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【部下を推す話】[32] Et tu?

時が経つのは早い。
少し前まであんなに蝉が鳴いて空も濃くて深い青だったのに。気付けば葉は黄や赤に染まり、空は薄い色になってきた。
…そんなことを、以前も書いたばかりだ。

秋色に染まる景色の中、空気が少しずつ冷たくなってきた。冬が滲み出している。
冬が近付く季節ということは、そう。
年に2度のあのイベントがやってきたのだ。

楽しい楽しい半期評価の時期である。



「わたしがコメント記載する関係もあるので、*日までに提出してね。」

わたしは部下AとBに今期の評価表を渡した。渡した書類には、半年前の2人が各々に課した目標が記載されている。
前回と同様、本人たちに自己評価の数値と自身が行った取り組みを記載していただいた後、提出された書類にわたしが彼等への評価の数値とコメントを記載する流れだ。
尚、Cは入職したばかりなので今回は対象外だ。彼女は次期から評価対象になる。

自由筆記の取り組み記載欄はいくつかあるし、各項目への自己評価の数値付けも時間を要するだろう。
提出までにいくらか時間を設け、わたしは2人からの書類の提出を楽しみに待つことにした。

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「ねこのさん。」

Aが声を掛けてきたのは設定した提出期限の前日だった。

「どうした?」

わたしは振り返り、Aを見上げた。なんとなく深刻な顔をしているように見える。何があったのか気になり、Aの次の言葉を待つ。

「あの、取り組みのコメント欄なんですけど。」
「? うん。」

「入りきらないので、別紙添付にして良いですか?」

─**りん、お前もか。

かの有名な皇帝の呟きと似たような感想が胸裏に浮かぶ。
しかし彼が呟いた時とは違い、決して腹心に裏切られた訳ではない。寧ろ逆だ。
そこまで上司わたしに似なくても良いのに、もう…わたしのブルータスはなんて可愛いんだろうか。
わたしは思わず笑顔になる。可愛すぎて表情筋の弛みが抑えられない。

「大人なんだから纏めろっていう意見もあるかも知れないって悩んでるんです。」

笑顔のわたしとは逆に、Aは宙を見上げる。アピールしたいことはたくさんあるが、沢山書くことで逆効果になるのは嫌なのだと言う。─可愛過ぎるんですけど。

「いいよ、そのまま別紙添付で出して。」

わたしは悩むAに答えた。
そもそもわたし自身、2人へのコメントを所定の枠に収めることが出来ずに別紙添付にしているのだ。そんなわたしが駄目と言えるわけも無い。

「大丈夫。他の誰にも絶対に変なことは言わせないから。」

力強く約束するわたしに、Aは「じゃあ、今はまだ草案なので、明日別紙添付で提出します」とほっと頷いたのだった。

…………
…………………


翌日。AとBがそれぞれ、互いが近くに居ないタイミングでわたしに書類を提出しに来た。

Bは規定の枠に読みやすくコメントを纏めている。取り組み内容だけでなく、反省点と次の目標も記載されていて非常に読みやすい。

「あ、待って、Bちゃん。ここだけ直して。」

一部誤字があった為、その場で訂正して貰うことにした。
わたしがコメントを書いた後、書類は管理部門に提出する。誤字があるとわかっていて幹部の目に触れさせるのはあまりに忍びない。

そして、Aの方はと言うと。

「…まじか。」

「ねこのさん、こちらです」と提出してきたAの書類を受け取り、わたしは小さく呟いた。
Aは前日の相談通り、元来の書類に別紙を添付していた。わたしが2ヶ月前に渡したファンレターと同様、Wordで打ち出されたA4用紙にはびっちりと小さな文字が並んでいる。予想以上の大作だった。
その場でサッと目を通し、わたしはAを呼ぶ。

「ごめん、好みの問題もあると思うんだけど、少し気になるところがあって。」

こことここなんだけど、とAに該当箇所を指摘する。「どうする?直したい?」と首を傾げ、Aを見詰めた。

「ありがとうございます。直したいです。」

頭を下げるAに改めて説明をする。
Aは「自分、日本語検定受けた方が良いですね…」と呟き、ははっと笑った。Aなりの冗談である。「まぁた、そんなこと言って」とわたしはふふっと笑う。
その後更に「上に馬鹿と思われたくない…」とぼそりとAが呟く。程々に野心を抱くAのことだ、紛れもなくそちらの方が本心だろう。大変素直でよろしい。



わたしの推したちはいつも可愛く尊い。AもBもCも、皆可愛い。
恐らく、わたしは彼等に見限られたら…とても落ち込むのだろう。
少しだけ、"Et tu, Brute?" と叫んだ瞬間の皇帝の気持ちを想像してしまった。

─そんなことにならない為にも、まずはわたしが彼等からの期待を裏切らないようにしなきゃね。

人生は常に修行だ。わたしは常に強く、皆の前に立てるねこので居なくてはならない。

評価表へのコメントの草案を練りながら、わたしは気合を入れ直したのだった。

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