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結局のところ社会保障は削るしかない

各サラリーマンに住民税の決定通知が送られる時期となり、住民税が高くなったと、収入減ってるのに税金が高くなったと怨嗟の声が聞こえます。
昔は給与明細を見ると嬉しいものだったかもしれませんが、今はガッカリする時代となりました。今後も引かれる税金(主に社会保険料)は増え続け、少なくとも基本給は毎年3%くらいは増えないと、冗談抜きで手取りは減ってく一方です。
「なんでこんなに手取りは減ってくのか」って言ったら、まぁ少子化が止まらないためです。
ツイッターじゃ「国債発行してどんどん円を刷れ!」って意見が多く見られますが、んじゃ国債発行してお金刷りまくった末はどうなるのかって言ったら、投資家が得しただけです。それはこの1年間でよくわかったことなんじゃないかと思います。
そもそも金刷れば良いって言うなら税はいらないし、通貨を供給するためには国債(借金)を増やすというプロセスを経る以上、借金返済の行為がセットになってきます。つまり、借金の姿を取る以上は信用リスクが伴うのが当然なわけです。
東洋経済である教授が言ってましたが、人間は過去に起きたことについてはいくらでも理屈を後付けできます。今、日本がGDP比にしてどれだけ借金が増えても破綻してない理由については、いくらでも理屈を肉付けすることはできるってことです。
ですが、本当に通貨を乱発(国債発行)しまくって、この先もずっと安全なのかというと、そうとは考えられないわけです。
ハイパーインフレーションとまでは行かなくとも、スタグフレーションなら起こり得ます。少なくともキャッシュの価値は低下してしまいますので、通貨乱発は長期的に行える政策ではないでしょう。

🏠社会主義政党なのに新自由主義と批判される自民党

ツイッターでは盛んな新自由主義批判ですが、ネットで言われるほど自民党は新自由主義政党ではなく行政は寧ろ肥大化しています
デジタル庁新設で「誰一人取り残さないデジタル社会」なんて謳われた時は「なんだガースーって共産主義だったのかよ(笑)」と職場では笑いの種にされていましたが、振り返ってみると私が支持した小泉純一郎も、本当に新自由主義政権だったかと訊かれれば疑問が残ります。
そもそも介護保険の施行日は2000年の4月1日、小泉政権の時だからです。もし小泉政権が本当に新自由主義の政権なら介護保険は成立させてはいけなかったのです。
デジタル庁にしても話は同じです。
「誰一人取り残さないデジタル社会」なんて新自由主義の考え方ではありません。新自由主義の考え方をするなら「ついて来れない奴は捨て置け」と構えなければなりません。
郵政にしても本当に民営化できたかって言うとまた微妙なところで、親書は日本郵便が独占してます。法律に守られてますからね。
で、自民党の行政は肥大化していて新自由主義のそれとはかけ離れてるんですが、今の高齢者にとっては行政が肥大化した方が(自分達に)優しい社会になります。そのツケは現役世代が払うようになっていて、少子化するのに関わらず肥大化した行政を維持するためには社会保険料や税金が上がり続けることになります。

🏡公的年金と介護保険は廃止して健康保険は5割負担

昔、経団連の会長が「痛みの伴う改革が必要だ」なんつうて、ツイッター民の怒りを買っていたことがありましたね。
「お前が一番痛みから遠い位置にいるじゃねぇか!」と。
「痛みの伴う改革が必要だ」というのは事実ですが、それを誰が発言するかや、どんなタイミングで言うかによっては、偉い顰蹙を買うことになるわけです。
さて、今一つ分かることは、公的年金と介護保険はさっさと廃止するべきでしょう。少なくとも公的年金は既に破綻しています。支給開始が5歳ずつ伸ばされるようになってきましたが、それだけ年金の財源は火の車であるという表れです。もはや我々が定年退職する頃には年金が受け取れるかわかりません。それなら早めに廃止した方が良いというのが個人的な考えです。
介護は言うまでもなく廃止です。健康保険の自己負担率は最低でも5割まで上げなければならないでしょう。
困ったことに、病院に行ったら高齢者同士のコミュニティが出来ていたなんて、笑えない事態を耳にすることがあります。残念ながら健康保険に関しても、現役世代が多忙で医療に掛かれない中で、時間的余裕のある高齢者が必要以上に病院に行くという事態が発生してしまうわけです。
となると、通院を抑制するには健康保険の自己負担率を上げる他なく、それは最低でも5割にまでは上げなければならないでしょう。
しかし、そんなことをできる政党は1つとして存在しないでしょう。そんなことをすれば必ず選挙で落とされるからです。それが例え強固な地盤を持つ自民党と言えども、マジョリティである高齢者を無視した政策はできないのです。その先に待つのは、現役世代にとっての地獄になります。

🏡公助の削減以上に痛い共助の崩壊

「社会保障は削るほかない」
とは言ったものの、公助の削減以上に恐ろしいのは地域コミュニティが衰退したことによる、共助の崩壊です。
田舎の息苦しい要因として「半径数キロの人間関係が全部把握されてる」なんてことが言われてますが、逆に都市部なんかは「隣の部屋の住民の顔すら知らない」が珍しくありません。ちな、私のアパルトメント、いつの間にか隣の部屋の人間が引っ越してました。
東京に住んでる独り暮らしの人、隣や上下階の住民の顔知ってる人どれだけいます?
もっと言うと、都市部のアパルトメント住人は他人の出す音に不寛容になってきてるんですよ。
まぁ田舎は田舎で表向きは助け合い、裏では腹の内の探り合いみたいな息苦しさはあるのかもしれません。ただ、都会的な不寛容さはまた田舎とは方向性が異なります

さて、このまま少子高齢化が進んでいくとどうなるんでしょうね。
少なくとも都会じゃホームレスが増えると思うんですよ。
参考までに東京都では18-34歳の無就業者数は、凡そ4万人弱いるようです。これは20年後のホームレス予備軍と考えて良いでしょう。
更に毎日新聞の報道によると、東京都は男性が4人に1人、女性は5人に1人が一生未婚で過ごすことになりそうだとのことです。これにどこまで無就業者数が内包されてるかはわかりかねますが、この生涯未婚者もまた、20年後のホームレス予備軍と言えます。親が死んだら緊急連絡先を確保できなくなり、住宅の保証会社も使えなくなるからです。
自分の身元保証手段がなくなることによって人生を詰む危険性があるということですね。
良いか悪いかは別として、今の公助は高齢者を生き永らえさせるために肥大化し、現役世代から搾取することによって維持されています。が、遠くない内にそれは世代間の分断に繋がりますし、一方で生涯未婚率が上昇するのに共助まで崩壊してしまって、いやぁ・・・、この先に待つのは地獄かな、こりゃ。


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