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【不思議な話】通り道の7日間

友人が大学時代に体験した奇妙な話。

友人Sは理工科の大学に合格したことを機に念願の一人暮らしを始めることにした。不動産で良さげな物件を見て回る。都内の小さなアパートの二階角部屋。南側は小さな公園に面しており日当たりも良好だ。家賃は相場より2万円ほど安かった。
Sは心霊現象などは信じていなかったが興味本位で不動産屋に聞いた。
「安さの秘密は心理的瑕疵物件だからでは?」
心理的瑕疵物件(しんりてきかしぶっけん)とは自殺や殺人現場などいわくつきの物件のこと。しかし答えはNO。眼下の公園では小学生が元気に遊んでいた。Sは迷わず入居した。

ところが入居して数ヶ月たった8月のある日、不可解なことが起こり始めた。

【1日目】

バイトから帰って部屋でくつろいでいると玄関のドアをコツ、コツ…と叩く音がする。しばらく無視していたが5分ほどもしつこく続く。そっとドアの覗き穴から確かめるが誰もいない。意を決してドアを開けるがやはり誰もいなかった。

【2日目】

翌日、朝から雨が降っていたので朝から晩まで部屋にいた。夜になりまたもや玄関を叩く音が。コツ、コツ…。不規則な何かがぶつかるような音。原因を確かめるべくドアを開ける。誰もいない。しかし足元には二匹のセミの死骸が転がっていた。
『なるほど。廊下の灯りにつられたセミがドアにぶつかる音だったのか』
理屈を重んじる彼は納得して扉を閉めた。すると背後のトイレと居間からコトリ…ドサ…という音がした。トイレを覗くと便器上の簡易棚からトイレットペーパーが一つ床に落ちていた。拾って元の場所に。居間ではベッド脇に積んでいた書籍が崩れていた。
『ドアを閉めた時の衝撃かな?』

【3日目】

次の日、やはり部屋にいると玄関をコツ、コツ…と叩く音が。ドアを開くと足元にはセミの死骸が5つ。昨日までの死骸も処理していなかったので今日は三匹。まとめて階下の花壇にセミの死骸を置いた。
「俺の部屋はセミの墓場かよ…」
そうつぶやきながらそっとドアを閉める。今度は風呂場からカタンと何かが倒れる音がした。見に行くと寸法が足らずに放置し立て掛けてあった突っ張り棒が倒れていた。今度はしっかりと立て掛けて部屋に戻ると積んでいた書籍が崩れていた。

ふと思い当たりパチンコ玉を部屋の床に置いた。するとゆっくりとだがコロコロと動き出す。
『床が少し傾いていたのか』
『今度管理会社に相談してみようかな』

4年前の阪神淡路大震災の揺れが東京の建物にも影響を与えているのかもしれないと思った。

【4日目】

次の日…。やはり玄関を叩くコツ、コツ…の音。ドアを開けると足元にはセミの死骸が5つ。
『さすがに多すぎだろう…』
昨日と同じようにセミの死骸を階下の花壇に置いた。花壇ももはやセミの墓場だ。そして部屋に入るとやはりベッド脇の、今度は別の書籍の群れが倒れていた。
『うーん?』
さすがにおかしいとは思ったが特に何かやれることもないので寝ることにした。
そして深夜、異様な暑さと胸元の重さで目が覚めた。
『体が…動かない…!?』
『脳は覚醒しているのに体が眠っている状態だ』

俗に言う金縛りだった。だが根っからの理系人間は冷静に分析。とりあえず深呼吸をする。しばらくすると体は楽になり首を動かすことができた。
『…ん?』
わずかに動かした視界の端に白いモヤのような塊がスゥーと動くのが見えた。金縛りが解けたのでしっかりとモヤのあった辺りを見るが何もない。
体を起こし、クーラーのスイッチを入れる。南側の大きな窓をガラリと開けて空気を入れ替えようとした。視線を下に移すと公園に人影が見えた。暗くて顔は見えないが成人男性が二人、突っ立っている。
『こんな時間に?』
時計を見ると午前二時を回っていた。公園の二人は会話もなく、互いを意識することもなくただ突っ立っているように見えた。不審に思ったが静かに窓を閉め、そのまま寝ることにした。

【5日目】

翌日、窓から公園を見る。当然、昨夜の男たちはいない。窓から青い空を眺めて初めて気がついた。公園の向こう側、部屋からまっすぐ100mほど離れた家と家の隙間から小さくお墓と卒塔婆が見えていた。
「あんなところにお墓が…」

その日はバイト先でちょっとした飲み会があり、遅い帰宅となった。風呂から出るとやはり玄関からコツ、コツ…と音がする。うんざりしながらドアを開けると足元にはまたしてもセミの死骸が5つ。バイトから帰ってきたときにはなかったのに。そして台所の棚に置いてあったレトルトのカレーがポトリと落ちるのが見えた。
その夜も金縛りにあった。昨日と同じように深呼吸をして体の緊張を解く。目の端には白いモヤが今度は2つ通り過ぎていった。クーラーをつけ、南側の窓を静かに開けると公園に人影が見えた。
『5人…』
昨日と同じように顔は分からないが今度は女性も混じっているようだった。人影はやはり何も喋らず、お互いを意識することもなくただ突っ立っていた。
さすがに心霊現象など信じないSもゾッとしたそうだ。だが理系の意地なのか、携帯電話を片手に急いで玄関に向かった。そして階段を降りて隣の公園に向かった。

誰もいなかった。

【6日目】

翌日、完全に寝不足だ。今日はバイトも休み。昼間のうちに寝ておくことにした。
そして夜、玄関のコツ、コツ…。セミの死骸は9つ(!?)。花壇に置く。部屋の書籍などは倒れなかった。Sはあの金縛りを避けるべく、一晩中、起きていることにしたのだ。部屋の電気をつけ、テレビをつけ、じっと時間が過ぎるのを待つ。
そして午前2時過ぎ。テレビのバラエティー番組の音声に混じり、部屋の上から人の話し声らしきものが聞こえる。複数の人が何かを話しているが内容はまったく理解できない。ただ「ヒソヒソ…ヒソヒソ・・・」と聞こえるのだ。
『なんだこの状況は!?』
背中に流れるじっとりとした汗。目の前を白いモヤが通り過ぎた。明るい部屋の中を堂々と。一つ、二つ、三つ…玄関にと。モヤはドアを通り抜ける。公園側の窓を開ける。下を見る。数は数えなかった。10人近くの人影が立っていた。皆、一様にこちらを見ていた。なのに顔がよくわからない。目を凝らしてどうしても認識できない。さすがにこの状況は異常である…。Sは諦めて携帯電話と財布だけを持って近くのコンビニに朝まで避難した。

【7日目】

翌日、Sは不動産の管理会社に電話した。しかしお盆休みのメッセージが流れた。折り返しの電話をくれるそうだ。すると1時間ほどしてから電話がなった。
「もしもし?Sさんの携帯でしょうか?」
相手は管理会社ではなく部屋の大家だった。不動産の担当者から大家に連絡が入り、それで直接電話してくれたそうだ。Sは昨日までの話を大家に話した。馬鹿げた話だと思いつつも。するとふむふむと黙って聞いていた大家が口を開く。
「やはりでちゃいましたか…」
「でちゃったって…」
「その建物、管理会社が話したように心理的瑕疵物件ではないのは確かなんです。誰も自殺などはしていません。もちろん事件も」
「…」
「ただ…」
「ただ?」
「Sさんの住む205号室とその下の105号室はこの時期にちょっと騒がしくなるらしいんです…」
「…」

「どうも公園の向こう側にある○○寺からまっすぐアパートに向かって『通り道』があるようでして…。お盆が終われば大丈夫ですから」

Sはお盆が終わるまでは実家に戻ることにした。

【その後…】

Sはすぐにアパートを引っ越すことも考えたが大家がさらに家賃を1万円下げると言うのでそのまま居を移すことなく4年間住み続けた。
ただ8月になり、玄関にセミの死骸を見つけ出すと『またこの季節が来たのか…』と、お盆が終わるまでは実家に戻ることにしたそうだ。

#怪談 #怖い話 #不思議な話 #眠れない夜に

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