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第174号(2022年4月25日) ロシアは日本に侵攻するか ほか

【今週のニュース】新型重ICBMの飛行試験成功とロシアのAUKUS観

新型重ICBMサルマート、初飛行試験に成功

『TASS』2022年4月20日
 4月20日、ロシア国防省は、開発中の新型重ICBM(大陸間弾道ミサイル)RS-28サルマート(SS-X-29)の飛行試験に成功したと発表した(リンク先に動画あり)。アルハンゲリスク州のプレセツク宇宙基地から発射され、弾頭(複数形)はカムチャッカ半島のクラ射爆場に落下したとされる。ロシア軍の標準的なICBM試験である。
 第148号で紹介したように、サルマートは2018年から3回のポップアップ試験(サイロからの発射のみで軌道には乗らない)を行っただけで、飛行試験(LKI)は行われず、2021年中とされた最初のLKIも結局は延期されてきた。

 その理由ははっきりしないものの、ロシアが配備しているICBM用核弾頭の約3分の1は旧式化したRS-20Vヴォイェヴォダ(SS-18サタン)に搭載されているわけだから、サルマートが実用化しないことには戦略核戦力の背骨をいつまでも更新できない(Nuclear Notebookのロシア編2022年版によると、ICBM用核弾頭1185発のうち400発がヴォイェヴォダ搭載)。
 あるいは、このままヴォイェヴォダの寿命が尽きると戦略核戦力がごっそりと抜け落ちてしまうことになる。
 この意味では、今回のサルマートの発射試験の成功は、大国間の核バランスの今後に大きな意義を持つものと言えよう。なお、宇宙監督官庁とロケット産業の複合体である国家コーポレーション「ロスコスモス」のドミトリー・ロゴジン総裁によれば、サルマート量産型の配備はLKIの完了を待って今秋にも開始する予定とのことである。
 また、米国防総省によると、今回のLKIは米国にも事前通告されていたとのことで、ウクライナを巡る極度の緊張下にあっても最低限の軍備管理・危機安定性維持メカニズムは機能していることが窺えよう。


AUKUSと日本についてのロシア側報道

『TASS』2022年4月19日 
 国営通信社TASSに、同社の日本支局長ヴァシリー・ゴロヴニン氏による論説『「太平洋版NATO」は日本を入れて拡大しようとしているのか?』が掲載された。ゴロヴニン記者からは筆者も何度かインタビューを受けたことがあるが、日本語に堪能でかつバランス感覚のある優れた記者である。そのゴロヴニンの目に、AUKUSはどう映っているのか、簡単に紹介したい。
 ゴロヴニンが注目したのはAUKUSが日本の参加を打診したという『産経新聞』の独自記事である。

この件については即座に松野官房長官が否定したが、ゴロヴニンによればこれは疑わしい。米英豪に対する日本の軍事的接近は事実であり、AUKUSは日本にとっては自然な選択肢であるという。
 さらに言えば、『産経新聞』が報じる極超音速兵器、電磁スペクトラム戦、サイバー戦、AI、暗号といったAUKUSとの協力分野で日本は技術的進歩を遂げており、問題は協力を公式のものとするかどうかにすぎない。
 この点について、日本政府内部には積極派と慎重派が存在するが(おそらく事実だろう)、日本はすでにAUKUS加盟国やフランスやインドとの間で軍事協力を進め、ヴェトナムやフィリピンともこれを進めようとしている以上は、事実上「小さなNATO」はすでに出来上がっている、とゴロヴニンは見る。
 したがって、日本は中国との関係を過度に緊張させないためにAUKUSとの協力関係を非公式のものに留めるかもしれないが、事実上、日本は米国を中心とする太平洋の多国間軍事同盟のメンバーと見做しうる。それは中国に対抗するための第二戦線となるだろう…
 以上のゴロヴニンの見方はそうおかしなものではなく、むしろ日本の立場をよく理解しているように見える。ロシア側の公式見解は時にめちゃくちゃなことを言うが(インサイトの「FSBレター」も参照)、その裏側にはこうした冷静な目線も存在するわけである。

【インサイト】ロシアは日本に侵攻するか

「意外」な対露脅威認識の高まり

 最近、ちょっと意外だったのは、今回の戦争で「ロシアは日本も狙っているのではないか」という懸念の声が意外と強いということです。「意外」と書いたのは、いちロシア軍事屋としての自分はこういうことをあまり真剣に懸念してこなかったからです。
 たしかにロシアがウクライナに侵攻したのはショックなことではありますし、そう考えてみると日本もロシアの隣国ではあります。最近、フィンランドとスウェーデンがNATO加盟の動きを本格化させているのも、最大の(そしてほとんど唯一の)動機は対露抑止でしょう。
 また、近年では野党「公正ロシア」のミロノフ党首が「北海道の全権利はロシアにある」などと発言したことも波紋を広げました。J-CASTニュースの記事はその背景までよく掘り下げたものなので一読をお勧めします。

 しかし、冷静に考えてみれば、ロシアがウクライナに対するように日本に軍事侵攻してくることはちょっと想像し難い。日本側は北海道に2個師団(機甲師団である第7師団を含む)と2個旅団の計4個兵団を配備しており、これを打破するのは相当にホネでしょう。
 しかも、ロシアが極東に配備している地上兵力は8万人ほどに過ぎず(防衛白書による)、このうちのかなりの兵力をウクライナに投入しているらしいことは第168号で既に紹介したとおりです。

 特に痛いのはロシアが太平洋艦隊の二つの海軍歩兵旅団(ウラジオストクの第155海軍歩兵旅団とカムチャッカの第40海軍歩兵旅団)を双方ともウクライナに投入してしまっていることです。
 揚陸戦力も全く足りていません。太平洋艦隊が保有する揚陸艦は1171型1隻と775型3隻の計4隻に過ぎず、1個旅団を上陸させるにも足りないでしょう。さらに上陸作戦を行うには日米の海空戦力を制圧して上陸地点を確保しなければなりませんが、これもロシアが配備している既存の海空戦力では難しいと思われます(何しろ世界最強の米軍と世界有数の戦力を持つ海空自衛隊を打倒せねばならない)。

10年後は?

 以上のように、ロシアが今すぐに北海道に上陸してくるのはどう考えても無理でしょう。上陸させる兵力も揚陸艦も足りない、それを援護する海空戦力も足りないわけで、目の前の脅威としてロシアを扱うのはどう考えても無理がある。
 では、この戦争が(どんな形でかはまだ見通し難いですが)一段落ついて、ロシアが戦力の再編成を図り、極東に一定の兵力を集めてきた場合はどうでしょうか。例えば10年後の2032年を想定して思考実験を行ってみたいと思います。
 大雑把な前提は次のとおりです。

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