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母との日々

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2022年1月の記事一覧

阿蘇の花火

阿蘇の花火

阿蘇山が噴火したニュースを見ていて、母が昔、家族旅行でいった阿蘇の旅館で、偶然、遠くの花火を見たことを覚えているか、とわたしに聞いた。わたしは、もちろん覚えている、と答えた。

夏休みに、なぜ熊本と阿蘇山に行くことになったのか、わたしはもちろん母もその理由を知らなかった。それは父が突然言い出したことだったという。山口の父の実家に帰省中のことだったか、それとも家からまっすぐ熊本に行ったのかすら、母も

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桜の枝が折れた話(完)

桜の枝が折れた話(完)

それからさらに一週間ほど過ぎた。レモンの木は相変わらず、順調に葉を増やしていたが、他の木にはさほど変化がみられなかった。ただ、桜にもサカキにも、わずかではあったが新しい葉が生え始めていた。桜は剪定のときに残された葉がだんだん枯れ始めたので、そのまま枯れていくのではないかと怯えたが、別の枝からわずかに新しい葉が生え始め、少なくともまだ生命力を残していることはわかった。

桜の剪定からひと月余りが過ぎ

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桜の枝が折れた話(11)

桜の枝が折れた話(11)

結局、どこでトーマスの蒸気機関車に乗ったのかを思い出すのに十日ほどかかり、それで少し気分は紛れたといえないこともないが、実際には、思い出せないフラストレーションで、よけいにうつうつとした日々を送ることになってしまったというほうが事実に近い。

庭木に話を戻すと、わたしが隣家の陰謀ではないかと疑った件に関しては、やはり考え過ぎだったようで、うちの庭に2mほどはみ出してきていたケヤキも、翌日、うちの方

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桜の枝が折れた話(10)トーマス篇4

桜の枝が折れた話(10)トーマス篇4

というわけで、地名など思い出せなくても、なにがあったかは語ることができるし、これだけ話せれば十分という気もするが、わたしはどうせ書くなら自分が乗った蒸気鉄道についてもう少し詳しく知りたいと思った。すると、名前を思い出せないことがネックになって、先に進めなくなってしまった。検索で結果を出せないことで自分が否定されたような気分に陥った。明らかに桜の一件が尾を引いて軽いうつ状態になっていたのだと思う。

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桜の枝が折れた話(9)トーマス篇3

桜の枝が折れた話(9)トーマス篇3

わけがわからない案内図とはいえ、道路のつながりは正確に書かれているわけだから、現実の道路の名前さえわかれば、それほど見当違いの方角に行くことはないだろう、とわたしは考えた。

実際、その方針自体は間違っていなかったが、問題は現実の道路に名前がどこにも書かれていなかったことだった。正確には、現実の道路には標識があって名前が書かれていたが、記号と番号が書かれていなかった。だが、案内図にあるのは道路の記

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桜の枝が折れた話(8)トーマス篇2

桜の枝が折れた話(8)トーマス篇2

どうでもいいこと、といえば本当にどうでもいいことだったが、気になり始めると忘れることができなくなった。

というより、むしろわたしは、桜のことを忘れるために、トーマスに固執したような気がする。桜は、半年待たないとどうなるかわからないが、二十年前の記憶は、今この瞬間にも思い出せればそれで完結するし、それでハッピーな気分になれる。起きたことは100%覚えているし、それ自体は完全にハッピーエンドだったの

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