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初恋の夢と古畑さん(雑文)

小五の春、僕は転校した。

前の学校に未練があった僕は、通学路の爛漫さえも疎ましく思う程不貞腐れたまま、登校初日を迎えた。
形式的な始業式を終え、教室に入る。
黒板の前に立たされると、一斉にクラスメイトの好奇の目線を浴びた。
ふと隣を一縷すると、もう一人転校生がいた。
色白で背が高く、肩くらいの黒髪ストレートで、分厚い眼鏡をかけた女の子だった。
緊張していたのもあるだろうが、凛として先生からの紹介を待っていた。
古畑さん。
その大人びた雰囲気に僕は釘付けになり、窓の外のソメイヨシノが風に騒いだ。

古畑さんは頭が良かった。
授業中先生にあてられても間違いなく答えることができたし、テストの点数もほぼ満点だった。
しかし話せばよく笑う子で、分厚い眼鏡の向こうに屈託のない笑顔が光っていた。
転校生同士隣の席になり、健全な小学生男子らしくふざけてばかりいた僕は、古畑さんを笑わせるのが日々の楽しみになった。
いつしか前の学校への未練は消えて、初恋の萌芽を感じていた。

季節は夏になり席替えをし、突如として恋のライバルが現れた。
クラスメイトの南くんだ。

南くんは学年一の秀才で、テストは常に満点
だったし、先生からも一目置かれるいわゆる神童だった。
しかしその賢さを鼻にかけるところがあり、僕は早くも苦手意識を感じていた。
小五の秀才なんて所詮...と思うかもしれないが、南くんはその後無事東大に現役合格することになる。
神童がちゃんと神童だった珍しいパターンである。

古畑さんと南くんは賢い者同士気が合った。
二人とも私立中学を受験するつもりのようで、いつも塾や志望校の話で盛り上がっていた。
少なくとも当時電波少年に夢中になっていた僕よりは、誰が見てもお似合いだった。

席替え前はあんなに仲良くしていたのに。
そんなに勉強が好きなのか。
僕も全くできないわけではないが、どう考えても電波少年の方が面白いはずだ。
僕の心は嫉妬のユーラシア大陸をヒッチハイクしていた。

ある夜僕は夢を見た。
運動会の練習をしている夢だった。
演目は組体操。
リズムに合わせて身体的接触をするあれである。

二つのグループに分かれ、片方は練習をし、もう片方は見学する運びになった。
その日は二人技の練習をするらしく、男女二人一組に分かれ、古畑さんの相手には南くんが選ばれた。
運命の悪戯か、神の気まぐれか、仏の暇つぶしか。
僕は見学グループになり、二人の組体操を目の前で見せつけられる事になってしまった。
こんな心情で一体何を学べと言うのか。
夢の中でさえも席順は有効らしい。
僕の根は真面目なのであろう。

その日練習するのは三角という組体操だった。
古畑さんが南くんの後ろに並ぶ。
二人とも前を向き身体を大の字にして立つ。
スピーカーから何故かカルメンが流れ、音楽に合わせて南くんは重心を右に傾ける。
すかさず後ろの古畑さんは左に傾ける。
すると二人の片足が交差するように伸び、そこに三角形の空間が生まれた。
なんだこの組体操は。
これは本当に組体操なのか...?
僕は胸騒ぎがした。

二人の身体が綺麗に左右互いになり、見事な三角形が出来上がったその時、三角形の頂点にある股ぐらから赤ちゃんがスポーン!と地面に飛び出した。
白いおくるみに包まれた赤ちゃん。
赤ちゃんは地面に叩きつけられたにも関わらず、スヤスヤと眠っていた。

当時の僕はそういう事には疎いピカピカの産毛少年だったので子どもの作り方を知らなかった。
しかし状況だけは瞬時に理解した。
もう二人は、いや三人は家族になってしまったのだ。
淡い恋心では到底太刀打ちできない絶対的な敗北。
かつて隣の席で笑っていた古畑さんは、ユーラシア大陸よりも遠いところへ行ってしまった。
南くんと赤ちゃんと一緒に。
たぶんヒッチハイクなんかではなく普通に飛行機とかで。

古畑さんの顔を見ることはできなかったが、南くんは勝ち誇ったようにニヤニヤと笑っていた。
僕は泣いた。
崩れ落ちて泣いた。
涙で地面が揺れ、嗚咽の中で目が覚めた。
仰向けで寝ていたからか、目頭の水溜まりが黒い天井を夜の地中海のように歪めていた。

そうして僕の初恋は終わった。
古畑さんに想いを知られることもなく、夢の中で勝手に終わった。
南くんは何一つ悪くないのに、ただ南くんが嫌いになった。理不尽の極みである。申し訳ない。
もちろん現実には小学五年生の二人に赤ちゃんなんているはずないが、僕はもう古畑さんを笑わせようとする事など出来なくなっていた。

余りにも超現実的な夢の内容を誰にも言えないまま時は流れ、しばらく後に保健体育の授業で子どもの作り方を知った。
少し大人になった僕は、三角って何だよと一人呟いた。

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