日々が続き、旅行をしていなかったので、変化に驚いた。いつの間に日本の土産物屋はどこも同じになってしまったのだろう? 

どこの街でも必ず見かけた金平糖のお店

静岡と埼玉のハチミツ屋さん 

素敵なハチミツ屋さんを最初に見つけたのは、静岡県伊豆市の修善寺だった。風情ある小さな商店街のならびに、その店はあった。山小屋ふうの店内に、花のフレーバーのハチミツが、大きな容器に入れられて堂々と並べられていた。地元の養蜂場のものですと、年輩の女性スタッフが言うので、私は喜んで買った。修善寺でしか買えない貴重なハチミツだと思った。

そして、2ヵ月後、埼玉県川越市で、私は同じハチミツと出会ったのだった。そこは「時の鐘」で有名な川越の観光名所で、風情ある商店街の並びに、ハチミツを売る上品な店があり、山小屋ふうの店内の棚には大きな容器が堂々と並べられていた。これはデジャヴでは?と目を疑った。どう考えても修善寺で入った店と同じだったが、チェーン店ではなかった。店の名前もまったく違う。
「地元の養蜂場のものです」
と、若い男性スタッフは私に説明した。修善寺とまったく同じ台詞だった。店名やスタッフの制服は違っても、ゆるくフランチャイズ提携しているのかなと、その時は思った。
しかし、翌日、私は川越で長いこと消防士をされている地元の男性と知り合うことになった。彼いわく、川越に養蜂場などないという。
「俺はここに40年も住んでるけど、養蜂場なんかないよ。観光客に受けるだろうと思って、どこか遠くから運んできたハチミツだろ?」
消防士はさらにこう続けた。
「川越名物って言われても、俺ら地元民からすれば、『何それ? いつできたの?』って物ばかりなんだよね。さつまいもチップスとか、川越プリンとかさ。俺らが聞いたこともないものが、地元名物になってるんだ」 
消防士は呆れたように明るく笑っていた。

彼の言葉を聞きながら、修善寺にも養蜂場などなかったのだろうかと、私は訝った。

帆布のグッズ

帆布は船のマストなど、長い航海にも耐えられるように編まれた丈夫な布のこと。その帆布を再利用したトートバッグやリュックは丈夫で長持ちする。帆布で有名なのは、広島県の尾道商店街に店を構える「尾道帆布」だ。店内は売り場の奥に工場があり、職人たちがミシンの前で縫製作業をする様子を眺めることができる。「尾道帆布」のバッグはデザインもよく、色もカラフルでバリエーションが豊富だ。私は尾道を訪れるたびに、必ずこの店に立ち寄る。
しかし、そんな「尾道帆布」にそっくりな店を、他の街でも見つけてしまった。川越で似たような店を見かけ、神戸でも三宮商店街で手作り帆布のブティックを見た。どちらの店もまるで「尾道帆布」のデザインを丸ごと真似たのかと思うほど、色んな点がそっくりだった。
そもそも帆布の再利用は、港の歴史に由来するものだ。尾道港や神戸港がある町で帆布のグッズが売られるならまだしも、川越に港はない。昔は川を船で渡ったからだと説明を受けたとしても、似通いすぎたデザインに、どうも釈然としないものを感じた。

広島と神戸と鎌倉と川越で見つけた塗り箸

7月、厳島神社で知られる広島県、宮島を訪れた。昨年は猛暑で、地球温暖化が終わり、今年から地球沸騰時代に突入したと、ニュースが告げている夏だった。
宮島に生息する多くの鹿たちも暑さのせいで元気がなく、バテないように観光客から少しでも何か餌をもらおうと、彼らのリュックやバッグを引っぱっていた。
宮島の食べ物の名物といえば牡蛎とあなご。フェリーの発着所から商店街が始まっていて、牡蛎をその場で焼いてもらって食べられるカフェや、あなご丼の食堂が多くの観光客を集めていた。 
食べ物以外の宮島の名物といえば、塗り箸としゃもじだ。私はクーラーのよく効いた場所を求めて近くにあった塗り箸屋に入った。塗り箸は外国人にも人気で、店は大盛況だった。色んな国の言葉が聞こえていた。
繊細でカラフルなデザインの塗り箸はどれも美しく、ぜんぶ買い占めたいくらいだったが、値段が高く、いちばん買いたいと思った箸は泣く泣くあきらめて、比較的リーズナブルなものをお土産として買った。

広島の旅から4ヶ月後、今度は神戸を訪れた。南京町から港に出て、美しい景色の中を歩きながら、ハーバーランドで一休みした。そこで、なんと、宮島で売っていたのと同じ塗り箸を見つけてしまった。宮島とはチェーン店ではなく、ハーバーランドで独立した店だと、高齢の店長は話した。しかしどう見ても、店内の塗り箸は私が宮島で見たものと同じラインナップなのだ。宮島では高くて買うのをあきらめた箸が、神戸では2割ほど安く売られている。私は金色の花模様が彫られた青い箸を、今度は迷わず買った。

塗り箸は宮島の名物だ。昔からそう言われている。宮島の名物をいとも簡単に神戸がさらっていった。
  
しかしその後、私は京都でも川越でも鎌倉でも、まったく同じ塗り箸と出会うことになった。同じラインナップ。違う店、違う街。
宮島で素敵な箸に初めて出会った時の感動は、私の中ですっかり色褪せてしまっていた。驚いたことに、どの箸も「地元ならではの名産品」を主張していた。
「京都でしか手に入りません」
「鎌倉の職人の手によるものです」
「川越で代々受け継がれた彫り方で、箸に模様を彫っています」

いや、違う! 私はあなたを神戸でも宮島でも見たよ! 丁寧に箱に収められた箸にそう言ってやりたかった。
川越の消防士が話していたように、観光客を呼び込むために、どこか遠くから運んできたものだろう。
おそらく私たちが知らないどこかに、大きな工場があって、そこで大量に塗り箸を製造して、全国の観光地に流通させているのだろう? 
箸は中国製ではないし、塗りも彫りもかなりしっかりしていた。クオリティが高く、それに見合って値段も高いと、ほとんどの人はその土地の名産品だという宣伝文句を信じてしまう。
思えばハチミツも値段が高かった。「地元の養蜂場のものです」という店員の言葉が説得力を持つような大胆な価格設定に、多くの客が信じてレジに並んでいた。

ハチミツにしても塗り箸にしても、帆布バッグにしても、どうして違う観光地に同じものを流通させるのだろう? それぞれの観光地の特徴をもっと生かした、オリジナルな土産物を作ることは難しいのだろうか?
日本は外国人観光客を多く招き入れ、インバウンド経済に頼る国だ。日本を訪れる彼らは、1,2週間の日本滞在期間中に、色んな街を周る。そこで目にするものが、どの街に行っても同じならば、「ニッポンって、同じものばかり売ってるね」とがっかりされて、結果的に日本の観光経済のプラスにならないような気がする。

私も昨年一年で、旅先で「○○名産品」のシールを見るたびに、疑うようになってしまった。 

宮島は本当に美しかったので、もっと多様性や特徴を大切にしてほしい。一辺倒な土産物屋を置かないでほしい。きっと日本の観光の未来をリードできるはずだ。

 



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