【部下を推す話】[29] 個人面談
「お疲れ様です。お時間いただきありがとうございますー!」
管理部門とのFBを終えたわたしは会議室を出た。管理部門の職員たちを送り出し、自分のデスクのあるフロアへ向かう。
評価のFBにミーティングまで加えたものだから、予定の時刻を大幅に過ぎていた。窓から見える空は夜色に塗り潰されている。
わたしが会議室に向かうまでは平和だったから、そのまま何も起きていなければわたしの部下たちも別職種の職員たちも帰ってしまっているだろう。
ーこれは、AとBへの評価者面談は明日以降だな。
そう思ってフロアの扉を開ければ、
「お疲れ様です。」
Aがニコニコとわたしを迎えた。フロアを見回す。他には誰も居ない。
「わたしが居ない間ありがとう。大丈夫だった?」
「はい。何も無かったです。ミーティング、お疲れ様でした。」
予定の時間を過ぎてもわたしが戻らぬことに色々と察したらしい。BとCは帰らせて、自分だけ残って待っていたとのことだった。ー本当に可愛い。
Aの抱える業務の状況を聞けば、進捗も問題無さそうである。ふむ、とわたしはAに声を掛ける。
「ねえ。評価面談、いつが良い? 前回と同じく10分〜15分くらいで終わると思うんだけど、空いてる時間教えていただける?」
わたしはいつでも良いけども、と首を傾げてみせる。Aは少し考え、「…じゃあ、今でも良いですか?」と答えた。
*CASE.1 Aの場合*
「はい。それでは、先ず評価ランクからお伝えします。」
向かいに座ったAが緊張した面持ちでメモを構える。その反応の可愛さに内心身悶えしたのは内緒の話だ。
全面的な評価の値を告げ、その後提出いただいた評価シートを返却した。
詳細項目の解説に移る。各項目、A自身の自己評価の数値の隣の欄にはわたしによるAへの評価の数値が記載されている。
「元々お話していた通り、数値に関してはわたしは冷静な評価をしている筈よ。…コメントはファンレターみたいになってるけど。」
「これから一つずつ説明していくね」とわたしは各項目の解説を始めた。自己評価とわたしによる評価の乖離部分について重点を置いて話を進める。Aは真面目な顔でメモ帳を開き、ペンを走らせる。
とは言っても、入職して1年しか経っていないにも関わらずこの評価はとても高い。
わたしの歴代部下たちの中ではAもBもトップレベルで良い評価を叩き出しているのだが、それは伝えないでおく。他のコ達もみんな良いコ達だった。誰かと比較することは口が裂けても言いたくない。
各項目の解説を終える。
「そして…評価項目以外の部分については、あの、コメントを見ていただければと…。」
わたしの声量が段々と尻窄みになっていく。
ヤバイ。本人に渡す前に一度読み直して「大丈夫! 変なことは書いてない!」と確認した筈なのに、何だろうかこの気恥ずかしさは。何故わたしは推しと2人きりで、しかもこんなに近くで膝を突き合わせて居るんだ…
という思いが込み上げた。
上司だからだよ、と今のわたしなら的確に突っ込みを入れるところである。
「拝読します。」とコメントに目を通し始めるA。「変なことは書いてないと思う…。」と言うわたしの目の前で、Aの視線が文字を追う。読み終わったAは「ふはっ」と破顔した。
「ありがとうございます。」
「君はよくやってくれているからね。わたしからの正直な評価だよ。
評価については以上なんだけど、他に聞きたいことはあるかな?」
「今後、自分は何に注力すれば良いでしょうか? 自分に足りないところを具体的に教えていただきたいです。」
Aは真面目な良いコだ。彼にはもっと成長して欲しい。Aの真剣さに応え、わたしは言葉を選び始めた。
………
……………
Aは真面目だ。Aの質問に答えれば、次の質問がやってくる。わたしはまた真剣にそれに答える。
そんなことを繰り返していたわたしはふと言葉を止めた。ーそういえば今何時だろう?
わたしは腕時計に目をやり、そのまま固まる。
わたしの様子を見て、Aも時計を見る。2人して固まった。
「…うおう。」
FBを開始してから1時間が経過していた。
周りには誰も居らず、会議室を予約した訳でも無いので時間に制約も無い。そんなところで真面目と真面目を話し合わせたら…延々と終わらないに決まっている。
わたしとAは顔を見合わせ、
「…もし他に気になることが無ければ、もうそろそろ帰ろうか?」
「ははは、そうですね。」
次の瞬間には2人揃って帰り支度を始めたのだった。
*CASE.2 Bの場合*
「…ということで、評価面談をしたいんだけど、ご都合いかが?」
管理部門とのミーティング及びAへの評価面談の翌日、わたしはBに声を掛けていた。
「Aさんは昨日あの後やったんですか?」
「やったよ。」
掛かった時間は聞かれなかったので答えなかった。嘘は吐いていない。
「渡したんですか?」
「ええ。渡しましたよ、ファンレター。」
超緊張したわ、と真顔で伝えればBが笑う。Bは笑ってるけど他人事ではないんだぞ、とわたしは思う。わたしがBに書いているコメントも最早ファンレターだからである。
フロアを見渡せば、近辺には周りには誰も居なかった。昼間なのに珍しい。
「もし良ければ。今周りに誰も居ないし、此処でやっちゃう?」
「あ、是非!」
そしてBとの評価面談が始まった。
ところが開始して早々、評価ランクを伝えた瞬間に来客が相次いだ。
「ごめんね。なんか落ち着かなくて。」
「いえ。でも本当、さっきまで静かだったのに…。」
「ね。何故開始したこのタイミングで来るの…。」
さっきまでの時間は一体何処に行ったのか、と2人揃って呟く。
そうしながら強行した面談の中で、各項目の解説に移る。
「Aさんにも同じこと言ったけど、各項目の数値は冷静な数字の筈よ。コメントはファンレターみたいになってるけど。解説していくね。」
各項目の解説を進める。進めるごとに「え、わたし自己評価こんな風に書きましたっけ? 過去の自分、何故こんなに自分で高い点数を付けた…」と照れながらひとりごちるBが可愛い。本当に可愛い。ーえ、何でそんなに可愛いの??
待ってください。このタイミングでそんな可愛い反応するの? この後わたしファンレター渡して目の前で読んでいただくのに?? え、これわたし大丈夫??? 悶え死にしちゃわない????
前日のAとの交流イベントで付いた筈の気恥ずかしさへの耐性がペリペリと剥がれ落ちて行く。
ー駄目だ。AもBも反応が可愛すぎる。これは照れるな・悶えるなと言う方が無理だ。
というか、恐らく本気で照れ臭いのは評価を受ける側だろう。
本人にも解説したように数値は割と冷静な数字を付けている。
しかし。以前も言及したように、評価者コメントはほぼ深夜のテンションで記載している為、我ながら言葉選びがド直球である。勿論アドバイスも書いているのだが、それと同等もしくはそれ以上にストレートに褒め千切っている。
しかも、普段からAとBへの溺愛っぷりを本人たちに隠さず伝えている為、最早「此処まで褒め千切られるとか、何か裏でもある??」などと疑うことを微塵も許さぬ仕様だ。
わたし自身は何度か読み返している所為もあり読み慣れているが、貰う方は初めて読むものだ。間違いなく、貰う方が気恥ずかしい。
ーそもそもわたしは自分の中の彼等への評価を文字に起こしただけだ。何を躊躇うことあるのか。
悟りを開いたわたしは、Aのときよりもずっと落ち着いてBにA4いっぱいのコメントを渡すことができたのだった。
尚、目の前でコメントを読んだBが真っ赤になりながら「ありがとうございます〜!」と向けてくれたとても可愛い笑顔にわたしが悶えることになったのは言うまでも無い。
………
……………
後日、Bから声を掛けられた。
「Aさんに『面談、どれくらい掛かりました?』って聞いたら『1時間』って言われました。」
Bのときは正味15〜20分程度だった。わたしからすればBの方が予定通りの時間だったのだが、確かに時間数だけ聞くとAの方が長い。
「Aさんはね、色々聞きたいことがあったみたいで。最後の質問のところで少し時間が長くなっちゃったのよ。」
と答えたところ、「わたしも良い機会だし色々聞いてみれば良かったなぁ」というB。ー可愛過ぎか。
「面談の時に限らず、何か気になることや聞きたいことがあったらいつでもおいで。」
笑顔でそう告げれば、Bはニコニコと「ありがとうございます!」と答えてくれた。
こうして、わたしは評価面談を無事に終えたのだった。
因みに。なんと今回の評価面談は夏の分なので、次期の冬季評価がすぐそこに控えている。
一ヶ月後には次のファンレターを執筆している筈だ。
今から何を書こうか楽しみにしている。可愛い部下たちへの愛が止まらない。
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