見出し画像

第十一話 傷口を狙われる檻の中

「よーやく会えたわね。東雲三希、今日こそ逃がさないわよ」

なんとも寝覚めの悪い朝だと三希は思った。
今までの彼女の人生で一度も自分の寝床の真横で仁王立ちされ、小言を言われるなんて経験はない。

「もう少し寝かせてくれないかな。疲れてるの」
「そんなこと許されると思ってるの?」
「春菜……東雲さん怪我してるんだから喧嘩はだめだよぉ……」
「怪我だって?」

三希は思わず起き上がる。しかし、全身くまなく針に刺された様な痛みが走り、顔を歪めた。

服は着ていたはずの制服が灰色のスエットに変わっていた。
サイズが一回り大きく手足がぶかぶかだ。
洗濯したばかりのおひさまの匂いが鼻を心地よくくすぐる。

その下にある白い肌は、所々擦り傷や打撲の跡があり、当分上手く動けないなと三希は肩を落とした。
徐々に寝ぼけていた頭が回り出し、数時間前の出来事を思い出し冷や汗がにじみ出て来る。

「誰………」
「え、なに、東雲さん?」
「ここに私を連れて来た人……何て名前……?」

三希は今にもまた、吐きそうになるのを必死に手で、首や胸の上を抑えこらえる。
先ほどまで威勢のよかった春菜も、その様子のおかしさに言葉を飲む。
思い出すと込上げて来る恐怖。三希はこれを乗り越えなければならないと思った。
克服しなければ、父を越える忍びになることはできない。強い気持ちで震えを抑えた。

「3年の伊賀晃先輩だよ……」

千成が小さく答える。

「いが…あきら……伊賀家の人間か」

ひとこと言うと、三希は予備の制服を探すためスーツケースを開き中を探る。

「ちょっと、一体その状態でどこ行くつもり」
「あなたにいちいち説明する必要ある?」

三希は春菜に冷たく言い放ち、スエットを脱ぎ始めた。傷口に布が擦れ痛みが走る。
彼女の態度に春菜はあまりにも腹が立ち、三希の真っ青に腫れた腕を狙い強く掴んだ。
三希は痛さのあまり抵抗できない。

「離して……」
「断る」

「東雲さん……私達、伊賀先輩から今日、一晩は絶対安静させるように言われているの」

「何があったか知らないけど、あの伊賀先輩がわざわざ頭下げてお願いしてきたわ。あんたのこと本当に嫌いだけど、怪我人に乱暴するのは性に合わないから面倒みてあげる。感謝しなさいよ」

三希は大きく怪我した腕を掴む春菜を見て、酷く矛盾を感じたが口にするとまた口論になりそうだから何も言わなかった。

「わかった。おとなしくするから手離して。痛いの」
「了解。約束破ったら今度は足のアザ蹴るからね」
「乱暴しないとは一体……」
「ああん?」
「なんでもありません」

三希は肌寒くなり、脱いだスエットの上着を再び着て、空いていた机の椅子に腰掛けた。

「あ、そうだ。晃先輩から伝言もらっていたの忘れてた」

千成は自分の勉強机に置いてあった可愛らしいピンクの花柄のポーチを取り出す。その中から、ポーチの雰囲気と対照的な無造作に切り取られ、折り畳まれたノートの端の部分が出てきた。

三希は切れ端を開くと、力強い筆跡で大きく刻まれた文字が目に入る。

 "話したい事がある。明日の放課後3Aの教室に来てくれ"

「なんて書いてあった?」
「私と話したいことがあるらしい」
「もしかして…東雲さん……」

千成は晃が何を話すか想像し、顔を赤く染める。それに対し三希は首をかしげる。

「どうした?羽黒は熱でもあるのか」
「あんた、鈍いのね。告白されるかもしれないって千成は思ったのよ」
「告白?まさか。私は伊賀晃に会って間もない」

「じゃあ、ひとめぼれ……?素敵……!」
「伊賀晃は私に米をくれるのか?」

春菜はあきれてため息をついた。
東雲三希に対する怒りはもちろん解決していない。
しかし、千成と三希の会話が噛み合っていない様子がおかしくて自然と笑顔になっていた。

忍者業界の2位と3位を争う、伊賀家の次期当主と噂されている伊賀晃先輩と三希に何があったのか。
晃先輩のあの必死に頼む様子からただ事じゃないというのは分かった。きっと、伊賀家の仕事に関する問題だろう。

そう感づいていたから数時間前、晃が三希を寮に運んで来た時、春菜も千成もその理由を聞かなかった。聞いた瞬間、自分たちにも余計な火の粉が飛び、巻き込まれると思ったからだ。

晃は明日、三希に何を話すのか。
もし本当に告白だとしたらゴシップ情報が大好き春菜としては、見逃せないスクープ内容である。

しかし、三希の恋愛慣れしていない様子からすると告白直後の玉砕は確実。
晃のファンクラブがもし居れば、三希が吊るし上げられることは間違い無い。
だが、それもまた一興と春菜は思い静かに笑う。

「東雲さん、もうすぐご飯の時間だけど食べられる?」
「おそらく。米の話をしたら、ちゃんとお腹も空いてきたみたいだ」
「よかったぁ」

千成は柔らかく笑う。この子と話すと時間がゆっくり流れるなと三希は思った。

「そのあとはお風呂。綺麗にしたら傷口に薬塗るからね」
「羽黒家の薬はしみるぞ〜」

ニヤニヤ笑い意地悪く言う春菜。
隙をみて紅茶にめんつゆを入れてやろうと三希は決意した。

三希はこの二人と、青龍学園に転入してから初めてゆっくり話したが、やはり強さは全く感じないと思った。
怪我をしていなければ、一撃で勝負がつくだろう。

数時間前に経験した恐怖と、伊賀晃の圧倒的な強さ。
三希が学園に求めていたのはまさにこれだった。

伊賀晃と勝負がしたい……。
現時点で自分が負けることは明らかである。

しかし、どのくらい実力の距離が離れているのか知りたい。

三希は晃に会うことを想像するだけで、戦いたくて体がうずうずした。


第十二話へ続く / この話のもくじ

画像:フリー写真素材ぱくたそ


サポートを頂けたら、創作の励みになります!