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#2 コミュ障男子が美女と呑んだ話|マッチングアプリ放浪記

この日、僕は「俺」になる。自分を変えるんだ。俺はオシャレで、俺は堂々としていて、俺は女の子を楽しませられる。

そんな「俺」に俺はなる。


その日、渋谷ハチ公前での待ち合わせだった。僕らはLINEでお互いの服の特徴を教え合い、ジャングルのような渋谷の雑踏をかき分けて彼女を見つけた。

ブルーがよく似合う。素朴でいて、それでいてどこか不思議な魅力を纏っている女の子を見つけた。

初めてアプリで会う女の子だ。僕は、不規則な脈を打つ心臓を押さえた。垢抜けるために新しく買ったシャツがクシャとなるほど、胸を押さえつけた。

彼女は僕を見つけると、待たせてごめんと謝ってきた。そうだ。僕は1時間以上待たされていたのだ。これがマッチングアプリの洗礼なのか。


「ごめんね! あの電話からあんまりLINEしなかったじゃん? だから今日は無しになったのかと勝手に思い込んでいたの。」

「いいんだ。それに俺があれからLINEをしなかったのが悪かったんだ。それより今日は遊ぼうぜ。飲もう!」

僕は平然を装っている。が、同時に心臓は正常に脈を打つことを諦めている。なんとか自分を落ち着かせようとして、話してみたところ、なんか棒読みみたいな話し方になってしまった。(大丈夫そ?^^)

とにかく、自分を遊び人風に演出することだけを考えて、その日は話していた。


「なーんだ。そういうことだったの。てっきり、もう私に興味がなくなっちゃったのかと思ったよ。待ってる間、何してたの?」彼女は平然としている。なんだか男慣れしていそうで、悔しかった。

「すぐそこのサンマルクカフェで時間潰してた。大学の課題を終わらしてやった」

「おお〜、山田くんでもやるときはやるんだね」

「おい笑 俺だって真面目になる時はある。四年に一度くらい」

「オリンピック周期?笑」

「そう笑 凛花はちゃんと計画的に課題をこなせるタイプなの?」

「私はね、締め切り間際にならないとやる気が出ないタイプなの笑」と彼女はにこりと笑った。

そんな怠惰な2人は、スクランブル交差点で信号が変わるのを待った。

信号が変わると道路の向こう岸から、無数の人間がこちらに向かってくる。それを見て、まるで不良たちの大規模な抗争が始まるときみたいだなと思った。

そんなことはどうでもいい。どうでもいいんだよ。今は目の前の女の子を楽しませることだけを考えろボケ。

僕らは和やかな雰囲気で話しながら(必死)、居酒屋に向かった。


大衆居酒屋ひまわりは、まだ客が少なく、声のバカでかい店員さんに歓迎されながら、僕らは横並びの席に案内された。(女の子と話す時はカウンター席などの横並びの席がいいらしい。なんかの記事にそう書いてあった)


「昨日は仕事だったの?」と何も考えずに彼女の近況について聞いた。彼女は自分と同い年だったが、短大を卒業して今は社会人一年目だという。

「うん。和歌山出張だった。そこから大阪にいって、それから昨日ちょうど東京に帰ってきたの。ほんと、このご時世に遥々出張だなんて馬鹿らしいよね」と、彼女はグラスを右手に持ちながら、仕事への不満をこぼした。

彼女は仕事への不満をたらたらと吐きながら、新幹線のチケットを見せてくれた。「ほら、山田くん見てよ。和歌山から新大阪まで。私が日本を超高速で移動した証だよ。だからこの証は山田くんにあげますっ」

彼女は、梅酒を片手にニコニコしながら新幹線のチケットを僕に押し付けた。僕は笑顔で「ありがとう、大事に保管するよ」といって、そのチケットをスマホケースの中に差し込んだ。すると彼女は大笑いして、その勢いで箸を落とした。かわいい。

箸を取り替えてもらっている間、僕は一世一代の決心をした。

彼女のネイルを褒めるぞ、と。

僕は「見せて」と彼女の手を取り、

「可愛い。季節にぴったりだね」と言った。

すると彼女は喜んだ。僕はとても晴れやかな気持ちになった。女性を褒めるのは良いことだ。

世界中の男性が女性を褒めることに全力を注げば、もっと世界は平和になるんじゃないかと思った。


店員さんに箸を変えてもらった後、僕らは好きな音楽の話をした。いや、厳密には彼女の好きな音楽の話だ。

もちろん、好きなアーティストはいる。だがそのアーティストはあまりにもオルタナティブで、偏執的で変態的だ。

だから、そのアイデンティティを伝えることは、僕の遊び人としての顔を崩すことになってしまう。

だから僕は、アイデンティティを偽った。


「俺、好きなアーティストとか、いないんだ」

その代わりに彼女の好きな音楽を教えてもらった。

彼女があげたのは、YOASOBIやあいみょんといった、いかにも普通なポピュラーなアーティストたちだった。

こういう時に、どこかつまらないと思ってしまう僕はなんなんだろうか。自分の目でも噛んで死んだ方がいいのだろうか。


それから凛花はもう1人好きなアーティストがいると言ったが名前をド忘れしてしまったようだった。

「えーとね、真赤っていう曲を出しているアーティストなんだ。J-POPの、あの〜、なんだっけ、My Hairなんとかっていうバンドなんだけど」と彼女はこめかみにわざとらしく指を突きつけて思い出そうとしていた。

「もしかして、My Hair is Goodじゃない?」と僕はボケてみた。普段ボケないこの僕がボケたぞ! 記念すべき人生初ボケだ!

その瞬間、彼女はまた大笑いをして言った。「思い出した! My Hair is "Bad"ね! Goodじゃなくて、Badだよ!」

その後彼女は、しばらくツボっていた。

引き笑いが可愛らしかった。彼女曰く、このくだりが今日のハイライトになったらしい。今日のハイライトに僕のボケが選ばれたということで、それは大変光栄なことである。

そして僕は、その日から1週間くらいは、まるで彼女のアイデンティティを借りるかのように、My Hair is Badの曲を聴いていた。けれど、あまり好きになることはなかった。


それから僕らは薄っぺらい言葉をマシンガンのように打ち合い、さりげなくお互いボディタッチをしながら飲んだ。飲んだ。そして僕の頭は、常にこの後のことを考えていた。

そうだ。どうやって彼女をホテルに誘うか、だ。

僕はこの難題に、脳みその約90%を費やしていた。



今回はここまで。次回、ホテルに誘います。渋谷はカオスな街です。だから意外となんとかなっちゃうものなんです。次回は、そのときの死闘を綴ります…!

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