見出し画像

ねこの・脳内会議

ーああ。どうしよう。

わたしは何度目かになる溜息をいた。ひとりでくるくると脳内会議を繰り広げる。
議題はこちら。

部下Aにnoteアカウントがバレたかも知れない件について。


事件当日は自宅でフィットボクシングをしながら、思い出したように「…うごぁあぁあ」と呻くしか出来なかった。明らかに様子がおかしい為、いつもフィットボクシングするわたしをクローゼットの上で見守る3番目すら寄って来ない。

わたしは頭を抱えていた。



事件が起きたのは一昨日の昼のことだ。
その日のわたしは、仕事のタイミングの関係でいつもより遅めの休憩を取っていた。

そんなわたしの近くに部下Aがやってきた。
わたしの居るデスクのすぐ隣には資料棚がある。どうやらそこのファイルを取りに来たようだ。
Aがファイルを取りやすいように、わたしは少しばかり椅子を奥に移動させた。Aはわたしの頭越しに目当てのファイルを取り、仕事に戻って行った。
わたしはスマホを開き、再び休憩を謳歌する。


そしてまた数分後。
Aがファイルを戻しに来た。わたしの頭越しにファイルを戻そうとする。
しかしうまくいかない。棚には他にもファイルがみちみちに詰まっており、わたしの頭越しに仕舞えるような状態ではなかった。
わたしは奮闘するAを手伝おうと、椅子から立ち上がらず手だけ伸ばす。片手で棚のファイル群を抑えようとするが、うまくいかなかった。わたしは両手を使い棚のファイル群を押し退け、ファイル一冊分の隙間を作ることに成功した。
隙間にファイルを入れようとするAを振り返る。

ー?

そこで初めてAの様子がおかしい気がすることに気付いた。Aの視線に違和感を覚える。てっきり元に戻すファイルを見ているのかと思っていたのだが、それにしては微妙に角度が異なるような…。

Aの視線を辿る。
視線の先には棚のファイルを抑えるわたしの左手。
わたしの左手にはスマホが握られたままになっていた。
そして、スマホの画面は黒くなかった。スマホの画面を切るのを忘れたまま作業をしていたらしい。

ー嘘だろ。

わたしは固まった。
そこに表示されていたのは、見覚えのある黒猫のアイコンとアカウントページだった。
しかもよりにもよって、アカウント名とアイコンの真下には黄色い背景に黒猫を描いたマガジンの表紙が大きく表示されていた。
その表紙には──「わたしの部下が可愛いので聞いて欲しい」と記載されている。

ー嘘だろ。


わたしの頭から血の気が引いた。

ーいやいやいやきっと大丈夫Aの位置からはきっとこの表紙の文字は読めない筈…!

大丈夫大丈夫、とニコニコしたままもう一度Aを振り返る。

ーいやこれ見えてる可能性大きいな?


どっどっどっと心臓の音が大きく響く。変な汗がブワッと湧いて出そうだった。

久し振りに時の流れが遅く感じられた。
次の瞬間、何事も無かったかのようにファイルは仕舞われた。時の流れが元の速さに戻る。Aもわたしもそれぞれの時間に戻って行った。

大丈夫。きっと見えてない。Aは違う場所を見ていたに違いない。大丈夫。
大丈夫であれ……!!

-------


昼休憩が終わる少し前。未だショック継続中のわたしはデスクのBに話し掛けに行った。
Aは外勤に出て行ったので居ない。

「全然仕事じゃない話していい?」
「? 良いですよ。」
「休憩中、一番知られたくないアカウントの画面出しっ放しにしてて。Aにバレたかも知れないわ…。」
「え、○○とかですか? 探して良いですか?

とBが写真専門SNSの名前を上げる。

「それは全然問題無いし、探して良いよ。なんなら晒せる。」

ホラこれ、とBに写真専門SNSアカウントページを見せる。
わたしの写真専用SNSアカウントは人形やぬいぐるみを主体として撮った写真を載せている為、日常の生活に関するものが皆無だ。一番知り合いに教えて差し支えないSNSである。

「何のアカウントがバレたんですか?」
「サービス名すら言わぬ。」

「えー△△ですか?」と動画専門SNSを挙げる彼女に「違うよー言わないー」と言うわたし。

「まぁ大丈夫かな…。きっと見えてないと思うんだよね。うん。」

そうひとりごちたわたしは「邪魔してごめんねー」とBの元を離れた。
あまりのショックの大きさに判断力が低下していた。危うく二次被害を生むところである。危ない。

-------


昼休みを終えて仕事に没頭する。一日を終える頃には昼のことはすっかり記憶の彼方に飛んでいた。

その日もやはり最後までオフィスに居たのはAとわたしだった。2人でオフィスを後にし、わたしは愛車に乗り込む。いつものようにAの居るバス停前を通り掛かる。
Aはスマホを見ていた。
その姿には何もおかしいことはない。しかしその瞬間、わたしの心臓は再び騒ぎ出した。Aがかつて言っていたことを思い出したのだ。

……
……………


「昔、先輩のSNSアカウントを探し出したことがあるんですよね。」

あれは確か懐かしき初回の飲み会の際だったと思う。Aは、前職の先輩の青い鳥のマークで有名なSNSのアカウントを見つけ出してしまったことがあると話していた。

「アンケート取ったらこういう回答が出た〜とか話してたから、検索掛けてみたら『ああ、これかな』っていうのがあって。」

写真とか内容から本人と特定したとか言っていた気がする。

正直なことを言えば、“アンケートを取ってみたことを言う”など、見つけろと言っているようなものである。
アカウントを隠したいのならば通常絶対に言わない情報だと思うので、その先輩とやらはバレても良いから話したのではないかとわたしは思っている。

しかし、Aは更に言ったのだ。

「昔見せてもらった写真からもアカウントを特定したことがあるので、SNSにも載せてる写真なら絶対に見ない。」

と。

……
……………


此処で整理しよう。

見られた可能性がある情報は、

 ①. アカウント名
 ②. マガジン名
 ③. アカウントアイコン

そしてAは、

 ・写真からもアカウントを特定したことがある。

詰んだ。

救いはサービス名が表示されていなかったことか。
しかし、これにも不安な点がある。

まだわたしがnoteアカウントを持っていなかった頃の話だ。
うっかり職場でnoteの面白い記事を読んで爆笑したことがあった。「面白い記事を書く人がいるのよ」と言ったらAが「それは気になりますねえ」と言うので、AとBそれぞれにその記事のURLを送ったことがあるのだ。

もしそのURLを開いていたら。
更にそこから作者のプロフィールページを見に行ったことがあったら。
その見た目を覚えていたら。

サービス名を特定されてしまえば、軽くわたしの記事に辿り着いてしまうだろう。赤子の手を捻るくらいの難易度だ。恐らく猫の爪を切る方が難しいに違いない。



事件から2日経った現在。
未だに冒頭のように脳内会議が開催されることがあるが、それでも当時からはだいぶ落ち着いた。

ー大丈夫大丈夫。

そもそも、恐らくAにはわたしに対する興味はそんなに無いだろうからだ。
そう。抑興味が薄ければ、情報が目に入っていても記憶に残っていない可能性が高い。
わたしはAもBもCも大好きなので、それはそれで若干寂しいものがあるのだが。

「ねこのへの興味が薄くても自分のことを書かれてると思えば気になるんじゃない?」という突っ込みもあるだろう。

それに対してもわたしは大丈夫と答える。

何故ならわたしは基本的に「部下たちが可愛い」としか書いていないからだ。
読み返してみてもわたしの記事からわかるのは、部下たちへの愛が重いこと猫たちへの愛が深いことわたしがおかしいことだけだ。わたしや部下たちの素性がわかるようなことを書いている訳でもない。
従って、よくよく考えれば本人に読まれても何も怖いことは無かった。

ただわたしが恥ずかしいだけで。

しかも、恐らく恥ずかしいのはわたしだけではない。

漏れなく本人も道連れである。

だから大丈夫、とわたしは今日も自分に言い聞かせる。楽観と諦観が入り混じっていることは否定しない。

結論: 読まれても大丈夫。たぶん。



というか、大丈夫であれ。




くだんのわたしが部下たちへの愛を叫んでいる一連の記事はこちら。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,489件

#眠れない夜に

69,218件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?