見出し画像

第十二話 戦うものの性

窓から差し込む強い日の光で三希は目を覚ました。
既に同室二人の布団は綺麗に整えられていた。

ベッドの脇には椅子、その上にはご飯、味噌汁、焼き鮭、漬け物、納豆、焼き海苔、卵、サラダがトレーに乗っている。
ご飯と味噌汁の間に一枚、可愛らしいクローバーの絵柄が描かれた紙に、丸い文字が刻まれていた。

きっと千成が書いたのだと三希はすぐに分かり文字を読む。

"先に教室行ってるね"

三希は随分と丁寧だなと思いながら、綺麗に器に被せられたラップを一つずつ取り外していく。
味噌汁は既に熱さを失っていた。ご飯もだ。
今までの人生の中ではありえないほど小さく縮んだ鮭を見て、私は一体どのくらい寝たのだろうかと思い、机にある時計に目をやる。

アナログ時計は丁度、長短両方の針がてっぺんを指し示していた。
三希は焦って味噌汁を一気に飲み干した。味噌の粒が喉にひっかかり、少しむせる。

三希にはずっと、気がかりなことがあった。
助蔵のことである。

携帯電話は昨日、森で無くしたらしく助蔵から連絡が来ているのかすら分からない。
千成にも寝る前に聞いてみたが、伊賀晃は私をここに連れて来た時、特に何も言って無かった様で首をかしげていた。

学園の森ではぐれたあと、あの天然ボケな付き人は無事なのだろうか。
自分が遭遇した怪物に襲われてやいないだろうか。

三希は気になってしょうがなかった。

急いで食事を終え、三希は顔を洗い歯を磨き、制服に着替える。ジャージは履いていない。
私用を済ませるために、およそ一ヶ月ぶりにあのつまらない教室に足を運ぶ。

◆◇◆

「随分と重役出勤ね」

三希が教室に入るなり、春菜は友人との会話を止め、特上の嫌みを浴びせた。
しかし、そんな春菜を三希は見もせず、千成の席に向かう。
そのやりとりを見ていた小太郎は、いつ春菜の怒りの矛先が自分に向くか気が気じゃなかった。

「東雲さん、もう動いて大丈夫なの?」
「ああ、大分良い」
「それは、よかった」

千成は安心した様で柔らかく笑う。

「私が寝ている間、助蔵は来たか?」
「ううん。1Bの人に聞いてみたけどしばらくお休みみたい」
「そうか」
「心配…だよね……」
「…………」

授業開始のチャイムが鳴る。
三希は胸の中に消えないもやもやのせいで、伊賀晃と会う時間まで、授業は受けず適当にどこかで時間をつぶそうと思っていた事も忘れてしまった。

5時間目、三希は教師が奏でる日本史の授業をBGMに考えを巡らせた。
私は助蔵を心配しているのか?
千成の問いに答える事ができない。

あの日、私は森の奥へと後ろを気にせずいつもの様に進んだ。助蔵が遅れていることは気付いていた。
でもそんなの修行が足りないからついて来れないんだ。主人が付き人に歩み寄るなんてもっての外だ。
丸一日、主人の前に現れない付き人なんていらない。
三希は段々と光秀の裏切りに怒る信長の様に腹立だしかった。

6時間目も三希は考えた。
授業の内容はもちろん頭に入っていない。
自分の机と椅子が水平を保てない位、春菜にべこべこにされていたことにも気付かない。
それくらい自分の思考に集中していた。

帰りのホームルームで担任の長たらしい話が終わると三希は荷物を持ち、一目散に3Aの教室に向かう。
三希を昨日、危険から救った伊賀晃が待つ教室だ。

3Aは大分前にホームルームが終わったのか、人声が全く聞こえなかった。
三希は教室の引き戸をゆっくり開ける。窓側の前から2番目の席に大きい男子が窮屈そうに座っていた。

「おう、東雲三希。大分動ける様になったみたいだな」
「伊賀晃、話とはなんだ」
「まあ座れよ」

晃は前の席の椅子を引き、背もたれを数回叩く。
三希は警戒しながら慎重に、ゆっくりと廊下を正面にして座る。

「ジュース飲むか?」
「いらない」
「おう」

晃は売店で買ってきたミックスジュースにストローを刺し、飲み始める。
三希はその様子をじっと見ていた。

「飲んでる姿が珍しいのか?」
「まだ話は始まらないのかなと思って」
「せっかちなんだな。ほら、要件はこれだ」

晃は鞄の中から袋を取り出し、中身を確認するように促した。
三希は袋を開く。

「あっ……携帯……」
「あの後、森で拾った。お前のだったか」
「うん、あ……でも、壊れてるみたい」

携帯電話の画面は目も当てられないくらい酷く割れており、かろうじて押せるボタンをおしても通電する気配がない。

「残念だったな。女子のプライバシーを覗く趣味はないんで触らないでいたんだが、やはり動かないか。無駄足になってごめんな。俺の話はこれで終わりだ。元気そうな姿を見れて良かったよ」

晃は鞄を持ち席を経つ。それを見た三希は焦って、晃の制服の端を掴む。

「まって。私からも2つ、話があるの」
「なんだ」
「助蔵見なかった?昨日、森ではぐれたの」
「助蔵?もう一人の転入生か」
「そう」
「見てないな」
「そう……」
「心配するな。森ではぐれたなら心当たりがある。確認してみるよ」
「うん」
「後一つはなんだ?」
「私と…………」
「いいぞ。遠慮せずに言ってみろ」

三希は拳を握り、自身をふるい立たせた。

「私と戦って欲しい」



第十三話へ続く / この話のもくじ

画像:フリー写真素材ぱくたそ

サポートを頂けたら、創作の励みになります!