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【小説】カラメルソース

あんなにたくさん食べたのに、なんだか物足りない……そう思って、開けた冷蔵庫の中には、一昨日買って忘れていたプリンが4つ、行儀よく並んでいた。
夕飯をすっかり片付けて、流行りのアニメ映画を1本観たところだ。
寝るにはまだ早く、かといって、出掛けるには遅すぎる。
「ね、結衣、プリン食べる?」
「食べる。」
問いかける徹の言葉に即座に反応して、結衣は短い返事をよこす。
スマホの画面を素早くタップしながら無表情なまま小さく笑い声をあげる結衣の、伸びきったキャミソール。ストラップがズレて露わになった背中を眺めて、ご機嫌だなと、思う。
付き合って5年、同棲を始めて3年。
互いの存在は既に当たり前にそこにあるもので、だから、隙だらけの部屋着姿を見たところで、特別にドキドキするようなこともない。
よく冷えたプリンをテーブルに出して、別添えのカラメルソースとスプーンをそれぞれの蓋の上に乗せる。
すぐ後ろで、電気ケトルがカチンと音を立てて、湯が沸いたのを知らせた。
「じゃ、お茶、淹れなおすね。」
「うん。」
徹はキッチンに戻り、ティーバッグを取り出してマグに放り込むと、ゆっくりと湯を注いで湯気の向こうの結衣を眺める。
結衣は一向にスマホから目を離さない。
ただ、片手を探るように宙に伸ばして、テーブルの上のプリンに指を掛ける。
「ね、結婚…しない?」
「えっ!?」
「はい、これ。」
プリンに掛かったその手を引っ込め、目を見開いて顔を上げた彼女に、立ったままマグを差し出す。
結衣は慌てて片手に持ったままのスマホをテーブルに置き、両手でマグを受け取った。
何か言いたげに半分開いた唇は、それ以上動くこともなく、その瞳がただ、俺を見上げている。
「あと、これ。」
隣に座りながら小さな箱を差し出し、テーブルに置く。
俺の手の動きを追うように、結衣はゆっくりとテーブルに視線をうつす。
「う、うん。」
ぼんやりとした返事を返すと、マグを両手で持ったまま、目の前に置かれた小箱を見つめる。
「ね、結衣。俺と、結婚して。」
箱を開けて、中のリングを見せる。
結衣は一瞬、リングに視線を向けて、すぐにこちらを振り返った。
真っ直ぐにこちらを見返す瞳、その向こう側で彼女は何を思うのか?
短く切り揃えられた爪。カップを抱くように持つ指先がほんのりと紅く、熱を帯びているのがわかる。
手を伸ばして、結衣の手を両手で包み込むようにしてマグを取り上げ、テーブルに置くと、結衣はそれを追うようにテーブルへと手を伸ばした。そのまま、プリンの上のカラメルソースのパックを取り上げて、唐突に笑い出す。
カラメルソースのパックを揉むようにしてプリンの上に戻すと、こちらに顔を向ける頃にはいつもの表情に戻っていた。
「……何の冗談かと思った。」
「本気だよ。」
「うん。だろうね。」
その声は、まるで興味がなさそうで。だからこそ、今日の彼女は、ご機嫌だなと、思う。
結衣と俺の視線の先。
テーブルの上に並ぶ、小さなリングと二つのマグカップ。
手付かずのプリンの上から、カラメルソースの小袋が滑り落ちた。

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