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文披31題:Day12 チョコミント
かんかん照りとはよく言ったものだ、などと考えながら店先で手を日除けに空を仰げば、まばゆい光が指の隙間から針のように差し込んでくる。たったそれだけで暑さを感じてしまうのだから夏はいけない、と少しだけ文句が言いたくなる。
夏は嫌いではないが、暑さは苦手だ。体力がないという自覚を差し置いても、空から焼かれ地上からあぶられ、体から水分を奪って体に熱を注ぎこもうとしてくる意思すらあるように感じてしまう。
店のドアに掲げられた『CLOSED』と彫刻の入ったガラスの札を眺め、ふぅと息をつく。本日、砂糖菓子の魔法店は臨時休業だ。
なぜならば、店員よりもさらに暑さを弱点とする店長が、ものの見事に熱中症にかかり、寝込んでいるからだ。
「砂糖も溶けすぎてしまうし、こまったものね……」
氷嚢を額に乗せ、薄手のケットを胸まで引き上げて、ベッドで横になっている店長はけだるげな様子でぼやいていた。
もちろん、空調はしっかりかけているが、魔法店のウリである砂糖菓子は繊細なものなので湿気と温度には弱い。店長は店の主としてのプライドを持って砂糖菓子を製作しているために、品質の悪いものはもちろん商品にすることはない。
しかし、日に日に夏は勢いよく、太陽は力強いばかりで気温を上げる。すると当然、砂糖菓子の製作に影響は出てしまう。
店長はそれはもう頑張っていた。いつも通りの砂糖菓子をお客様に届けたい。ささやかなおまじないを楽しみに来店してくださるお客様の心に寄り添い、背中を押し、そのおまじないで幸せを感じてほしい。
そして、根を詰め頑張りすぎた結果、自分が熱中症で倒れてしまった、というわけだ。
店長と店員は魔法店の奥の居住区で寝泊まりしていたから、店長の不調にすぐ対応することはできた。だが、砂糖菓子を売ることはできない。商品の作り手が倒れてしまったのだから。
結局、予約のあった品物の対応と、販売可能なものだけを店頭に並べ、状況を説明しがてら開店したのが二日前。在庫の整理を行い、やっと『CLOSED(店長急病のため。三日後に再開予定)』の札を掲げた、というわけだ。
それでも店をそのままにするわけにはいかない。店を開けないからと言って何もしなくていいというわけではないのだ。
「暑いですねぇ」
店のガラスを中と外から拭き上げ、飾りとして並べられた季節の花を咲かせる鉢の手入れを行う。インパチェンスやペンタスは、少し弱っているようにも見えたがやはり夏の花というところだろうか、水をあげると生き生きして見えた。
気休め、と思いながら最後に店先に水を撒いて、ひとまずの作業は終了、と中腰だった背筋を伸ばすと、常連の客が通りかかって声をかけた。おっとりとした雰囲気の、銀に近い青色の髪をした老婦人だ。
「こんにちは、店長さんの様子はいかが?」
「だいぶ良くなりましたよ。寝不足と魔力の使い過ぎですから、休息をとるのが一番の薬です」
「ああ、だから再開の日にちが具体的なのね」
察しの良い老婦人は店員の言葉から札に記された日数の意味を理解したようだ。
「ええ、それと、砂糖菓子の製作時間のためですね」
これは店員が店長に言いつけた余裕の日数だ。おそらく明日には床を離れることができるだろうが、すぐに再開、となるとあの店長は砂糖菓子製作を力いっぱい始めるに違いない。
飄々とした仕草と優美な態度にだまされがちだが、店長は一種の職業病のように、砂糖菓子製作への情熱はすさまじいものを持っている。おかげで、魔法店に勤めるようになってから店長の尻を蹴飛ばすようにして寝室に追いやったことも一度や二度ではない。
本当は、今回もこんなことになる前に休養させたかったのだけれど。
眉を寄せてしかめ面をし始めた店員に、老婦人はおっとりと、しかし困ったように微笑みかける。
「あら、浮かない顔をしているわね。そんなに大変だったの?」
「店長の仕事人振りに対してサポートしきれなかったのが、少し悔しいだけです。それと、お客様に砂糖菓子をお届けできないことが、残念で」
常連とはいえ客に心配をかけてしまった。気づいて慌てて謝罪の意味を込めて説明すると、いいのよ、と老婦人は手を振る。
「でも、スミレの砂糖菓子がそろそろなくなるでしょう?」
「覚えていてくださったの?」
「ええ、三日に一度、お買い上げいただきますよね。楽しそうに来店なさるのをおみかけしていたので」
「嬉しいわ。それを楽しみに過ごしているものだから。でも、気にしないでね。少しの我慢も、美味しいものを味わうスパイスになるわ」
なんとうまい慰めの言葉だろうか。老婦人の優しい気づかいの言葉にありがとうございます、と頭を下げると、こちらこそと頭を下げられる。
「ああでも、ひとつだけ謝らないといけないことがあるわ。今日はこちらのお休みを知っているから、ちょっと浮気しちゃったの」
小さく舌を出して、茶目っ気のある笑顔で老婦人が打ち明けたのは、今日は違う店で菓子を食べたという事だった。
「こんな暑い日には、もってこいのものなの」
年頃の少女がするように、頬を染めながら耳打ちされた店の名前を聞いて、店員は目を見開いた。
「店長さんと店員さんも、試してみるとよいと思うの」
そう言い残して、老婦人は去っていく。店員はお辞儀で見送った後、居住区の店長に外出する旨を告げて、まちへと繰り出した。
「あら、お帰りなさい。早かったのね」
ベッドの上に上体を起こして、店長は店員を迎え入れた。
ただいま戻りました、と返事する店員は、少し苦労しながらドアを開け閉めして入室してくる。
あら、とほころんだ声が少しだけ乾燥してひび割れた唇から漏れた。
「ジェラート?」
「そうです。美味しいお店ができたと常連さんから教えていただきまして」
名前を告げるとああ、と嬉しさと申し訳なさの入り混じった相槌が返る。再開したらすぐに来ますと言われたことを告げると、
「じゃあ、早く復帰しないといけないわ」
などとやる気に満ちた声をあげる。
「ほどほどにしてくださいね、とりあえず、早くこれを食べましょう。どちらがいいですか?」
見た目も涼し気なガラスの器に盛ったのは店員だ。こんなに暑い日ならとことん涼しさを心がけてみたい。
オレンジ色が鮮やかなジェーラートと青色に黒い固形物が見えるジェラートの乗った盆を差し出し、店長に尋ねる。
「……」
これ以上ないほどに眉間に皺を寄せ、しばらく考えたのち、店長は一つの器をとった。
利き手に近いほうのガラスの器には、青色のジェラートが盛られている。
「チョコミント味ですね。じゃあ、私はオレンジ味を、って何してるんですか」
もう一つの器を取ろうとした店員の手をがしっと押さえて制止すると、店長はもう一つの器も引き寄せる。
まさかこの人、独り占めする気じゃ……!?
砂糖菓子の製作と共に研究にも余念のない彼女のことだ。ジェラートに新たな見解を見出したのかもしれない。だが、譲るわけにはいかなかった。こちとら、暑い中で人の多い店から頑張ってジェラートを買ってきたのだから。
「店長、ずるいですよ、私も食べたいです」
「何を言ってるの、貴女の分はとらないわよ。人聞きの悪い」
人でなしと言われた過去を思い出してか、魔法使いだけどね、と付け足してひとつの器を差し出してくる。
「どうせなら両方食べたいじゃない。半分ずつにしましょ」
盆には、店長がそれぞれに移し替えた青とオレンジのジェラートが盛られたガラスの器が二つ生まれていた。確かに両方の味が食べられるならいう事はない。
早速スプーンですくってジェラートを口にした店長は、喜びに目を細めている。いつもは余裕があって優美、という言葉が似あうのに、こういうときは無防備で可愛らしいのでなかなか面白い。
「欲張りですねぇ」
「何か言った?」
笑顔で尋ねられたが、「いいえ、何も」とジェラートを味わうのに集中するよう促して、店長にならってスプーンを手に取り、優しい甘さと熱を治める涼感を楽しむ。
こうして、暑い夏に負けた店長だったが、休養とジェラートのおかげで、宝石のような砂糖菓子を売る魔法店は札に掲げたとおりの日数で再開したのだった。
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