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(カナダの思い出)ジーンズみたいな湖面と千の島 サウザンドアイランズへ

5年ほど前、なにを思ったか脱サラしてカナダに住んでいたことがありました。そのときに、誰に見せるでもなく書いていた文章です。せっかくなので誰かに読んでもらえたら、かつての放浪も浮かばれるかと思い、是非。

◼️1,000の諸島

散り始めの百合の花のようなかたちの北米五大湖の、ちょうど落ちてく一枚の花びらのように見えなくもないオンタリオ湖。どうやら僕はロマンチストらしいです。この湖には岸辺にオンタリオの州都トロント、そして西端にはナイアガラの滝がある。広さは日本の四国をすっぽり入れて少し余る程度、四国のスニーカーにちょうど良いくらいのサイズ。

日本でも、トロントを知らない人はいても、世界最大の滝ナイアガラなんかはもちろん聞いたことがある人がほとんどで、「オンタリオ湖ってどこ?」と聞かれたら、「ナイアガラの滝があるところよ」と説明すれば、ふうん、と納得してくれる。

それだけ有名なナイアガラだから、ここトロントを訪れた人は、半ば義務のような感じでナイアガラを訪れるのがお決まりとなっている。しかしトロントに来て早や9か月が経つのに、恥ずかしながら僕は未だナイアガラを訪れたことがない。

まだ時間もあるし、トロントからそんなに遠くもないので、いずれ機を見て訪れようとは思っているが、僕にはそれ以外にオンタリオ湖の周辺でどうしても行ってみたい場所があって、結局ナイアガラよりも先にそこを訪れることになった。


ナイアガラの反対側、オンタリオ湖の東端から、セントローレンス川という大きな川が伸びているのだが、ちょうど湖と川の交わるあたりに、地図上で微塵切りのパセリのように、小さな島がパラパラと散りばめられている。大小様々、小さなものは一件の家をやっと建てられるかというくらいのサイズで、それらの島の数はゆうに1,000を超える。
ということで、その地の名前はシンプルにも、「サウザンドアイランズ(Thousand islands)」という。
日本語でいえば「1000の諸島」もこんなにかっこよくなるのだから、英語ってやっぱり卑怯だ。

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◼️「陽気で呑気なドライブなのでしみったれた身の上相談などはしてくれるな」

世界的にもおそらくあまり有名ではない。
僕も日本にいるときに偶然衛星放送の番組で観てその存在を知ったのだが、観光地というよりは、別荘地である。アメリカン・カナディアンドリームを手にした古今の富豪たちが、小さな島を1個丸ごと買い取り、そこに別荘を建てている。軽井沢の上位互換といったところ。
なので、それぞれの小さな島に立派な別荘が建っており、中には城を構えている富豪さんもいらっしゃるとか。

テレビで観て、トロントの近くにこんなきれいなところがあるのかと思い、渡航した際には是非訪れてみたいと思っていた。

折しも先月、日本の免許証を書き換えて、オンタリオ州の自動車免許を取得した。
そこで、海外での運転の練習も兼ねて、レンタカーを借りてどこかにドライブに行こうと思っていた。
とにかく地下鉄生活に飽き飽きしていたから、運転できればまあ目的地はどこでも良かったのだけれども、せっかくなので兼ねてから行きたかったサウザンドアイランズを目的地に据えることにした。

人生初の右車線走行でのドライブになるので、慣れるまではまず誰にも迷惑をかけないようにと、一人旅を画策していたが、前日にその話をした仕事先の後輩が俺も行きたいっすと言ってきた。
まあガソリン代の一部でも払わせれば少しはお金も浮くかという打算的な考えもあり、「命の保証はしない」、「陽気で呑気なドライブなのでしみったれた身の上相談などはしてくれるな」という条件で同乗を許可することにした。


当日の朝に予約していたレンタカー事務所で車を借りる。
一番安いコンパクトカーを予約したつもりだったが、用意されていたのは黄みがかったシルバーの、シボレーの5人乗りセダンだった。力も結構ありそうだし、レンタル代が上がってやしないか気になるが、まあせっかくのドライブだし、いい車のほうがいいだろうと、何も言わずにそれを拝借することにした。
ただ想定外だったのが、カーナビがないということ。こちらでは携帯のネット回線を契約していないので、Wi-Fi環境でしか地図は見られないのだが、てっきりカーナビくらい常備しているものだと思っていた。安い会社で予約したから仕方ないのだろうけど、さて今日中に帰り着けるか。そもそも目的地まで行けるか・・・・。

さて人生初の左車線通行でのドライブは、慣れるまでは結構ややこしかった。
左車線と言えども直進しているうちは前の車についていけばいいが、曲がる際は日本と逆になる。
日本では内輪差を気にして小さく曲がる左折を、こちらでは対向車を気にしながら大きく曲がらなければいけない。またウインカーの位置も逆で、ウインカーを出したつもりが、ワイパーが「違う違う」といったように一往復首を振る。
混乱しながらもなんとか道中で後輩をピックアップし、念のためコンビニで小さなドライブマップを買い、やっとハイウェイに乗り込む。幸いにも高速までの案内標識が日本と同じ緑だったから、高速の入り口は難なく見つけることができた。

その頃には昼間近くになってしまっていた。しかし、夏のカナダは日が長い(日の入りは午後9時くらい)。焦ることはないのだ。

その日は、そんなに気を使ってもらわなくてもと恐縮してしまうくらいの快晴だった。小ぶりな夏雲が地平の少し上にぽつぽつとあるくらい。青空の下を東に向かいアクセルを踏み込み、かねてよりリサーチしてあったハイウェイ401に入っていく。

オンタリオ湖の北側をなぞる様に伸びている、カナダ南東部の主線であるハイウェイ401は、別名をメープル街道ともいう。この道をまっすぐ走れば、首都オタワや北米のパリ・モントリオールを通り、ケベックシティへと続いていくのだが、秋になればその道中で美しいメープルの木々の紅葉を見ることができる。

秋にはもう少し足を伸ばしてその辺も見に行きたいものだが、今回の目的地はオタワよりもっと手前のサウザンドアイランズ。メープル街道探索はまた別の機会だ。

◼️サウザンドアイランドに到着

さて、都市部では高架の上を走っていたハイウェイも、気が付けば地に足をつけている。その頃になると建物もまばらになってきて、周囲の景色は起伏のゆるやかな緑地になっていく。騒々しいトロントの街を抜け、ようやく広大な北米らしい景色を見ることが出来た。
視界を遮るような大きな山もなく、青空と仲良く視界を分け合う緑の地平には、所々に小さな森や、列車の単線、慎ましい工場や農家が見える程度である。

道のりは長いが、晴天の下こんな広い緑地の中を走っていると、本当に全然疲れないものだ。
とはいっても、ところどころで休憩には止まる。


トロントを出てから4時間ほど、ようやく標識にサウザンドアイランズの文字を発見。ただ表記は「1000 islands」とあり、最初は地名だとは思わなかったので、危うく通り過ぎるところだった。

さて、漠然とサウザンドアイランズを目指して走ってきたが、東西に数十㎞と伸びる諸島のどの部分に行くのかをまったく調べていなかった。
もし迷った時の責任の所在を後輩と牽制し合いながら、このへんだろうという頃合いでハイウェイを降りる。

しかしそういったものも杞憂だったらしく、下道を降りてしばらく走ると、すぐに木々の間を縫って湖と小さな島々が見えてきた。
目的地のサウザンドアイランズに、ようやく到着である。

海よりも濃い、ジーンズのような青の湖面には波がほとんど立ってなくて、白い雲をじっくりと映している。その湖面にところどころ小さな島が浮いていて、いくつかの島には淡いイエローやピンクを使ったヨーロッパ調の家が建っている。島の上になんとか収まった家一軒に、木が数本という島もあり、遠目からはそれが、はるか昔に打ち捨てられた観光船のようにも見える。

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しばらく湖沿いに走るが、どこかに車を停めるところを探す。
少し行くと小さな停留所があり、とりあえずそこに車を停めて行先を考えることにする。
停留所にはざっくりとした観光マップのようなものがあったが、そこには肝心の現在地が示されてなくて、故にどこに向かえばいいかも分からない。カナディアンはこういうところが大雑把だなあ。

さてどうしたものかと考えていると、少し向こうにウェットスーツを着た、いかにも健康第一という感じの白髪の爺さんがいる。
さきほどまで一人乗りのヨットに乗って湖に浮かんでいたのは横目で見ていたが、今は岸に上がり、水にぬれて少し寒いのか、心なしか震えている。
彼もまた、カナディアンドリームを手にして、この別荘地で優雅な休暇を楽しんでいるのだろう。
お疲れのところ悪いが、彼に現在地を聞くことにした。

分からなかったらすぐ人に聞くというその辺のバイタリティは、トロントに来てから培ったもので、’’Excuse me’’といいながらズケズケと近づいていく。

さて、1聞いたら10答えてくれるのがこちらの陽気なカナディアンの特徴で、人のよさそうなその爺さんもまた、早い英語でバーッと話し出す。
「君たちは今、Ivy leaというキャンプ場の近くにいる」、
「少し東に行くと大きな橋があってね、あの辺は眺めがいいね」とか、
「あっちの森にはよく蛇が出てね、気を付けた方がいい」など、まあいろいろ話してくれるのだ。

ということで、いつものように3割は聞き取れず、2割は聞き流して、残りの5割の話の中から「とにかく東へ行ってその橋を渡ろう」という結論を出した。
そして例によって、「Are you a Chinese?」と聞かれる。「いや日本人だ」というと、「アリガートウ」とおそらく知っている唯一の日本語を披露する。これはもうお決まりの流れである。
「君たちうちの別荘で茶でも飲んでく?」みたいな展開もちょっと期待したが、さすがにそれは高望み、礼を言い車に乗り込む。

さて、爺さんが言っていた「大きな橋」だが、これはHill島という、諸島の中でも割と大きめの島へと渡る「サウザンドアイランズ橋」のことで、この橋を渡りHill島を進むと、すぐにアメリカとの国境にぶち当たる。ただ、さすがにアメリカに行く予定はない。
橋の上からは諸島の遠くまで見渡せて眺めが良かった。結構大きな島や、森しかない無人島のような島も確認できたが、車を停めることもできないので、運転しながらチラチラ見るだけしかできなかった。

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Hill島に入ってすぐに、「1,000 islands tower」という標識が現れた。ほう、タワーがあるのかと期待感が高まる。
タワーはすぐに見えてきたが、ごみ焼却場の煙突に間に合わせで展望台をつけたような、コンクリートでできた円柱の貧相なタワーだった。塔の麓に土産屋と小さな公園があり、まあ眺めがいいならなんでもいいやと車を停める。公園には人は中国人らしき家族連れがいるだけで、人は不安になるくらい少ない。まあ平日だしな。
どうやら土産屋の中に展望台へと昇るエレベーターがあるらしく、お店に入る。エレベーターには「レジでチケットを購入してください」と英語で書かれている。金取るのかよ。
それでレジへ行くと料金表があったのだが、大人$11とある。さすがにあの完成度に$11も出すほど財政に余裕はない。ぼったくりもいいとこやなあと悪態をつきながらタワーを後にする。


さてまだ観光スポットらしいところに行ってないなということで、一度ハイウェイに乗り、さらに今度は諸島の西側にいってみることにした。
頃合いのいいところでハイウェイを降りると、西側はそこそこの街になっていた。港の方にいくと、結構な観光客でにぎわっていて、酒場や土産屋などが建ち並んでいる。どうやらこっちが正解だったようだ。
観光フェリーが出ているらしいが、時刻はすでに7時近くになっており、チケット売り場で一応聞いてみると案の定その日の運行は終わったらしい。まあ十分ウロウロして楽しんだし、もういいや。
港の公園は結構眺めも良く、小さな野外ステージでライブをやっていて、そこで少しゆっくりしてサウザンドアイランズを離れることにした。

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◼️キングストン 小ぶりでかわいいカナダの英国

帰りの道中、サウザンドアイランズの少し西に、キングストンという小さな町がある。昔はオンタリオ湖の港町として栄えた古都らしいのだが、時間もちょうど良いので、そこに寄って夕食をとることにした。

ゆるやかな丘陵を登りきったところで、川の対岸にヨーロッパ調の港町が見えてくる。西に沈みゆく夕日の逆光で全体的に影を落とした町には、石灰色の教会やレンガ造りのアパートメントなどが建っており、港には無数のクルーザーが停泊している。

開閉式の橋を渡り、町に入る。
適当なところで車を停め、少し町を探索する。歩いても十分回れるほど中心街は狭い。日暮れ前のキングストンは、結構な人で賑わっていた。夕食時なのだろう。石畳の道を皆が何か喋りながら歩いている。

僕が住むトロントとは、大分雰囲気が違う町である。
様々な人種が入り混じるトロントとは違い、この町の人たちはほとんどが白人である。見慣れないアジアンである僕らを興味深そうに見てくる子供もいた。トロントでよく見るような、タトゥーだらけのヒップホッパーや、空の紙コップを差し出してお金をせびってくるホームレスなどは全くいる気配もない。皆、声を荒げることなく、素朴な町並に合わせるかのように慎ましやかに、広場やベンチで談話をしている。
2時間ほどしか滞在していないが、僕も同行した後輩も、すぐにこの町が好きになった。

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町には、所々カナダの国旗と一緒に、イギリス国旗ユニオンジャックがはためいていた。
キングストンは英領カナダ時代の主要都市として栄え、また18世紀初頭の米英戦争では英国五大湖艦隊の基地として大きな役割を担っていたらしい。ということで、この町はイギリス領であった当時の名残を多く残し、港には米英戦争時代の大砲も展示されている。

町の中心部を少し歩いた後は、いい感じのパティオがあってあまり敷居が高そうじゃないレストランを選び、イギリス名物であるフィッシュ&チップスを食べた。おなかもふくれたところで、名残惜しいが、愛くるしいキングストンを後にする。

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さて、ようやく帰路につく。
日は落ち、夜のハイウェイ401を、トロントに向かって西に走る。トロント市内に入り、ハイウェイを降りる。
後輩を降ろして家に帰り着いたのは深夜の2時頃になっていた。

夜は家の前に車を停め、次の日の朝にレンタカー会社に返しに行った。


日帰りの行き当たりばったりな旅にしては、いろいろと楽しむことができた。
いかんせんお金がないせいで、トロントというひとつの街に9か月間閉じこもっていたわけだが、ようやく広大なカナダの自然、北米地方都市の雰囲気を味わうことが出来た。

今度はもう少し足を伸ばして、もっと違うところ、違う町にいってみるとしよう。
お金も少し余裕が出てきたし、なんだか僕のこの海外生活も、今からでもまた違う方向に傾いていくかもしれないなという期待を感じられるような旅だった。

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