catchman_371

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マガジン

  • 真昼の遊霊

    • 63本

    学校の文芸部で書いた作品を掲載しています。各作品の製作制限時間は10分です。さあ、続きを書きましょう。

最近の記事

丸の内讃歌

酔ったと思える日 体は重い 頭は働かない からだ全体にスライムがまとわいたと錯覚するような日。 そんな日だ。 本来であればそんなことはないだろう。 ただ紫煙を燻らせ、すごす事のできた日々 今日は違う。 頭がどうにも重い。 何も思い浮かばない。 なにも考えることができない。 丸の内で倒れる。 彼の会社を尻目に。 昔はあの会社に入るんだと。 あの会社には入れるんだと。 俺は一千万を一年で稼いでやるんだと。 そんな思いばかりが募り、なにもしてこなかった。

    • あくび

      読経の声が聞こえる。 木魚の音が響く。 仏像が輝く。 その繰り返し。 今日は祖父の三周忌の法事だ。 祖父が死ぬまで見たことのなかった親戚が集まる。 親戚たちは言う。 「あの人はいい人だった。」と。 「伯父さんには面倒を見てもらった。」と。 「亡くなって残念で仕方ないよ。」と。 その中で母が耳打ちをした。 「この人たちはおじいちゃんとは本当は仲悪いのよ。」と。 私にとって初めての葬式だった。 祖父とはあまり話したことがない。 年に二度、三度会いに行く

      • 古典

        古典 わたしは古典が好きだ。 古今東西和洋問わずである。 古典はあらゆることをわたしに教えてくれる。 政治、法律、経済などのあらゆる教養を。 もちろん人間関係や善悪、愛や死を教えてくれもする。 とにかく古典はいいものだ。 古典の中には言葉が溢れている。 その一つ一つが私には輝いて見える。 古典の中には景色が溢れている。 その一つ一つが私に光を与えてくれる。 古典の中にはシチュエーションが溢れている。 その一つ一つに想いを寄せ自らを重ね合わさせてくれる。

        • 最高のスコッチ

          「いいスコッチがわからない奴は地獄に落ちる、らしい。」 グラスを傾けながら呟くと隣の男はカラカラと笑った。 「タランティーノかい。」 作品を間隙もなく当てられたことに、僅かな喜びと腹立たしさを覚えつい、ああ、そうだと短く返した。 こんなところでぐらい自らの博識に酔いたかったが、それは叶わなかった。 「俺も彼の作品は好きさ。」 彼は嫌いだけどね、そう続けた男も私と同じようにその手に持ったグラスを呷った。 彼は続ける。 「人間は自らの知識の中でしか対話することはで

        丸の内讃歌

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        • 真昼の遊霊
          63本

        記事

          黒からグレーへ

          中世の頃夜中を歩むものは悪魔であった。 これはガスや電気がない時代であるからこそ、街中には常に闇が横たわり不衛生な空気がある種の危険さを演出していたのだ。 一方で、現代の夜中に街中を徘徊するものは大概において大学生かサラリーマンである。 彼らは月の下をふらつきながら足を、わが家の光へと進めるのである。 ここにはスリルの欠如と安全の確保、そして何より科学文明がある。 科学的に、治安的に安全な夜が保証されている。 それはつまりグレーであるともいえる。 どれだけ文明が

          黒からグレーへ

          甘い穴

          「そこから何が見える?」 彼はニヤニヤと私を見ながらそう言う。 ドーナツの穴。 小学生くらいの頃は後から穴を開けているとか思っていた。 けれどもそんなことはない。 専用の機械があって、そこからは最初からリングになったものが油の海に沈んで浮かぶ。 「現実。」 少しでも意趣返しになれば。 私がそう返すと彼はニヤニヤしていた顔を少し崩してそれはつまらないね、なんて言う。 彼にはそれがわからないのだろうか。 彼は小学生が思っていたそれを今でも大事に抱きかかえている

          ブロンズ

          私は市営の美術館に飾られた名も知れない一つの彫刻の前に佇んでいた。 大きさは多分190cmはあるであろうか、その彫刻は厳かな顔で私を見下ろし続けていた。 彼はブロンズでできていた。 45秒間は私を見下ろしていただろう、などと考える一方で私が彼を恭しく見上げていたとも考える。 昔、ドイツのある詩人がこんなことを言った。 「私が深淵を覗くとき、深淵がこちらを覗いている。」彼の瞳は美しく黒く、見つめているとつい暗闇にのまれてしまったような錯覚に陥る。 苦しみに悶えたこの

          ブロンズ

          Without me.

          わたしは最初彼を迎えた。 彼もまた、わたしを迎えた。 わたしは常に彼と共にあった。 彼も常にわたしと共にあった。 一緒の歩幅で歩き、一緒に食事をして、 一緒に寝て、一緒に同じ夢を見た。 常にわたしと彼は共にあった。 そう、共にあったのだ。 だからわたしは彼と一緒に罪を犯した。 一緒に炎を見た。 燃える炎を。 紅く熱く燃え上がる炎を見た。 体が浮く感覚に陥った。 地に足がつかない。脳味噌が一人点高く浮き上がる。そしてそれはわたしを見下ろしている。 彼