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【アルギュストスの青い翅】第14話 心の底から見上げる空

 叫んで叫んで叫びまくった。だけど、まだだ。まるで底なし沼みたいな自分の心の淀みに怖ささえ感じたけれど、もうやり続けるしかない。

「俺の頭なんてさ、優秀な従兄たちに比べたら、引け目しかないよ。人のことうまく褒めたり励ましたりできないし、取り柄なんて体が丈夫だってことぐらい。従兄たちも心のどこかではきっと、自分の方がって思ってるだろうよ。でも賢いし優しいからな、そうは言わない」

 荒ぶる熱はすっかり鎮火してしまったようだ。俺はぶつぶつとまるで幼い駄々っ子のように続ける。

「言ったよな。Jの名前を継いだのが俺でいいのかって悩んでること。どうして俺なんだって、夢にまで見るんだよ。本当は、研究に興味がないわけじゃないよ。わからないんだ。何かしたいけど、何をどうしていいのか、ちっともわからない……」

 俺はなんだか泣きたくなった。そっか、悲しいんだな。だけどヴィーは言ってくれた。そんな時はメソメソ泣いたっていい。弱い俺をさらけ出して、愚痴を言ったっていいんだ。

「俺さ、何度も言うけど、アルギュストスが好きなんだ。本当に、好きなんだ。俺をこんな風に追い込んだのはあいつらなのに、憎らしいってどうしても思えない。それどころか、ずっとずっとそばで見てたいって思うんだ。あの青い光が、たまらなく好きなんだよ。新しい発見なんかしなくていい、ただこの美しいものとずっと一緒にいられたらって、いつも思うんだ。……気持ち悪いよな。毒に魅入られた毒みたいな人間で、嘘ばっかりで、強がりだらけで、誰かを責めることしかできなくて……ほんと、最低だな」

 わかっていて認めたくなかったことも、怖くて言えなかったことも、奥の奥に隠してあったあれもこれも、俺はついにすべてを吐き出したと思った。最後はぼそぼそと小さな声で言葉を紡いだだけなのに、まるで全力疾走したあとみたいに胸が大きく上下している。もうなにも考えられなかった。だけど心の割れ目からはもう、なにも這い出してこなかった。

「いいね、生きてるって感じがする」

 びっくりするくらい明るいヴィーの声が響いた。

「生きてるって感じがするよ!」

 ヴィーは満面の笑顔だった。一体なんの話だろうかと、弾け切って回らない頭で俺はぼんやり思った。

「J、僕はね、今ものすごく楽しんでるよ」
「楽しんでる? 俺のこんな歪んだ気持ちをぶつけられて?」
「ああ、そうだよ」

 ますますわからない。自分でも嫌気がさすような堂々巡りの中に、楽しみようなんかなに一つないだろう。

「閉ざされた空間の中でね、僕はずっと想像してたんだ。誰かの心の内を見せてもらえる日のことを。誰かとそんなことができるって、それは僕にとってすごいことなんだよ」

 ヴィーは満月みたいな瞳を揺らめかせて続ける。

「こうして近くにいて、膝を突き合わせて、必要のない飾りなんか一切取り払ってさらけ出して。そんなことができる人に、そんな時間に僕はずっと憧れてた。いつかそんな時がきたら、大切なその人の気持ちに寄り添って、僕ができることを考えたい、思うことをみんな言葉にしたいって、そんなことばかり考えてたよ」

 俺はガツンと殴られたような気がした。そうだった。ヴィーはずっと……。それに比べたら、俺の寂しさなんて比べるにも値しない。
 ヴィーは異様に興奮していた。その瞳は燦々と輝いて、頬は上気し、青白い顔がうっすらと赤く見えるほどだ。

 一人膝を抱える世界の中で求めるものの大きさを、俺もそれなりにはわかってるつもりだ。ヴィーの気持ちは痛いほど伝わってくる。だけど、やっぱり言わずにはいられない。
 ヴィーには隠し事なんてしたくないから。言葉を選びたくないし、偽りたくない。ちゃんと向き合いたい。ひどい奴だって思われるかもしれないけれど、それは俺の正直な気持ちだった。

「ヴィー、ヴィーの気持ちはわかるけど……それにしたってだよ。こんな浅ましくてどろどろしたものに寄り添いたとか、マジかよ……。気味が悪くて逃げ出したって思うだろ、普通。なのに、寄り添いたい? 一緒に考えたい? 信じられないよ……」
「だからいいんじゃないか。問題のない、きれいなものなんて必要ないよ。僕が向き合いたいのは、必死で何かを探して求める人だよ、Jみたいにね。それって、まさしく生きてるってことじゃない?」

 ヴィーがまた『生きてる』を繰り返した。

「生きてるって感じられる。すごいことだと思うんだ」

 生きてる。そんなこと当たり前すぎて考えたこともなかった。だけど誰かがしきりにそう言ってくれたような気がする。俺はうまい言葉を思いつかなくて黙ったままだったけれど、ヴィーは気にすることなく喋り続けた。

「生きてるって、世界に参加することだと思うんだよね。世界はここにあるけど僕のために回ってるわけじゃない。じゃあ、どうするか、僕がそこに参加するしかないんだよ。そこに乗り込んで行って、なにが起こっているかを見るんだよ、聞くんだ。自分の領域から出て、他者に介入する。余計なことだらけの中に飛び込むんだよ。そうして初めて、世界がなにかを知ることができるって僕は思う。自分はちゃんと、この世界に生きてるんだって感じられるような気がするんだ」

 俺はヴィーの言葉に圧倒されていた。そんな風に考えたことなどなかった。俺はヴィーの欲しかったものをなんでも持ってる。なのに、なのにだ。
 
「それってさ、良くも悪くも変わっていくことだと思うんだ。素直な人ほど傷ついたり苦しんだりするんだろうなあ。自分以外のなにかを理解しようなんて、そんなこと難しすぎるから。僕らはさ、自分のことだってわからないじゃない?」
「ああ……」

 それは、まさに今の俺だ。自分の気持ちをコントロールできなくて、ぐちゃぐちゃになったそれをヴィーに投げつけた。

「だけど、きっとそれが生きるってことなんだよ。思わぬことで傷ついて泣いても、誰かの体温を感じて、お互いにこぼれ落ちた想いを拾い上げて、最後には一緒に笑うって悪くない。全然悪くないよ!」

 無性に寂しくて誰かと話したかった昨日を思い出す。そんな俺を、温もりを探していた俺を、ヴィーが受け止めてくれた。これ以上ないほど嬉しかったし、久しぶりに満たされた。そしてそれは……とんでもなく温かかった。
 俺はヴィーの言葉に大きく頷いた。彼の言わんとすることが、少しずつだけれどわかってきたような気がした。


第15話に続く https://note.com/ccielblue18/n/n034a16c81b6d
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第1話はこちら https://note.com/ccielblue18/n/nee437621f2a7

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