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『情事の終り』 グレアム・グリーン

第二次大戦直後の、まだ戦争の傷跡も生々しいロンドン。
「わたし」ことモーリスは、雨の降る街角で見知った男を見かけ、声を掛ける。
男は近所に住む高級官吏ヘンリ。実はモーリスは2年前まで、彼の妻サラァと不倫関係にあった。

久しぶりに会うヘンリは何やら悩んでいる様子。聞くと、サラァがどうやら外に男を作っているようだという。
サラァとの情事はもう終わったものとしていたモーリスだが、その話を聞くと俄然嫉妬心がむくむく膨らみ、ヘンリを差し置いて自ら勝手に探偵を雇い、サラァの身辺を嗅ぎ回る。

物語の前半分では、モーリスによるサラァとの情事の回想と、探偵による現在のサラァの追跡が進む。
読みどころは恋する男の赤裸々な心理描写である。恋人に対してマウントを取りたい小さなプライドや強がり、余裕を装うわりに案外すぐに取り乱してしまうところなど。いけすかないやつなのに思わずかわいいと思ってしまうし、手放しの恋心の吐露には泣けてくる。

さて、探偵の調査により、ヘンリ(とモーリス)の疑念の通り、サラァが最近こっそり会いに行っている男がいることが判明する。
探偵が掴んだサラァの訪問先に、身分を偽って乗り込むモーリス。そこで彼が会う人物とは。
そして、物語中盤からは、サラァの日記帳が登場し、秘密はさらに暴かれていく。日記には、サラァの心が、ある存在とモーリスとの間で板挟みになっていることが書かれていた。
ここから物語は、信仰とは何かという命題を扱う宗教文学になっていく。
サラァの懊悩はマグダラのマリアを思わせると言ったら大袈裟だろうか。

そんなに怖がらなくてもいいのよ。愛は終わるものではありませんもの。ただおたがいに会えなくなるというだけで・・・

だがそんなサラァは、恋する男達を残してあっさりと死んでしまう。
残された男達の奇妙なブラザーフッドも興味深い。こんなこともあるのか。。。

私はモーリスがほしゅうございます。ありきたりの堕落した人間の愛がほしゅうございます

サラァは恋に奔放ながら思慮深い女性であり、本書は恋愛小説としても古風な魅力を持つ。
快楽に目が眩んで愛に気づくのが遅すぎたマノンや、愛の果てに虚無を見たアンナ。名作恋愛小説では様々なヒロインが描かれてきたが、サラァもまた、他と似ない個性を持つヒロインだ。

小説的にきれいな展開を見せる細部や、真意を熟考したくなる言葉など。
一度読んだだけでは消化しきれない事柄が多いので、またいつか再読したいと思う。

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