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悩み多き大学生のためのキャリアデザイン入門 Vol.2【小説版】

 入学式も無事に終わり、大学生活にも少し馴染んできた。
 私は大学では、社会学を専攻している。
 オープンキャンパスに行ったときに、何となく面白そうだと思い、受験した。
 社会学の授業以外にも「キャリアデザイン入門」も履修した。
「苦手なことにどんどん向き合ってください」と言われたことが、心の隅に引っかかっていたことと、あの黒づくめの講師に興味が湧いた。
 何より、将来が不安だったので、早くから不安を解消できるのではないかという期待も込めて履修登録した。
 今日は、二回目の「キャリアデザイン入門」の授業がある日だ。
 私は一番前の席を陣取った。
 チャイムが鳴る前に、桐屋先生は教室に入ってきた。
 桐屋先生は私を見るなり、「この前の君じゃないか」と言ってくれた。
 私は照れながら、「はい」と頷く。
 チャイムが鳴ると、教室には二百名弱の学生で埋め尽くされていた。
 人気の授業なのかもしれないと今更ながら思う。
「さて、今日はさっそくですが、キャリアについての語源をお話ししたいと思っています。皆さんは小学校のときから、何となくキャリアという言葉を聞いて育っていますよね?キャリア教育もあったはずです。キャリアとは、何だと思いますか?身近でよく聞く言葉ですよね。この授業もキャリアデザイン入門です。どうでしょうか?それでは、シンキングタイム!スタートです」
 キャリア……とはなんだろうか。改めて、考えてみるとわからない。言葉にできない。何となく、仕事とか経歴というキーワードが頭に浮かんでくる。
「はい、それでは、一旦思考を止めてください。初回にお伝えしましたが、考えることがとっても大切です。今はスマホで調べれば、何でも情報は出てきます。でも、自分の頭で考えることはきっと将来役に立ちます。インターネットの情報は玉石混交です。上手に活用する分には問題ありませんが、玉もあれば石もありますので、十分ご注意を!はい、ここまでで何か質問ある方は?」
 一番前に座っている眼鏡の男子学生が手を挙げた。
「はい、あなたどうぞ」
「なぜ、インターネットの情報だけではダメなんでしょうか?」
「非常にいい質問です。彼に拍手を!」
 教室内にまばらな拍手の音が響く。
「ただで見られること、誰が書いたかわからないことなど理由は色々あります。先ほどもいったように上手に使用する分にはいいと思います。例えば、書籍や新聞、雑誌は、基本的にお金を払って読みます。世に出るためには、様々な人の目を通過して、流通しています。そのため、情報の正確性が高いのです。一方、インターネットは便利な分、誰が書いたかわからない文章やコピペもたくさんあります。情報の取捨選択が肝心だと思います。インターネットも便利なので、付き合い方次第で玉にも石にもなりえます」
 眼鏡くんは納得したような表情になった。
「私は就活のために、新聞や本を読むのはナンセンスだと思います。つまり、自分の見識を広めるために読むべきだと考えます。就活のための就活はできればやめていただきたい。さて、キャリアの語源いかがでしょうか?これから、周囲の人と話し合いをしてもらいます。できれば、友人以外と話しましょう」
 なるほど、やけに広い教室だと思ったが、自由に動き回れるために、わざわざこの広さを確保しているということか。
「はい、それでは皆さん立ち上がってください。準備はいいですか。四人でも五人でもけっこうですから、グループを作ってください。それでは、スタート!」
 私は単独でこの授業を取っているので、友人はいないので、近くの人に声をかけながら、四人組を作った。先ほどの眼鏡くんも誘ってみた。
「どうでしょうか?大体グループになれましたか?あと、1分差し上げます。グループになってない方は早急に作ってください」
 桐屋が腕時計を見ながら「はい、それでは終了です」と合図を告げた。
 まだ、グループになっていない学生もいた。
「えーそれでは、まだグループになっていない方は、荷物を持ってご退席ください・・・・・・というのは、冗談です」
 一瞬、教室が固まった。
「冗談ですけど、グループワークは実際の就活の場面でもあります。実際に、今のようにグループが作れなかった学生は落選という選考も、過去にはありました」
 桐屋先生は、ポンと手を叩き、「では、まだグループになっていない人はどこかのグループへ、もしくは立っている同士で声を掛け合ってください」と言った。
「これから、この授業ではグループワークと質問をたくさんします。徐々になれていけばけっこうですから安心してください。さて、それでは今のグループでキャリアとは何かを話し合ってみてください」
 私のグループは、眼鏡くんと派手な服装の女子学生、体格のいい男子学生の四人で構成されていた。
体格のいい男子学生が口火を切る。
「ええと。俺たち初対面だし、一応、自己紹介しようか。じゃ、俺から。経済学部経済学科の南条朝雄って言います」
 南条が、眼鏡くんに次を促す。
「あ、僕?僕は、法学部法律学科の北方健です」
「じゃ、次、私ね。グローバルコミュニケーション学部英語学科の西夏菜。よろしくね」
三人に続いて、私も自己紹介をする。
「社会学部社会学科の東野圭子です。えっと、よろしくお願いします」
四人が一通り、自己紹介し終えると、南条が話を戻した。
「キャリアって官僚のことじゃないかな?キャリア組っていうじゃん。俺、『踊る大捜査線』っていう警察の映画が好きなんだけど、そこで柳葉敏郎演じるキャリア組の警察官僚が出てくるんだ」
「織田裕二が出ているやつ?あーお父さんが好きな映画だ。あたしは、キャリアって仕事をイメージするわ」派手な服装の女子学生が話にのってきた。
「僕も何となくキャリアって聞くと、仕事と関連させるかな」
 眼鏡くんが口を挟んできた。
 三人が私を見る。
「あなたは?」眼鏡くんが訊ねる。
「私はそうだな。キャリアデザインっていうくらいだから、何か人生設計みたいな感じを思い浮かべます」
 そう述べたところで、グループでの意見交換の時間が終了した。
「それでは、お互いにお礼を言ってから、元の位置に戻ってください」
私は「ありがとうございました」と頭を下げて、自分の席へ戻った。
「私も教室をぐるぐる回りながら皆さんの意見を色々と聞いていました。けっこう皆さん自分の意見をしっかり持っていますね。安心しました。その調子です。まだ自分の発言に自信が持てそうにない学生もいますけど、少しずつ階段を上ってください。たかが四年されど四年です」
 前回同様、桐屋は長広舌をふるっても一切噛まない。
「それでは、最後にキャリアについて私から説明をしますね。キャリアとは、日本語では『キャリア形成』とか『キャリア官僚』とか『キャリアアップ』、そして『キャリアデザイン』などの言葉と一緒に用いられます。何となくキャリアの概念は皆さんの頭にインプットされています。そこで、これからは『キャリア』という言葉は『人生そのもの』と是非、捉えてください」
 教室の学生は熱心に耳を傾けている。
「キャリアの語源っておわかりですか?はい、わかる学生いたら、挙手をお願いします。いませんか?」
 ほとんどの学生が下を向き始める。
「はい。知らなくて全然問題ありません。しかしながら、今日は覚えておいてください。『キャリア』の語源は『轍』です」
 教室が少しざわざわし始めた。「轍?」とは、何だったか。私は自分の語彙力の無さを心の中で嘆いた。
「『轍』とは、車輪の跡のことを言います。元々は馬車や歯車の車輪でしょうか。今なら自動車がしっくりきますね。舗装されていない道を車が走行するとどうですか?車輪の跡が残ります。思い浮かべてください。車輪の跡、すなわち『轍』はずっと続いていきます。消えては残り、消えては残り、連綿と続いていくイメージです。走り続ける限り『轍』は続いていきます。どうでしょうか?人生に似ていますよね。そうなんです。『キャリア』の語源は『轍』なんです」
 何となく答えを聞いて、腑に落ちる。キャリアはすなわち車輪の跡、轍。人生は続いていけば、そこには生きた足跡が残る。
「これからはキャリア=人生そのものと是非捉えてください。次回はさらにキャリアについての概念についてもう少し詳しくお話しします。それでは、本日は以上になります」
 授業が終わり、私は今日のグループで一緒になったメンバーに再度お礼を述べた。
「今日はありがとうございました」
 最後にそれぞれ自己紹介して、連絡先を交換した。

●本日の桐屋の言葉
「キャリアは人生そのもの」
 キャリアは人生そのものと捉えましょう。キャリアデザインであれば、人生をデザインする。キャリア設計であれば、人生設計、キャリア教育であれば人生の教育。キャリア組は・・・ちょっと意味合いが違いますね。

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