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プライド

新宿で仕入れを終えて自転車を出そうとした時、横断歩道を誰よりもゆっくりと渡る1人の男性に目が留まった。
ゆっくりと言うよりは、チョビチョビ。
パジャマの上に羽織り物をした出で立ちで、明らかに足をひきずってる。しかも両足とも。思わず足元を見ると、なんとスリッパ。いわゆる室内用の。一般家庭の玄関かお手洗いに置いてありそうな、青と白のチェック柄の。パジャマの裾とスリッパの間からのぞく両足の甲には包帯。かなりグルグル巻きなのか、スリッパにギチギチパンパンで。しかも、片足は包帯に血が滲んでる。まだ乾いて無い様な生々しい血の色に思わず目を背けそうになったが、男性の事が気になり、足元だけをコッソリ目で追ってしまった。
彼が近付いてくるにつれ、踵(かかと)のほうまで見えたが、踵には包帯が巻かれておらず、皮膚が剥き出しになってるのがわかった。パンパンに腫れて紫がかった赤黒い踵。ってことは、包帯がグルグル巻きなせいでスリッパに足がギチギチなのではなく、おそらく足全体がこの腫れ具合だろう。思わず服装と顔にもう一度目をやってしまった。かろうじて家は有る、というレベルだろうか。無精髭に眼鏡のボサボサ頭、顔色は踵の色よりはマシだけど決してイイ色ではない。そのせいで年齢もイマイチ読めない。けど、いうほど高齢でもなさそう。50~60代ぐらい?横断歩道のすぐ近くに大きな病院があるけど、おそらくそこの入院患者でも無さそう。直感的に。歩いて来た方角も病院からではなかったし、むしろ入院してるほうが、身なりはもう少しきれいかもしれない。たぶん、自宅から歩いてきた雰囲気。何の病気だろうか、足に菌が入ってしまったのか、内蔵の病気からくる浮腫みなのか、色々と考えてしまった。
ただ、この辺りではめずらしくもない色の踵。

自分の店へ戻ろうと仕入先の角を曲がると、その建物の壁のほうを向いて足をくの字に折り曲げて横たわる腰まで長い髪の男性が居た。あ、この特徴的な後ろ姿は、さっきこの辺りを蛇行してた人だ。色んな所でたまに見かけるこの人、この辺りの路上生活者の中ではかなり若い。40前後かなぁ。。。路上生活者は日焼けや皺や身なりやその他放ったらかしの何かしらの症状のせいで少し老けて見えるので、もしかしたら彼はもう少し若いのかもしれない。この界隈の路上生活者の中で、彼は最年少にさえ見える。
先程の両足包帯の男性の事もあり、そんな彼の足に目をやってしまった。すると、ボロボロに踏みつぶされた靴のかかとから、やはり素足の踵が出てた。先程の包帯の人の踵よりドス黒く腫れ上がってるのに、一面ひび割れとかあかぎれだらけでカサカサで硬そうな。更に瘡蓋(かさぶた)と、あと何かよくわからないけど所々白と茶色とドス赤の痛々しいまだら模様の皮膚のデコボコ状態。足の後ろ半分が靴に収まりきれずにはみ出て。足だけ見れば到底40前後には見えない。靴はもう爪先から真ん中ぐらいまで底がパックリ開いてた。

この季節になると、路上生活者の足元に目がいく。寒い中、多くの人が靴下を履いてないし、靴もボロボロパカパカだから。
中にはパカパカになった靴を、布テープでグルグル巻きに止めて履いてる人もいる。自分が子供の頃、手足のしもやけがひどく、痒いよりは痛い方がマシだと思い、しもやけで赤く腫れた指を針で刺して血を出したり、授業中は靴を脱いで椅子の上でこっそり正座して足を痺れさせて痒みを麻痺させたりしてた。社会人になったらいつの間にか治ってたけど、今でも冷え性なのでこの時期から冬にかけて路上生活者のカサカサで白くドス黒い素足を見る度に「痛いだろうな」とか「痒いだろうな」とか「冷たいだろうな」とか。同情とかでもなく、ただ自分がしもやけを経験したから痛さや痒みや辛さがわかるというだけ。でも彼らの足は、しもやけなんかと比べものにならないぐらいにひどい状態。

路上生活者になる人達は、みんなそれぞれ何かしらの事情があってその道を選んだか、もしくはそうならざるを得なかったのか。
行政の施しを受けたくなかったり、施しの受け方を知らなかったり、もうそんな事を考える気力さえも無かったり、ひもじい思いを紛らわす事だけで精一杯だったり。
って、全部自分の勝手な想像だけど。

当店のある町も、大阪に居た頃に住んでた町も、たまたま路上生活者の多いエリア。でも一度たりともお金や食べ物などを渡した事が無い。

大阪に居た頃、ラブホ街で有名な桜ノ宮にあるマンションに住んでた。もちろん目の前のはラブホ。そのマンションの真下に、お酒の自販機がたくさん並んでるスペースがあって、路上生活者達がその自販機置き場の前で朝から酒盛りをしてて、うちが自販機の前を通るとその人達が酔っ払って声を掛けてくる様になった。
家の真下という事もあり、怖くて素通りしてたけれど、ある時ベランダに布団を干した際、布団の中から携帯電話が勢いよく飛び出し、1階へ落下した。5階から。咄嗟におっちゃんらの顔が浮かんでヤバい!!と思い下を覗き込むと、カシャーン!!!と大きな音がして、おっちゃんらが自販機置き場から出てきた。「ごめんなさい!!!!!大丈夫ですか!?」と訊くと、「これ、アンタのんかー?」と。「はい!!すぐ降ります!!」と取りに降りると、「友達みんなベッピンさんやなぁ笑。おっちゃんらにも紹介してか~笑」と、携帯電話と落ちた衝撃で飛び出した電池をニヤニヤしながら手渡された。電池の裏に貼ってたバスガイドの同期とのプリクラ。それをキッカケにおっちゃんらと挨拶を交わす仲になり、最後、上京する際にはおっちゃんらにお別れの挨拶をしに行ったほどまでに親しくなったけど、それでも日頃おっちゃんらに何も渡した事は無かった。
親子か孫ほどに歳の差がある自分が、おっちゃんらに何かを施すのは違うのではないかという気がして。おこがましいというか、おっちゃんらはアルミ缶集めで稼いでるのに、失礼にあたらないだろうか、とか。。。お別れのご挨拶の際に、おっちゃんらがいつも呑んでた銘柄のパック酒とプラコップとおつまみを渡したその一度きり。
とても喜んでくれたけど。
路上生活者に食べ物を直接手渡したのは、後にも先にもその一度だけ。

でもひとつだけ日頃から手渡す物がある。その頃も今も、手で潰してスーパーの袋に貯めたアルミ缶。それも、台車で大量のアルミ缶を運んでる人を見掛けた時だけ。
「すみません、これ、お願いしても大丈夫ですか?」と訊いてからOKそうなら手渡す。
中には嫌な顔をする人もいるから。
アルミ缶以外は何も渡した事がない。
ただ、アルミ缶集めをしてる人達の靴はパカパカでもなければ、素足の踵も見えてないし、靴のかかとを踏んだりもしてない。物凄く早歩きで台車を押し、しっかりと歩ける足元をしてる。

最近になって気付いたのは、今日まで路上生活者に直接な施し等の行為を一度もしてこなかったのは、自分と彼らとの歳の差のせいではなく、彼らに対してもし何かを施した際に、自分が彼らに「哀れみ」の感情を持っていると思われてしまうのがイヤだからだという事。正直なところ、彼らを「かわいそう」だという気持ちで見た事なんてこれまで一度たりとも無い。自販機前で酒盛りをしてたおっちゃんらも仲間と楽しそうにワンカップ片手に柿ピーやスルメを食べてたし、大久保界隈で真冬に段ボールを敷き布団と寝袋代わりにして寝てる路上生活者を見ても、かわいそうだなんてひとつも思った事がない。それはどんな事情であれ、彼らが選んだ道だから。ただ、真冬の彼らの白いひび割れだらけのドス黒くカサカサな素足を見た時だけは、胸の奥がズキンと疼く。

そしてこれを書きながら改めて気付いた事がある。「かわいそう」と思った事は一度も無いけど、「めちゃくちゃ寒そうだ」とは何度も思った。

そっか、それならいいのか。

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