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第168号(2022年3月14日) ウクライナ戦争三週間 核エスカレーションと北方領土

【インサイト】三週間目に入ったウクライナ戦争 核エスカレーションの危険と北方領土

逃げ回るベラルーシと苛立つプーチン

 ロシアがウクライナに侵攻してから三週間目に入ります。
 この間、ウクライナは依然として首都キーウ(キエフ)と第二の都市ハルキウ(ハリコフ)を維持し続けており、本メルマガを書いている時点では攻略に向けた大規模な動きはまだ見られないようです。
 また、2020年夏の反ルカシェンコ政権運動以来、ロシアに対して頭が上がらなくなったベラルーシは今回、ロシア軍の出撃拠点を提供するという形で戦争への協力を強いられていますが、直接参戦には至っていません。
「ロシア軍の後方を守るためにベラルーシ軍は自国領内に留まらねばならないのだ」というのがルカシェンコ大統領の言い分ですが、ウクライナ軍が防勢に手一杯である以上、この言い分を信じる人はあまり多くないでしょう。
 一応、ルカシェンコは、ウクライナに傭兵が(どこの傭兵かは明示されていない)入り込んでいて、これがウクライナ側に破壊工作を仕掛ける可能性があると述べていますが、直接参戦だけは勘弁してくれというのがルカシェンコの本音であると思われます。
 おそらくはこの事態を打開するために、ロシア空軍機がウクライナ領空からベラルーシ領内に向けて空爆を行ったという報道があります。

 米国防総省は「確認できない」としていますが、事実ならこれはプーチンの苛立ちを示すものと言えるでしょう。

 参戦を渋るルカシェンコを関ヶ原の戦いにおける毛利方の「空弁当」(弁当を食べているので参戦できないという言い訳)になぞらえるなら、今回の空爆は、裏切りを急かすために家康が小早川の陣地に大砲を打ち込んだ故事を想起させる感じもします(戦国時代のアナロジーが頻繁に出てくるといよいよ自分もおじさんになったなという気もしますが)。
 いずれにしても、もしロシアがベラルーシの参戦を強く要求しているなら、ロシア軍単独での攻勢はそろそろ限界に達している可能性が見えてきたように思います。『ミリタリー・バランス』2022年度版によればベラルーシ軍の総兵力は4万7950人、このうち地上兵力は陸軍1万1700人(4個機械化歩兵旅団基幹)、特殊作戦部隊6150人、その他最高司令部直轄兵力(ロケット旅団、砲兵旅団、多連装ロケット旅団各1個基幹)に過ぎないからです。
 相当に兵力が払底していなければ、この程度の規模のベラルーシ軍をアテにはしないでしょう。米国防総省が7日の時点で、ウクライナ国境周辺のロシア軍は100%戦闘に投入されているとの見方を示していることもこれを裏付けます。

 また、ロシア軍は今回の戦争でかなりの損害を出しています。公開情報インテリジェンス(OSINT)で有名な調査機関Oryxによれば、画像で明確に確認できるロシア軍の損失は戦車192両、その他の装甲戦闘車両342両、大型火砲59門、多連装ロケット19両、地対空ミサイルシステム29基、固定翼機12機、ヘリコプター13機などとされており、ウクライナ側の抵抗の激しさを窺わせます(これに加えて高級将校の戦死も数多く報じられている)。

さらなるエスカレーションの危険性

 しかし、これを以てロシアがウクライナ侵略を諦めることを期待するのは尚早であるとも考えています。
 米国防総省の見積りによれば、ロシア軍はキーウ(おそらく西方)まで15kmに迫りつつあり、既に市街地は火砲の射程に入りつつあります。ロシアがこれまでチェチェンやシリアで行ってきた都市攻略戦、あるいは現にウクライナ各地で行いつつあるそれを考えれば、キーウに対して無差別砲爆撃を行なって降伏を迫る可能性は非常に高いと考えられるでしょう。
 さらにロシアはシリアから傭兵を募っているとも伝えられます。上掲の7日のブリーフィングで米国防総省が明らかにしたものですが、東京外国語大学の青山弘之教授の記事を見るに、これはシリア人というよりも、シリアで活動する民間軍事会社ワグネル系の民兵組織を中心とするものであるようです。

 彼らはシリアで長らく市街戦を経験しているので、都市の攻略にあたっては一定の戦力としてたしかに期待できるでしょう。ただ、もう少し穿った見方をすると、「死なせても惜しくない」兵士を集めている可能性も考えられます。都市の攻略には膨大な人的犠牲を伴うことはチェチェンやシリアでの経験からロシアもよくわかっている筈であり、そうなれば国内の反発が強まるのは必定ですから、公的には「戦死者」にカウントされない兵力を必要としているのではないかということです。
 もっといえば、こうして国内の反発を恐れることなくキーウ攻略を進められるのだという姿勢を示すなら、これはウクライナ側に対する圧力として機能する、という読みもあるのかもしれません。

依然として燻る限定核使用の懸念

 もうひとつ、ウクライナ情勢が予断を許さないのは、ロシアによる限定核使用の懸念が依然として払拭できないためです。第160号でも扱ったとおり、ロシアの軍事思想の中にはもともと、戦争の停止を有利な条件で強要するために限定核使用を行うという考え方がありました。

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