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認知症のハナさんの家が大好きな理由

蝉が子孫を残す使命のもと大合唱していた夏の日。
地中の熱地獄にやられたミミズが、アスファルトの上で沢山干からびていた。
その日は、ハナさんの訪問の日だった。

ハナさんは、認知症だった。
毎週、伺っていたけど、私の名前は、知らない。
火曜日に訪問があるということは、大体覚えていてくれた。
品よく長めのスカートを着こなし、「いらっしゃい」と笑顔で迎え入れてくれた。
この笑顔だけでいつも充分だと思った。

ハナさんのお庭は、私のお気に入り。
毎週、このお庭を見るのが楽しみでもあった。
ご主人がお花が大好きな方だったので、ハナさんもとても詳しかった。
バラだけでも何十種類もあった。
カタカナの長い学名も教えてくれた。
一見無造作に作られたような自然なお庭だけど、実はすごく考えられて造られているお庭だった。

ご主人が50年以上前にこの家を建てたそうだ。
その時にイメージしたお庭の完成図を見せてもらった。
どこにどんなお花や木を植えるという構想が描かれていた。
それは、まるで若い女の子が描いたようなふんわりしたパステル画だった。
「バラ」「レモンの木」「にわとり小屋」と描かれた文字も男の人が描いたとは思えない優しい小さな丸文字だった。

その完成図は、木の額縁の中に入って、リビングで50年以上も家族の歴史とともに居た。
楽しい家庭を築こうと希望に満ちたハナさんご夫婦の若かりし日がその絵から見えてきそうだった。
50歳を越える息子様たちの赤ちゃんの時の写真やご主人が描いた息子様たちの似顔絵も並んでいた。
ご夫婦共に魅力的だった。
ずっと、一緒に居たいような。

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ハナさんは、その暑い夏の日、私を迎え入れてくれた後にレトロなキッチンへ向かわれた。
暫くするとトレーに何かを載せて持ってきてくれた。
冷蔵庫で冷やしてくれていた冷たいおしぼりが、木のおしぼり受けに載っていた。
そして、私が座っているソファーの前の低いテーブルに置かれた。


ありがたすぎてハナさんの優しさに何度も手を合わせた。
名前も知らないであろう私にキンキンに冷えたおしぼり。
ハナさんの仰るままにおしぼりでおっさんのように首筋の熱りを冷やした。
そんな私をみてハナさんは、喜んでくれた。
こんな気持ちのいいおしぼりは、はじめてだ。

人って・・・人って、なんて優しいんだろう。
私たちがケアをする側なのにすっかりケアされてしまった。
おもてなしについて教えてくれた。
認知症のハナさんが、おしぼりを濡らし、クルクルっと巻いて、おしぼり受けに載せ、冷蔵庫に入れてくれたのを想うと、涙が溢れそうになった。
後からも沁みてくるおもてなしだった。

こんなハナさんのお家に行くのが毎週の楽しみだった。

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春のお花が咲き始めて、ふと、ハナさんのお庭の黄色いチューリップを思い出したので書いてみました。
ご主人が逝去された後、どんな毎日を過ごされているのかな。
本当のおもてなしや優しさをサラリと教えてくださったハナさん。
今は、職場が変わってお会いすることはなくなりました。
何年も経った今でもよく思い出します。
まだ、あのお家に居てくれたらいいなぁ。





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