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【部下を推す話】[30] Trick or Treat? -Part.A-

わたしはハロウィンが好きだ。

オレンジ色のジャックオランタンや様々なゴーストやモンスターや妖精、精霊がわちゃわちゃする、ケルトを起源としたお祭り。
仮装の元々の意味も『悪霊から身を守る為』である。

コンセプトも好きだし、何よりモチーフが可愛い。兎に角可愛い。
黒とオレンジと黄色、そして紫と赤が咲き乱れ、黒猫やコウモリのモチーフが世に増える。
お菓子もドリンクもモンスターやカボチャを模したものが店頭に並ぶ。
ずるい。可愛い。本当にずるい。

また、不特定多数の居る『外』で仮装をするのは性に合わないので街中で行われる大規模な仮装イベントへの興味は湧かないが、テーマパークやライブなどの志が一緒の人たちしか集まらない場での仮装は好きだ。

そんな訳で、わたしは毎年ハロウィンの時期はなんとなくワクワクして過ごす。



10月第4週のとある日。わたしは両手に紙袋を携えてるんるんと出勤した。

片方の紙袋の中には、かの有名なラスク屋さんのハロウィン限定のラスク詰め合わせパックが3個入っている。可愛い可愛い3人の部下、A、B、Cに配る為のものだ。
もう片方の紙袋の中には、パーカーが入っている。グレーのモフモフしたパーカーには猫耳と尻尾が付いており、羽織るだけで猫になれる。
「わざわざ用意したのか」と思われそうだが、元々持っている私物である。前述の通り、かつては推しのハロウィンライブやこの時期の某テーマパークには仮装で参戦していた身だし、そもそも昔から猫が好き過ぎる為、このくらいの簡易装備は普通に持っている。

わたしは事あるごとに同僚たちにお菓子を配っていたりするので、今回のお菓子もその延長だ。
そして、昨年は部下たちの前での仮装は自粛したのだが…今年はどうしても我慢が出来なかった。
部下推したちとハロウィンしたくなっちゃったのである。

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「あ、待って、もうバス来ちゃう?」

その日、定時を迎えて帰宅準備をする中でわたしはAを呼び止めた。尚、Bは休みで居ない。
10月31日の当日、Aは社に居ない予定だった。Aにハロウィンのお菓子を渡すならその日しか無かったのだ。

「いや、まだ大丈夫ですね。」

そう答えるAに「良かった」と答え、わたしはいそいそと用意していた猫耳パーカーを羽織る。
わたしの隣に居るCがわたしをちらりと見、声を上げた。

「ねこのさん、可愛い! パーカーに肉球付いてる!

Cは更に後ろに回り、

「あーっ! 尻尾も付いてる!!

そして、

フードに猫耳も付いてる!!!

─良い仕事するなぁ。

ジワジワと実況をするCにわたしは心の底から感心する。デスクの陰でわたしが何の準備をしているのか、聞いてるとなんとなく察しがつきそうなコメントである。尚、打ち合わせなどは微塵もしていないし、なんならハロウィンするなんてこともわたしは一言も言っていない。

そうしてデスク下からハロウィン限定パックをひとつ取り出し、わたしはモフモフしたパーカーのフードを被った。
隣のCに「Cちゃんは当日居るから、本番に渡すね。」と言ってから、Aの前に進み出る。

「Trick or treat?」

Aの目を見上げながら、オレンジ色の鞄型のパッケージをひとつ差し出して見せた。

─さて、何て答えるかな?

わたしはその姿勢のまま、前日にAとBとしたやり取りを思い出す。

……
……………

いつも通りAとBがわちゃわちゃしているのが目に入った。推したちがわちゃわちゃしているのはとても可愛い。
どうしたの?という意味を込めて小首を傾げると、Bがそれに答えた。

「Aさんにトリックオアトリートしてみたんですよ。そしたら、」
「そしたら?」
「『その文化じゃない』って。」

思わず笑ってしまった。Aらしいことこの上無い。
隣でBとわたしの会話を聞いていたAに、更にBが突っ込む。

「ハロウィンしたことないですか?」
「いやそりゃ子供の頃はありますけど…恥ずかしくて『Trick or treat』ってなかなか言えなかったんですよね…。」
「「か、可愛い…。」」

Aファンクラブ会員1号2号の声が揃ってしまった。

……
……………

さぁ、「その文化じゃない」「恥ずかしくて『Trick or treat』が言えなかったんですよね…」と言っていたAはどう答えるのか。

わたしはAの目を見上げながら、Aの反応を待つ。─また「その文化じゃない」って言うかな?

ところが、次の瞬間に返ってきたのは予想外の反応だった。

「…荷物ひっくり返しても良いですか?」

そう言って、Aはその場で自分の荷物を漁り始めたのである。

「手持ちの、ちょうど切らした気がする…何かぇかな…。」

そう呟きながら荷物を漁り続けるAに、わたしは「おお…!」と感動する。いつも言葉遣いが綺麗なAが珍しく素だ。


─しかし、前日に「その文化じゃない」と言っていた人がこんなに必死に探すとは。

何でかしら?と思ったが、よくよく考えてみたら、Aからすれば仮装衣装を持参するくらいの本気度で上司がハロウィンを仕掛けてきた状態である。
しかも。定時を過ぎて後は帰るだけではあるが、その上司は社内で尻尾付き猫耳モフモフパーカーをフードまで被り、目の前でじっと自分の目を見上げてきている。

普通に怖い。下手したら事案である。

「これは多分何か渡さないと本気でイタズラされるヤツだ」と身の危険を感じたのかも知れない。

数分後、Aはわたしの目の前に「これしかありませんでした…。」と栄養ドリンクを差し出してきた。
なんか、思っていたよりも良いものが出てきてしまった。
したこともないカツアゲをしているような気分になる。

「え、何か良いもの出てきちゃったけど、いいの?」
「いや、ラスクの方が絶対高いじゃないですか…。」

キョトンとするわたしに、渡したハロウィンパッケージを掲げながらAが言う。
「わーい、ありがとう!」とニコニコするわたしとAの隣では、Cが

「なんか交換会してるー!」

とニコニコしていた。─Cは良い仕事するし、本当に可愛いな。
彼女は職務面も対人面も本当に優秀な良いコだ。

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「ていうか、ねこのさん、本当にマメですね?」

というCに、「んふふー、そうなのよー、わたしマメなのよー」とニコニコと返す。
「去年もやったんですか?」というCに「いや去年は無かった…今年初めてです」と答えるA。

─去年のわたしはまだ適切な距離感を保ってカッコ良い上司で居ようとしてたからな…。

イベントはほぼ我慢していた。

いや、去年も実はパンダのモフモフパーカーを持参し、長く一緒に勤めている同フロア別職種の同僚や後輩たちには「Happy Halloween♪」と小さなお菓子を配り歩いていたのだが。
そして今の部下たちにもお菓子は配ったが、彼等の前ではモフモフパーカーは自粛したのである。
あの頃のわたしは入職して一年も経ってないコたちの前で突然パンダになる程狂ってはいなかったのだ。

尚、誤解を招かぬように言っておくが、管理職になって以来、わたしは毎年ハロウィンはなんらかのモフモフパーカーを持参してお菓子を配っている。
異動前も仮装こそしなかったが、小さなお菓子を同僚や先輩後輩に配って回っていた。

従って、今の部下たちが可愛すぎて理性が何処かに飛んでいってしまっている訳ではない。これがわたしのハロウィン時の通常仕様なのである。
自粛した去年の方が異例なのだ。

─まぁ、確かに、今年のお菓子は去年とはボリュームもグレードも違うけども。

仕方がないじゃないか。だって、わたしの推したち3人とも全員可愛くて仕方ないのだから。



そんな少し早いAとのハロウィンは楽しいものだった。Aに貰った栄養ドリンクを見てわたしはにまにまする。

明日は本番、ハロウィン当日だ。
今度はBとCとのハロウィンだ。わたしはワクワクと明日の準備を始めた。

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