野球が好きなのは伝えられなかった「ありがとう」があるから
今年は、久しぶりに「プロ野球選手名鑑」を買った。
ガッツリ野球を観たいという以外に別の目的がある。この本を手に取り、「原点に返り、新たな気持ちで生きていきたい」と思ったからだ。
幼馴染の彼と
「プロ野球選手名鑑」を初めて知ったのは、高校生の時。幼馴染の男友達が、その存在を教えてくれた。
彼とは、そもそもの相性が悪いのか、互いに譲れないところがあるのか。私にとっての彼は、小学生の頃から「なんとなく好きになれない」存在だった。
「嫌いだ」とさえ言ったことがある。だが、彼は一向にお構いなし。いつもニコニコと話しかけてくるので、半ば強引に友情を育まれてしまったような関係だった。
共通の話題は野球
彼と私にとって野球は「唯一共通の話題」といってよいもの。
野球以外の話題はできないというよりは、話題にしなかったといったほうが正しいだろう。私が彼とは親しくなりたくないと思っていたからだ。
彼とは友人というよりは好敵手といった関係だった。私の得意な理科や数学で打ち負かしたいと思いながらも達成できなかったからだ。双方とも満点で同時に1番という成績が私の限界。
要するに彼と並ぶことはできても一度も勝てない相手だった。好敵手として、彼の動向は意識していたが、仲がよいとか親しいという感じではなかったのだ。
カープ vs. ジャイアンツ
彼はカープを応援していて、私はジャイアンツを応援していた。
ジャイアンツがカープに勝ってくれるのが私にとってはせめてもの救い。そういう心理が働いていたのだろうか。野球の話だけは、卑屈にならず、彼と会話ができた。
理由は定かではないが、彼と過ごした時間の中で、野球の話だけはやたらと楽しかったことを覚えている。
ピッチャーとバッターの細かい駆け引きなど、彼から教えてもらうことが多かった。野球のことならば、私と自然に話せることを、おそらく彼も気づいていたのだろう。
好きな選手は誰?
あるとき「好きな野球選手」の話題になった。基本的には、野球そのものの話題が多かったから、選手にスポットをあてた会話が、特に印象に残っている。
私は、誰と答えたかは覚えていない。だが、彼が好きだと教えてくれた選手の名前はハッキリと覚えている。
「どういうところが好きなの?」
と聞いた私に、
「将来有望なところ。誕生日を見れば将来が楽しみだとわかるんだよ」
と彼は答えた。
「はぁぁ?」
私の呆れたリアクションも想定通りといった、彼の笑顔が目に浮かぶ。
私を笑わせたかったのだろう。とっさに私はそう思った。
元気のない私に対して
その頃の私は、家庭に問題が起きて、大学への進学が危ぶまれる状況だった。
元気のない私に対して、
「一緒に東京の大学に行こうよ」「後楽園球場で一緒に野球を観よう」と、何やらきな臭い言葉をかけてくることもあった。
「いや、あんたに励まされるほど私も落ちぶれていないわ」「ってか、一塁側と三塁側で別々に応援するだけなのに、一緒に行くハズがないし!」と、彼の言葉に私はいきり立つ。
彼は、私がそういう態度になると、微笑みを浮かべて楽しそうにしていた。
どういう言葉をかければ、いつもの「勝気な私」になるかを熟知して、彼は声をかけてくれたのだろう。
精一杯の思いやりだったのだ。
「プロ野球選手名鑑」との再会
高校を卒業すると、彼は宣言通り、東京の大学に進学した。
私はというと、高校を卒業して数か月で心のバランスを崩し、社会から隔離される場所に身を置いた。
復調の兆しが出てきた20歳の春。車の運転免許を取るために教習所へ通い始める。
教習所の担当教官が、彼の父親と知り合いだと聞かされ、「久々にガッツリ野球を観てみるか」という気持ちになった。
そして私は人生で初めて「プロ野球選手名鑑」を買うことになる。
野球選手の誕生日
「プロ野球選手名鑑」を手に取ってみると、選手の誕生日が「優先度高め」の位置に記載されていることに気が付いた。
「何歳で達成したか」という記録のために、重要な情報なのだろう。そう思いながらも、私は、彼が好きだと話していた選手を探さずにはいられなかった。
「将来有望なところ。誕生日を見れば将来が楽しみだとわかるんだよ」
彼の声が脳内に響いていた。彼が好きだと話していた選手の誕生日は、私の誕生日と同じ日付だったからだ。
野球観戦を楽しむことが
暫くの間、彼の思いやりに気づけなかった自分を腹立たしく感じたりした。
自らを責め、野球を観るときにも、心のどこかに引っ掛かりを感じずにはいられなかったのだ。
けれども、彼の思いやりに報いることは、過去の自分を責めることではない。未来の自分を喜ばせる「今」を生きること。
彼との楽しかった思い出を懐かしみ、「ありがとう」の気持ちで野球を好きでいればよいのだ。
ただただ野球観戦を楽しもう。野球を好きでいよう。
おそらく彼もそれを望んでいるはずだから。