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『あなたはひとりぼっちじゃない』 アダム・ヘイズリット

素晴らしい作家が現れた、と言うに相応しいデビュー短編集である(2002年出版なので、現在は、未翻訳ではあるが他に数冊の書籍が執筆されている)。

タイトルはやわらか路線の自己啓発本のようで、ぱっと見た表紙は、白くまが描かれたほっこり系。しかしそれらが想起させるイメージを裏切るかのように、この本には強烈な悲しさが満ちている。「慰めや勇気を与えてくれる」とは対極にある本だ。
表紙だってよくよく見ると、どこかの待合室のような椅子に座る白くまの佇まいはひどく孤独感を漂わせているし、白くまから焦点を離すほどに場面の陰影が深まり、不安をかき立てる絵なのだ。

収められているどの作品も、言ってしまえば強烈に鬱を誘うのだが、それが決していたずらに意図されたものではないことは、読めばすぐに分かる。

例えばこんな悲壮な一文から始まる一編がある。

母が自殺して一年後に、父さんに心配をかけないという自分自身と交わした約束をぼくは破った。

同性愛の目覚めに当惑しながら倒錯的に求め合う少年達。その痛みがひりひりと伝わる一作だ。

また、こんな美しい情景から始まる一編も。

オーウェンは開け放たれた。フレンチ・ドアの向こうに広がる庭を見渡した。六月にしては暑い日だ。雲ひとつない空で太陽が燃え、最後のアイリスの花は萎え、ツツジの花はうなだれている。キングサリの木のあいだから入ってきた微風が新聞の日曜版の一枚を薔薇の植え込みに運んでいった。

こちらは、一人の男性を巡る初老の姉と弟の、ほろ苦い物語。
詩情の香る文章で、切なくも深い味わいだ。


精神を病んだ父の心は、息子の絶望的な悲しみに触れることができない。
輝かしい前途を絶たれた過去を持つ母は、長男に期待をかけて熱心に教育するが、息子は彼女から逃れようとして破滅する。
自殺の計画を胸に抱いている男が、病に冒された少年と哀しい邂逅をする。


期待、すれ違い、落胆、絶望。
誰かに癒してもらえるものではない、自分一人で消化していくしかない悲しみ。
皆そんな重荷を背負って生きている。
彼も、彼女も、あなただって。
俯瞰した口調で語られる物語は、どこかの誰かのお話、というシールドを貫いて、こちらの心の核にまで刺さってくる。
原題は“You Are Not a Stranger Here”であるが、そこには、「(この物語を読みながら、)他人のふりをし通せはしないよ」という響きも含まれているのではないだろうか。

彼女を診察した日の夜、アパートメントでたったひとりベッドで横になっていると、彼女の苦しみが重く、身にのしかかってきた。信徒の魂が聖職者の精神を圧迫するように、あるいは登場人物の運命が作者の心身をさいなむように。

読むなら一度に一編ずつ。大量摂取はおすすめしない。上記の引用のように、彼らの悲しみがあなたの心をかき乱すだろうから。

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