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とうとう、HEISEIが、あちらに行く。憧れの人~ いつまでもカッコよくいたいと思う心

0.皇后陛下の金細工職人

今上天皇がご結婚されたのは26歳の時 。 即位されたのはその30年後 であるからこの話はまだ 今上天皇 が皇太子殿下だった時の話。 結婚25周年に際し『妃殿下は皇太子殿下に夫として点数をつけるとしたら何点差しあげますか?』すると、皇后陛下は、『点数ではなく感謝状を差しあげたいと思います』お答えになりました。そして天皇陛下はその答えを受け『皇后陛下に努力賞を上げたい』とおっしゃいました。

なんとも、美智子さんは頭の良い方だ。

立ち振る舞い等、すべてにおいて天皇・皇后両陛下の姿は、現人神の様相を崩さず、人の形をした天でありながら、天の形をした人である。全く、この仕事をして利用者の皆さんが笑顔ですごして欲しいと思うと、非常に洗練された、伝統の立ち振る舞いは非常に勉強になる。

さて、前出の台詞を言った美智子妃殿下(当時)の胸にあったブローチは麦の形をしている。言わずもがな、麦は、日清製粉の創業者家庭で育った美智子さんにとって大切な思い出であったろう。様々な心無い言葉に折れず、負けず、粛々としていたのは当然、天皇陛下のお心もあるとは思うが、実家への思いもあっただろう。

さて、そのブローチを作った人物は、藤原友彦さん(故人)という写真の彫金士である。1975年に『やさしい金工』という本を書かれているようだが、あまり公に出ていない。そんな彼の写真がテレビに出たのだが、 大変格好がいい 高齢の男性である。

どうにも、金細工で皇室御用達ともなると、美しいイメージがある。しかし、彼の写真は80歳過ぎにしてダブルのライダースにブーツ。考えられないロックであった。なんというのかな?不良?チョイ悪親父のさきがけみたいな容貌。この人の奥様も、以前テレビに出ていらしたが、非常に温厚そうな感じだったから、いい男だったんでしょうね。

僕は、80過ぎのじいさんたちを見ているが、まさか僕自身が着て格好いいだろ!って思う服で活躍しているじいさんはさすがに見たことが無い。並んでいる彫金作品もやばい。とにかくロック!?パンク!?こんな素敵な方が皇室御用達なんだから本当にすごい!

1. 金婚式に際して

平成30年、今上天皇と皇后美智子様の金婚式に際して 再び前述のやり取りが記者となされた。 『銀婚式に際して陛下は皇后様に努力賞を、皇后様は陛下に感謝状をそれぞれ差し上げたいとされましたが、 改めて今 お互いにお言葉を送られるとすれば どのようなお言葉になられますか ? 』そんな問いにはお互い『感謝状を送りたい』と お話しされました。もう、無理な努力をしすぎないでも大丈夫だと、皇后様を労うお言葉。僕とは品格が桁違い(アタリマエ)。 戦争が終わり、幼少期に見ていた象徴という言葉に悩みながら生きていた自分の父である昭和天皇をどのように見ていたのでしょうか。 多くの苦悩をもとに 今生天皇が出した結論は、日本国憲法の天皇は天皇の長い歴史で考えた時に天皇のあり方に沿うものであるとしました。 天皇陛下のご苦悩は 私たち市民には絶対に理解ができないものと分かっていますが、そのような想像を絶する苦悩とありながら自分が自分であること、自分が天皇陛下であること それを全うされようとしている天皇陛下には強い憧れを持っています こういう人になりたいというふうに思いますがまぁ絶対になれないのも分かっています。 だからこそ素晴らしい日本の象徴だというふうに思います。

2. そして次の天皇が即位される

平成30年は皇太子殿下の 結婚25周年 銀婚式でした。 記者はご多分記者はご多分に漏れず お互いに点数をつけるとしたら何点ですかと質問します。 殿下は 『努力賞感謝賞に加え銀婚式にちなんで銀メダルを送りたい』とお話しされました。 雅子妃殿下は殿下に感謝状を送りたいとお話するとともに金婚式の時に金メダルをいただけるか心もとないと 少しの不安をお話しされました。 昭和から平成への戦後混乱期の天皇のあり方と 比べても 平成から次の時代の変化のスピードというのは やはり著しいと想像に難くないです。

3.ライダースを着る

何を血迷ったか僕は昨年一年間仕事でネクタイを外したことがありませんでした。40年以上生きていて初めてのことです。 ビジネスの世界においてはスーツとネクタイというのは話が早いので 戦闘服と言われるぐらい 必需品です 。なんとなくそういったものを着ていると 立派なビジネスパーソンになったような気がするし 、自分が頭が良くなったような気がするし、自分が清廉潔白のように感じるし 、人から見てもまっとうな人間だと思われがちです。 介護という仕事をやってわかったことですけれども人が自由であるということは 不自由で縛られていることよりも随分と大変です。 いつか必ず自分がなりたいおじさんになれるように いろんな先輩方を見習って 自由のもとに死んでいけたら幸せかなと思います 。だからまた今年からライダースを着ている飯塚でした。

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飯塚裕久。20年ほど介護という業界で人の生きざまや亡くなるさまを目の当たりにしつつより良くいきるとはなにかを模索しています。一般社会には上手に適応出来ないようですが、一生懸命に生きながら、一生懸命に生きている人を応援している立場です。ケアワークアカデミーという学校もやっています。