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キレイな写真が撮れると、意味のない文章を書きたくなるんだ

わたしの“ことばの旅”は、
詩を書くことからはじまったのに
気が付けばここ数年ずっと
「意味のあることを書かなければならない」
と思い続けてきた気がする。

それを読むことで役に立ったり、
「なるほど」と思ってもらえるような文章。

誰かのために書いていたつもりはない。
あくまでも、わたしのために。

わたしのなかにあるモヤモヤとしたなにかを
ことばというカタチにすることで、
自分自身に読み聞かせるように。

そんな気持ちでずっと書いてきたけれど、
それはどこか仰々しくて、あつかましくて。

「けみちゃんの文章、いいね」とか
「けみちゃんの文章になんか救われたよ」
と、周囲の友達に言ってもらえることが
ときどきあって
とてもうれしいし、次の書く理由になる。

けれどそう言われるたびに
「なにか意味のあることを書かなきゃ」
「誰かを励ますような、誰かを勇気づけるような、
そんな文章を書かなきゃ」
と、無意識に思い続けてきた気がする。

でも今、わたしは、意味なんてない文章が書きたい。

まるで一枚の写真のような、一曲の歌のような、
そこにあるだけで心が軽くなるような。

読んでいるだけで風を感じるような、
メロディが聴こえてきそうな。

そう。わたしは、背中を押すんじゃなくて、
軽くすることをしたいんだ。

励ますんじゃなくて、癒すことをしたい。

意味のない文章、詩のような文章は
読まれづらいってわかってる。
それを書くことによって、
“スキ”の数はきっと減る。

けれど、9割の人が鼻で笑うようなことでも、
たった1人の人が「生きていてよかった」
と、一瞬でも感じてもらえるような
心がじんわりとあたたかくなるような
素直に涙が出るような
そんな文章が書きたい。

それは誰よりも、自分自身に対して。

あなたは生きていていいんだよ。
生きている意味があるんだよ。
そう、世界のまんなかで叫ぶように。







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