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母との日々

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2021年8月の記事一覧

桜の枝が折れた話(2)

桜の枝が折れた話(2)

実家の桜は、やはりかなりガタがきているらしくて、隣家に突き出していた部分の枝は切ったが、そのときはまだ持ちこたえていた別の部分の枝が裂けて、物置の屋根に圧し掛かり、そのせいで、枝が隣家の離れの窓を遮る格好になってしまった。もっとも、その離れ自体は、もう長いことまったく使われておらず、言ってみれば古い倉庫の裏窓に桜が影を投げかけているようなもので、クレームがくる心配はまったくなかった。

だがもとも

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桜の枝が折れた話(1)

桜の枝が折れた話(1)

朝食のとき、ブルーベリージャムの蓋が閉まってないので閉めようとすると、

「ずるずるよ」と母が言う。「冷蔵庫にしまっておかなきゃだめね」

そして、なぜか、「これもね」と言って未開封で隣に置いてあったマーマレードの蓋をわざわざ開けてしまった。

「ほらね、ずるずるでしょ?」と得意げに言う。

「未開封のままなら、そのまま置いておけるのに」とわたしが指摘すると、「あっ」という顔をして黙ってしまった。

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『わらの犬』

『わらの犬』

3月のある日のこと。朝6時からサム・ペキンパーの『わらの犬』をやっていたので観ていると、最後のほうになって母がきた。

ラストシーンで、知恵遅れの男をつれてダスティン・ホフマンが車で町へ行くのだが、それを観て母が、あの男の人は知り合いなのか、と聞く。たまたま助けた(実際は車ではねて家に連れ帰ったのだが面倒なので省略)だけ、とわたしは答えた。

それから、補足のために、あの家は奥さんの実家で、ダステ

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初めてのフェリー(11)ユングフラウ

初めてのフェリー(11)ユングフラウ

スイスでは、ベルンに2泊し、一日かけてアルプスに登ることにしていた。ベルンからインターラーケンを経由して、余裕でユングフラウヨッホ(若い娘という意味のユングフラウの肩にあたる山なのでそう呼ばれる)の登山鉄道に乗って帰ってこられることは、トーマスクックで確認済みであった。

実はこれも母の影響だった。母は、スイス土産といってソフトボールを一回り大きくしたくらいのカウベルを買ってきたのだが、それはイン

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「夜明けがこない夜が来る」

「夜明けがこない夜が来る」

午前中、いきなり猛烈な雨が降ってきた。わたしは、実家の二階にある仕事部屋でテレワークの真最中だったが、屋根にたたきつける雨音があまりにもうるさくて仕事が手につかなかった。「ところによっては雷雨があるでしょう」という天気予報はみていたものの、なぜかそういうときの「ところ」というのは、絶対にうちの近所ではないことになっているから、まったく意識していなかったのである。

会話もできないくらいの集中豪雨に

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