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Cの時代⑧ 〜同人誌即売会と廃情報回収の依頼〜

「部数確認して」
「本、この辺に置けばいいのかな?」
「誰かー、ポスカ持ってる人!」

慌ただしい声が各所で飛び交っている。
開店前のこの熱気が文化祭の前日のような空気を醸し出していて、
一番好きかもしれない。

本日は同人誌即売会。
二次創作もオリジナルもプロもアマも関係なく、渾身の作品を世に出す日だ。
予定のない私は売り子として販売の手伝いに来ていた。

「椅子、もらってきました。ここに置いておいていいですか?」
「うん。ありがとう。大丈夫」

本を揃えていたアミカさんがにっこりと私にほほ笑んだ。
相変わらず美人だなあ、と女ながら見惚れる。
大きな猫目と高い鼻、真っ赤なリップでくっきりと縁どられた唇があるべき場所へ並んでいる彼女の容姿が大好きだ。けれど、それを鼻にかけることはしない。それに、ヲタク。
見た目ともギャップがこんなにも素敵な女性を見たことがない。言わずもがな、私はアミカさんのことが大好きなので、即売会に誘われるたび、飼いならされた犬のように尻尾を振ってやって来ていた。

「最近は何してるの?」

私が持ってきたパイプ椅子に腰かけた彼女が尋ねる。隣の椅子に座りながら「就活してますかねー」と答えた。

「そうなんだ。前に内定もらったところはどうしたの?」
「あー…蹴っちゃったんです。なんか、違うかなあって」
「そっかあ。まあ、そういうこともあるよねー」

お腹空いたねー、今日の打ち上げは何食べようか、くらいの軽いノリでアミカさんは頷いた。ですねえ。私も他人事のように相槌を打つ。

「アミカさんは最近どうしているんですか?」
「あー、わたしねぇ、転職したんだ」
「え、そうなんですか」
「うん。知り合いが会社作ったから、そっちに移ったの。仕事は前とほとんど変わってないよ」
「へえー」

興味のない返事をしつつ、内心は複雑だった。
大学1年時の記憶がよみがえる。

かつて、私はITベンチャーでアルバイトをしていた。
決して意識高い系だったわけではなく、あまりに世間知らずだったためそこがITベンチャーだったことを入ってから知ったのだ。(そもそも、ベンチャーという単語もこの時初めて知った)

仕事は、思っていた以上に楽しかった。
自分で考えて、提案して、試行錯誤して、作る。この繰り返し。

若手のスタートアップだったこともあり、
これといったルールがなく「みんなが気持ちよく働けるのが第一」なところも
居心地が良かった。

だからこそ、保身に走って会社の方針をがらりと転換してしまった社長にはがっかりだった。自分がリーダーとして大切に育ててきたプロジェクトがなくなったのも含めて。

会社あっての社長ではなく、社長あっての会社。だから、会社は社長のもの。
当たり前かもしれないけれど、人を巻き込んでしまっている以上、この場所はもうあなただけのものではない。それじゃいけないはずだ。

社長の傲慢さについて行けず、メンバーは次々と辞めていった。
私もその一人だった。
裏切られた。当時はそう思った。

以来、私は「ベンチャー」「IT」「スタートアップ」というものに苦手意識を持っていた。トラウマ、と言っても良い。

アミカさんを引きずり込んだ知り合いというのは誰だろう。
都合の良いように利用されないと良いけど…などと考えていると、

「あ、そうだ。また仕事頼んでも良いかな」
「調査系のレポートですよね。良いですよ」

こくりと首を縦に振った。

仕事の依頼、というほど大それたものではない。
ただのお小遣い稼ぎ。
不定期だが、アミカさんが私に臨時の何かを頼むことがあった。

内容は石鹸の種類だの、テクノロジーだの、車のメーカーだの、色々。
こんなの、何に必要なんだ?という情報をネットから拾って見やすくまとめる作業だ。
私は『ネットの廃情報回収屋』だと勝手に思っている。

「ありがとう!今すごくバタバタしてるから本当に助かる~」

そういうと、彼女は手を合わせた。私は微笑んで「いえ。私も文化祭とかで貯金が枯渇しているので。ありがたいです」と返す。

「で、今回はどんな感じのやつですか?」

そういうと、彼女はずいと顔を近づけた。猫のような大きな瞳が見開かれる。

「えっとね、今回は――」

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