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いのちの時間は未定

数日でお看取りになるかもしれないと言われていたおじぃちゃん(かなめさん)が退院してきた。ご家族もそれを充分承知の上での退院だった。

初日は、確かに数日ということも有り得るかもしれないと思った。
ずっと痰が絡み続けてゴロゴロいっていた。
喉でうがいしているくらいのレベルで・・・
ご家族も吸引は指導を受けて帰っていていたけど、なかなかうまく吸引できないようだった。
初日は、吸引をする時もとても嫌がって手を持って行こうとしたり
吸引チューブをぎゅーっと噛んで噛みちぎられるんじゃないかと思ったほど。
でもかなりの量の粘稠の痰が口と鼻から吸引できた。
かなめさんは、辛い辛い吸引に真っ赤な顔になりながら耐えてくださった。
こんなに頑張らせてしまい本当に申し訳ない気持ちになる。
頑張ってくれた分、パルスオキシメーターで測る酸素飽和度もぐーんと上がってくれた。

奥様も老老介護・・・。夜はお一人で看なくてはいけない。
腰も膝も痛いという腰の曲がった奥様。
弱音も吐かず「私は、大丈夫、大丈夫」と言われている。

コップにストローがついたタイプのものでとろみ水をグイグイ飲んでむせていた。
入院中もこんな感じで飲んでいたようだ。
脱水なのできっとかなり喉も渇いているのだと思う。
からっからの舌が脱水だということを知らせてくれる。
グイグイ飲みたい気持ちもわかる。

娘様の話によるとかなめさんは凄く怒りん坊らしい。すぐに怒るんですと言われていた。
そんなかなめさんにお話をした。
今の肺の状況を伝え、ストローで飲まずにしばらくはスプーンで飲んだほうが良さそうということをお話しした。
「本当ならかなめさんが飲んだものは食道に入って胃の中に入っていくんですけど今のかなめさんは、ゴクゴクって勢いよく飲んでしまうと間違って気管のほうに入りやすくなって咽せちゃって苦しくなっているんです。だからゴクゴク飲みたいのは凄〜くよくわかるんですけどしばらくの間、スプーンで少しずつ飲めますか?ごっくんって飲んだのを確認しながらゆっくり飲んでみましょうか?」と。
かなめさんは、頷いてくれた。ゆっくりスプーンからのとろみ水を飲んでくれた。
その後も呼吸リハビリをしながら自力で少しでも痰が出せるよう練習に付き合ってくれた。

そして2日目に行くとちょっと顔馴染みになり笑顔も見えた。
ちょっと知った顔が来たなという感じでニヤッと笑ってくれた。
夜は大声出して怒っていたと奥様は苦笑い。
さぞかし大変な夜だっただろうと思う。

片方の肺の呼吸音は、痰が貯留している音がしていた。呼吸のエア入りも弱め。
幸いお熱はない。誤嚥している可能性も充分あり、このゴロゴロの痰をまずは引かなきゃという状況だった。
2日目に行った時にかなめさんはちゃんとスプーンでとろみ水を飲んでくれていた。あんなにゴクゴク飲みたいかなめさんなのに。
「すごい、かなめさん、喉乾いていらっしゃるからもっとお水飲みたいのにスプーンで少しずつ飲んでくださっているんですねー」というと得意顔で「そうだよ」と痰がらみの声で言われた。

そして、吸引の時・・・今日もおそらく嫌がって中々吸引は、難しいだろうなぁと覚悟をしていた。聴診器で聴くと左肺上葉に痰の貯留音があった。
「かなめさん、かなめさんがゆっくりお水を飲んでくださっているので少しずつよくなってきているんですけど、今、肺のこの辺りに痰が溜まっているんですよ。」と気管支の様子をジェスチャーでかなめさんの胸に触れながら説明した。かなめさんは、ちゃんと話を聞いてくれていた。
「それでね、そこにある痰を取りたいんですけどもう少しかなめさんに元気が出てきたらご自分で痰が出せるかもしれないけど今は、自力ではちょっと難しいので昨日やったチューブでとる吸引をまたさせて頂きたいのですが・・・」というとかなめさんは、「これだな?」といいジェスチャーで看護師が吸引するポーズを真似してやってみせた。そして「いいよ」と言われた。
「え?あのしんどい吸引ですよ?いいんですか?」というと「うん、いいよ」といいご自分から口を開けられた。
前日は、あんなに抵抗されてチューブまで噛みちぎろうとされていたのが嘘のように無抵抗でますます申し訳ない気分になった。
流石に鼻からの吸引は、拒まれると思ったけど「鼻はいやですよね・・・」とお伺いすると鼻を指さして、いいよというジェスチャーをしてくれた。
仏様のようなかなめさんになってしまった。
「私なら絶対嫌だーって言いますけど本当にいいんですか?かなめさんは凄いですね!いやー凄過ぎます!出来るだけ短時間で苦しくないように取りますからね」と言うと満面の笑み。
その潔い観念ぶりにウルっとなった。
またまた真っ赤な顔になりながら鼻からの吸引も乗り越えてくれた。ありがとうございます。

吸引している時は苦しいのだけど吸引してしばらくすると呼吸が楽になるらしく受け入れてくれたようだ。

命の灯火が消えそうなかなめさんだったのに目の前でこんなにも頑張ってくれている。
ちょっと仲良くなってきたので
「かなめさんは、これからどんどん元気になる予定ですか?」と聞いてみた。
「そりゃそうよ、あと2年はがんばるよ」と笑って言われた。

「かなめさん、娘さんがかなめさんは凄く怒りん坊さんだって言っていたけどそうなんですか?」というと「いやーそんなことはないよ、昔からすごーく穏やかだよぉ。怒らない、怒らない」と結構ウケたようで爆笑していた。

ご家族が、「こんなに笑うお父さんを見たのが初めてでこんなに笑うんだーってびっくりしているんです。こんな一面が見れてよかった」と喜ばれていた。

酸素は、まだ充分に上がらないので医師に在宅酸素(HOT)を導入検討していただくよう依頼をした。その日のうちにHOT導入となった。
その日の夜遅くにご家族から「呼吸が少し苦しそうなんだけど酸素を外してしまって」と緊急電話があった。色々話しているうちに落ち着かれたようでうとうと眠りはじめたから大丈夫みたいと言われた。

翌朝早くに心配でこちらからお電話をしてみた。
すると、奥様が夜中に一人で立ち上がって便をしてしまい、その後ベッドに上がれずそのまま床で寝ていると・・・。
それを聞いてすぐに緊急訪問した。

寝ていた・・・床で。
かなめさんは、可愛らしい寝顔ですやすや寝ていらっしゃった。
奥様に起こされ、そばにいる私に驚いて笑っていた。
「さてさて、かなめさん、どうしてそこに寝ているんでしたっけ?」と伺ってみると「気持ちがいいからー」と笑って答えた。
嘘だねー(笑)
朝から和んだ。

そして私の怪力でしゅっとかなめさんを持ち上げてベッドまで運んだ。
私も小さいけどかなめさんはもっと小さかった。
小さい人が小さい人を持ち上げる。
「おー、力持ちだなぁ!」と褒めてくれた。力持ちって褒められてもね、まー、いいか(笑)

因みに他のお客様も夜間に呼ばれる時には、ベッドから落ちて上がれないパターンも結構多い。
私よりも重い人も持ち上げなくてはならないことも多々ある。
ビニール袋を敷いてベッドまで滑らしたりすることもある。
立ち上がらせる時にはできるだけ相手の足を曲げたりしながら面積を小さくして立たせるのがちょっとしたコツになる。

かなめさんは、歩けないのに「さっき、散歩してたんだよー」と言った。これまた嘘だねー(笑)

私が住んでいるところを聞いて「えー、遠くから来てくれたんだなぁ。朝早くから悪かったね」と労ってくれた。
この時も吸引はスムーズに受け入れてくださった。
呼吸は、少しずつだけど改善の兆しもあるように見える。
かなめさんが「生きよう!」と思われていることは確かだった。
そのかなめさんの顔には、まだ明るさと力強さがあった。

奥様が「にゃむさんが来てくれると凄く喋っていい笑顔してる。あんなに笑うことないのに。ゆっくり話を聞いてくれるから色々喋りたいんだねー」と言われた。
ありがたい、ありがたい。

寿命は、わからない。
何か食べたものが詰まってすぐということだってあるかもしれない状況。
それでもご家族は、もう一度家に連れて帰りたいと思い連れて帰ってこられた。
もしかしたら短い状況だったから頑張れるかもしれないと思って思い切られるケースもある。ご家族のマンパワーがどこまでいけるかも今はわからない。

お客様に接する時に私の一番基本になるのはいつでも「自分の家族だったらどうするか?自分の大切な人だったらどうして欲しいか?どんな言葉かけが欲しいか?」という基準しか私は持っていない。

寿命はわからないけどご家族と一緒に命を全うされるまで1日1日の瞬間を丁寧に過ごしていくしかないような気がする。
病院からは予後はあまり長くないと言われていたとしてもご本人に生き抜きたいと気持ちがあるのならそれは大きなパワーだと思う。病院から言われたことはもちろん目安になり、いろんな心構えができる意味ではいいけど絶対的なものでもない。
ご本人にとってもご家族にとっても一番のタイミングで全うできたらいいなぁと自分も含めて思う。
怒りん坊のかなめさんが仏様のような柔和な笑顔になり逆転ホームランでも狙っているのかもしれない。かなめさんは、どんなドラマを繰り広げていくのだろうか。

その時が来るまでは「今」を味わいながら生きるのみなのかも。誰もが。














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