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渚ミュージック

あらすじ: 物語の舞台は、男性スタッフとの恋愛が厳禁されたアイドルの世界。カズマという勤勉でまじめなスタッフ メンバーは、一緒に働くアイドルとのプロフェッショナルな関係を維持するために特に注意を払っています。ある日、偶然女性主人公のIDバッジをちらりと見てしまった彼は、彼女が自分に恋愛感情を持っているのではないかと疑ってしまうのではないかと慌ててしまう。しかし、カズマは、社長秘書としての彼女の新しい地位に興味があるだけであると彼女を安心させ、IDバッジが便利だと感じています.
主人公は、カズマが不意を突かれたので、カズマに気づき始めます。普段はふさわしくない男を嫌うが、カズマの真剣さは違う。彼女は彼にもっともっと見せたいと思っています。
しかし、IDバッジの事件以降、カズマは遠ざかり、主人公は気を失ってしまう。その後、彼女はカズマを含む何人かのスタッフが彼らのフェチについて話している会話を耳にします. カズマは控えめな女の子が好きだと聞き、カズマは自分に興味があるのではないかと考える。
ある日、社屋の玄関を掃除していると、主人公はカズマと他のスタッフの会話を耳にし、カズマは彼女に特定のタイプのランジェリーを着てほしいと提案する. カズマは反対し、その瞬間、主人公を「私のナツミ」と呼んで、誤って感情を明らかにしました。彼の思いがけない告白に二人は衝撃を受け、当惑し、あわててしまう。
その日から二人の関係は変化し始め、人目につかないように密かに交際を始める。アイドルとスタッフの恋愛禁止や会社の厳しいルールを乗り越えなければならない。彼らはまた、ロマンスを隠そうとしながら、世間の注目を集めるプロとしてのイメージを維持するのに苦労しています.
彼らが関係を秘密にし続けるにつれて、彼らはお互いにもっとオープンで正直になり始めます. 彼らは夢と願望を共有し、闘争を通じてお互いをサポートすることを学びます。彼らの愛が深まるにつれて、彼らは禁じられたロマンスの結果に直面し、お互いのためにすべてを危険にさらし続けるか、ルールに従って手放すかを決定しなければなりません.

アイドルの恋愛はご法度である。
とくに接点の多い男性スタッフには気を付けねばならない。
彼らの中にはそういう関係目当ての者も少なくないなか、風馬君は至って真面目な硬派な人だ。
そんな彼の視線は今、私の胸元に向けられている。
「……あの、何か?」
「あっ!いやっ!!なんでもないです!」
「そうですか?あぁ、もしかしてこの首に下げている社員証が気になりますか?」
「えぇ!?」
図星だったのか、風馬君の声が大きく裏返った。
確かに彼の目線は私の社員証に釘付けになっていたのだ。
「これからは私、社長秘書としてもお仕事しますからね。これがあった方が便利かなと思いまして」
「そ、そうなんですか……。あービックリした……」
「ふふ、ごめんなさい。驚かせちゃいましたね」
私はクスッと笑って、社員証を鞄の中に仕舞う。
「もうアイドルでもないんだし、これからはちゃんとした大人として頑張らなくっちゃいけないわよね」
「はい。でも、女優業も疎かにしないでくださいね。今日はグラビアの撮影ですよ」
「分かってるわよぉ~。でも、こんなおばさんに需要あるかしらねぇ……?」
「ありますよ」彼が即答する。
「ありますよ。俺だって…その、見たいですし。あっ、す、すみません、これってセクハラですよね」
顔を真っ赤にして俯く風馬君。
その様子にこちらまで恥ずかしくなり、「ありがとうございます……」と小声で呟いた。
[newpage]
風馬君にセクハラ(?)を受けて以来、彼の事を意識するようになった。
いつもなら不埒な男には嫌悪感を抱くのだが、不思議と彼に対しては嫌だと思わない。
むしろ、もっと見ていいのよと言ってあげたいくらいだった。
しかしあれ以来、彼がそんな素振りを見せることはない。
母(社長)に言われて玄関の掃除をしていると、何人かの声が耳に入ってきた。どうやら、性癖の話をしているらしい。会話には風馬君も参加しているようだった。
「こういう下着着てほしいよなー」
エンジニアの雪柳君が言う。彼が服を脱いだ女性が好きだという事は既に知っている。
「うわ、変態じゃないですか」風馬君がドン引きしていた。
「お前はどういうのが好きだよ?」
「俺は普通に清楚なやつで…」
「そんなこと言って、ナツミさんがコレ着てたら興奮するだろ?」
「なっ…!」彼は明らかに動揺しているようだ。
「俺のナツミさんに変なもの着せないでください!」
「…へ?」
「え?」
突然の「俺の」発言に、思わず返事をしてしまった。二人はこちらを向き、驚いた顔で固まっている。
「ナ、ナツミさっ…!?もしかして、今の聞い…っ…あー!!やっぱり答えなくていいです!!」
真っ赤な顔で叫ぶ彼は、ふだんのクールな印象とは大違いだった。
「まぁまぁ落ちついて。ナツミさん、こんな時間まで何を?」
「あ、うん。年末だし、大掃除をね」
「偉いですねぇ」
「いえ、好きでやってることなので」
「お手伝いしますよ!何すればいいですか?」
「じゃあ、ベッドの下をお願いしてもいいかしら?あとはこの机の上だけで終わるから」
「え?ベッドの下って・・・ナツミさんの寝室のですか?」
「えぇ」
言ってから気付く。そうだ、私は今男の人を自分の寝室に招いているのだ・・・。
それに気づいた途端、急に鼓動が激しくなる。
どうしよう、ドキドキしてきた……。
「ま、待って。ちょっと掃除してくるから」
「え?掃除するために行くんですよね、俺」
「そうだけど掃除してくるから」
そんなわけの分からないことを言いながら、私は部屋をあとにするのだった。[newpage]
芸能界とは、ふしぎな場所だ。
芸術と自己顕示の塊で、才能のあるバカがいっぱい集まって、醜い蹴落とし合いをしている。
私は、芸能界が世界のカーストの上位にいるとは微塵も思ってない。
世界には、知られていないだけで、もっと素晴らしい業界がたくさんある。
お互いを尊重して高め合うような、そんな業界もたくさんある。
それでもわたしがこの世界にいるのは、母のエゴでもあり、何より私を応援してくれる人たちを裏切りたくはないし、これは奢りかも知れないけど、こうなったら芸能界の「ホンモノ」になれたらと思ってる。ただのアイドルやタレントのような一発屋ではなく、「文化人」として名声を残していきたい。
スキャンダルで除名されたのはちょっと想定外だったけど、アイドルを辞められたのは転機だ。私はもっと強くなる。そのために、もっと努力しなくてはならない。
「・・・えっ、出張ですか?」
「ああ、九州の方に行ってきてほしいんだ」
マネージャーの矢沢さんが申し訳なさそうに言った。「九州っていうと福岡ですね。いつからでしょうか?」
「来週の月曜からだ。急ですまないが、風馬が同行することになっている」
風馬君は、私と同じ高校の出身で、いわゆるコネ採用である。
私達は偏差値の高い古風な高校に通っていた。だから彼のことも、普通に一流企業に就職するものだと思っていた。
けど、最近の彼の言動を見ていると、彼がこの事務所に就職した理由が思い当たるようになってきた。
(つ、つまり・・・・・その・・・・わ、私が目当て、ってこと・・・・なのかな?あんまり考えられないけど・・・・)
自分の思考なのに、思わず頬が紅潮する。
「え、あの・・・風馬くんと二人でですか」
「ああ。彼なら間違いも起こさんだろうしな。まぁ万一何か起きても、お前はもうアイドルじゃないし大丈夫だろ」
「そ、そういう問題じゃないんですけど……」
そんな訳で、私と風馬君は二人きりで仕事に向かうことになった。
新幹線に乗ること数時間。目的地の博多に着いた。ここからはバスに乗って移動するようだが……風馬君の姿がない。どうやら先に着いていたらしい。
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
「いえ、僕もさっき来たところですよ」
彼はイヤフォンを外して笑顔を見せた。一瞬彼のプレイリストが見え、私の曲がズラリと並んでいる。
私の視線に気がついたのか、彼は恥ずかしそうに目を逸らした。
「じ、じゃあ、行きましょうか」
「う、うん……」
こうして、私たちはタクシーに乗り込んだ。
車内ではお互いに終始無言だった。
隣に座っている彼のことを妙に意識してしまい、何も話すことができないのだ。
「着いたみたいです。降りますよ」
「えっ!?あ、はい!」
慌ててシートベルトを外す。
運転手さんがドアを開けてくれたので、そのまま外に出た。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「あ、はい、お世話になりました」
「いえいえ。またよろしくお願いしますね」
タクシーの運転手さんは、そう言って去っていった。
「じゃあ、まずはホテルに行きましょう」
「うん」
私は彼に促されるまま、ホテルに向かった。
部屋は当然二部屋予約しているので安心だ。
荷物を置いて着替えると、私はすぐにロビーに降りて、彼を待っていた。
「あれ?」ロビーに降りて来た風馬くんは、いつものかっちりとしたスーツではなく、ラフな格好をしていた。彼は私を見つけると、嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。
「イベントは明日からだから、今日は部屋でのんびりしていていいんですよ」
「でも、せっかくだし一緒に観光したいなって思って」
「そうですか?じゃあ、そうしますか」
風馬君はそう言うと、フロントで鍵を預けて歩き出した。
私もその後を追う。
風馬くんの背中を見ながら歩いていると、なんだか不思議な気分になった。
彼との距離は近いはずなのに、どこか遠くにいるような、そんな感覚だ。
「・・・なんだか、デートみたいですね」
「えっ?」
唐突にそんなことを言われて戸惑う。
風馬くんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら続けた。
「あんまり、こういう機会はないでしょう?せっかくなので、少し遊びませんか」
「そ、そうだね。確かに、たまには息抜きもいいかも」
「よかった。じゃあ、まずは何からいきましょうかね……」
彼のエスコートは完璧だった。まるで、本当にデートをしているかのような錯覚を覚える。
私は彼と一緒に、様々な場所を見て回った。
屋台で食事をしたり、ゲームセンターで遊んだり……。
「次は有名な神社に行きましょう」
彼はそう言って、私を人気のない裏道に連れていった。
そして、おもむろに手を繋いできた。「ちょ、ちょっと……風馬くん?」
「大丈夫です。誰も見てないから」
彼の手は温かかった。
私は、この人のことが好きなのだろうか。
わからない。だけど、胸がドキドキするのは確かだ。
結局、私たちは霞大社に行った。
縁結びの神社で、訪れたカップルは幸せになれると聞かされた時は、思わずドキッとしてしまった。
「ふ、風馬くん!こんなところだって知ってたら来なかったんだけど!」
「すいません。まぁ、ここはそういうスポットでもあるんで」
彼は悪びれる様子もなく言った。
「・・・風馬くんってさ、私のことどう思ってるの?」
彼はその問いには答えず、こちらをただじっと見つめている。
「ナツミさん」
不意に名前を呼ばれ、思わずビクッとする。
「あんまり、男の誘いにホイホイ乗らない方がいいですよ」
「えっ……どういうこと?」
「まぁ、僕も男ですし。そういうこともあるかもしれませんが……」
「あっ……」
その時、ようやく自分が今どんな状況にあるのかを理解した。
人気のない路地で、男女が二人きり。これは、俗にいう『壁ドン』というやつではないのか。
「風馬くん、あの、これって・・・」
「俺が"彼ら"とは違うなんて保障は、どこにも無いですからね」
彼ら――きっと、私のファンや、私に近づいてくる男性たちのことだろう。
そうだ、風馬くんはきっとそれを隠すのがただ上手いだけで、本当は……
私が真っ赤になって黙っていると、風馬くんが口を開いた。
「冗談ですよ。なんだか気を張っていたようなので、ちょっとリラックスしてもらおうと思ったんです」
「あ……」
どうやら、私は知らずのうちに緊張していたようだ。アイドルを辞めてから初めての大きな仕事に、すっかり舞い上がっていたらしい。
「も・・・もう!冗談なら、もっとわかりやすい冗談を・・・」
「え?分かりにくかったですか?まさか本当に俺が何かすると思ってました?」
「ち、違うよっ!!」
私は慌てて否定した。
しかし、彼はニヤついた表情のままだ。
「じゃあ、本気にしました?」
「うぅ〜!」
私は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
すると、風馬くんは急に真面目な顔つきになった。
「でも、これだけは信じてください。俺はあなたの味方です」
そう言った彼の表情はどこか悲しげで、自分に言い聞かせているかのようにも感じた。
私はそんな風馬くんに、何も言えなかった。[newpage]
私達の通っていた高校は、とても厳しいところで、未来のエリートを育成する場所だった。
私達はそんな場所で考える力をなくし、大人たちの言いなりになる都合のいいロボットになった。
この、アイドルという仕事もそれに似ている。私はただの「人形」なのだ。そして、それで良い。
この芸能界と言う世界で、アイドルや女優という仕事だけは――ちょっとだけ、異質だと思う。
芸能界に疲れたとき、同じ高校の風馬君を見て、ちょっとだけ初心に返ってホッとする自分がいたのだ。
そう、でもそんな気持ちはもうとっくに過去のものだった。
だって、風馬君の本性は、あんな優しい人じゃない。
彼は私を騙して、私を利用して、私を支配しようとしている。
わかっていたはずなのに。
それでも、どこか期待している自分に気づいてしまう。
だから、私は彼のことを拒絶できない。
例の出張から数か月たったある日、私はダンスの練習をしていた。
レッスン場には、私しかいないはずなのに、どこからか歌声が聞こえて来た。
時刻は午前二時。
こんな時間に誰が歌っているのかと思い、辺りを見回していると、突然後ろから声をかけられた。
「こんにちは。ナツミさん」
振り返るとそこには、あの風馬くんがいた。
「風馬君・・・?」
「だめじゃないですか、こんな時間まで練習しちゃ。ちゃんと睡眠は取らないと」
「あ、ごめんなさい。今歌ってたのって風馬君?」
「…聞こえてましたか」
彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「私、びっくりしちゃった。風馬君、プロも夢じゃないんじゃない」
「ありがとうございます。・・・・・・グッズの梱包作業があまりにも終わらないので、ちょっと気分転換してました」
「えぇー?風馬君、サボりたかっただけだよね?」
「まぁ、そういうことです」
彼は少し照れ臭そうな顔をしていた。
彼のその仕草を見ると、いつも胸が高鳴るのを感じる。
「ねぇ、手伝おうか?」
「え?いいんですか?」
「うん。一人だと大変でしょ?」
「助かります・・・と言いたいところですが、これ以上ナツミさんに夜更かしさせる訳には行きませんね。これはスタッフの矜持ですから」
彼はそう言って、丁寧にお辞儀をした。
「そっか。じゃあ、ほかに何か手伝えることないかな・・・」
「そうですね・・・」
「あっ、そうだ。最近忙しくって、全然休めてないでしょ?だからご飯でも食べに行く?近所に美味しいタピオカのお店があってね」
「それよりも」
ぐいっと彼が近づいてきた。思わず後ずさってしまう。
「こっちの方が効果的だと思いますけど」
「えっ!?ちょ、待っ……」
次の瞬間、私の唇は彼のそれに塞がれていた。
抵抗しようと試みるが、彼に両手首を掴まれていて身動きが取れない。
しばらくしてから解放された時には、私は肩で息をするほど消耗していた。
涙目になりながら彼を見る。
「ありがとうございます。凄く元気が出ましたよ。これで朝まで頑張れそうです」
「なっ……!ばかっ!最低っ!!」
私は慌てて荷物をまとめ、逃げるようにその場を去った。
(最低・・・いきなりキスするなんて・・・・でも・・・)
私は自分の身体の変化に気づき、頬が熱くなるのを感じた。[newpage]
アパートの自室で、俺はナツミさんのヌード写真集を眺めていた。
「んっ……」
右手で胸に触れてみると、それだけで甘い感覚に襲われる。
左手では、下半身に伸びる手を必死に抑え込んでいた。
――最近、タガが外れてきている、と思う。
色々と偶然が重なって、長年隠し続けて来た彼女への想いが彼女にバレつつあり、こうなってはと自暴自棄な面もある。
それでも長年染みついた逃げ癖は取れず、結局俺はポーカーフェイスを気取るしかない。
それが、彼女の傍にいる方法でもあるのだから。
この写真集には、彼女の秘部が写っているページがある。
そこに俺の手が伸びそうになった時、スマホが振動した。
画面を見ると、ナツミさんのマネージャーからの電話だった。
「風馬、ナツミ見てないか?」
「え?いえ、見ていませんが」
「そうか。今日は大事な撮影日なんだ。どこにいるのか連絡がつかなくて困ってたんだ。悪いんだけど、探してくれない?」
「わかりました。すぐに探してきます」
通話を切ってから、ため息をつく。
「仕事中なのに、何やってんだよ、あの人は」
そう言いながら、心の中では安堵している自分がいた。
しばらくすると、また着信があった。
今度は、知らない番号からだ。恐る恐る出ると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「もしもし、風馬君?」
「ナツミさん?どうしたんですか」
「ちょっと困ったことになって。今、風馬君のアパートの前に居るの。匿ってくれないかな」
「え?」
「お願い」
「わ、分かりました。すぐ行きます」
「ありがと」
電話を切ると、急いで服を着て、部屋を出た。
玄関を開けると、物陰に隠れるように、彼女がしゃがみこんでいた。
「すみません、遅くなりました。何があったんですか」
「ごめんね。しつこい記者がいて・・・捲いたと思うんだけど・・・怖いの。お願い、風馬君。一緒に居て」
彼女は震えていた。
そんな彼女を見ていると、抱きしめずにはいられなかった。
「大丈夫ですよ。僕がついています」
「うん」
彼女を部屋に招き入れると、安心したのか、急に眠気が襲ってきたようだ。
「少し、休みましょうか」
「うん・・・」
ナツミさんをベッドに寝かせ、布団をかける。
ベットの脇に彼女のヌード写真集があるのに気づき、慌てて本棚の奥に押し込んだ。
「風馬くん・・・」
振り向くと、ナツミさんが目を覚ましていた。
「はい?」
「・・・シャワー浴びても良い?」
彼女は顔を赤らめている。
「もちろん」
「覗かないでね」
「・・努力します」
「そこは断言してほしいなぁ」
彼女はふふっと笑いながら浴室に入っていった。
それからしばらくして、彼女は風呂から上がってきた。
「お待たせ」
「お帰りなさい」
「なんか変な感じだね」
「そうですね。けど、ナツミさん・・・その恰好は目のやり場に困ります」
彼女はバスタオル一枚しか身に着けていなかった。
「え?だって、撮影とかで見慣れてるでしょ?あっちの方が露出多いよ?」
「それはそうですが・・・」
正直なところ、撮影で見るより扇情的だと思った。
特に、透き通るような白い肌や、大きく実った胸の谷間が目に毒である。
「あ、良かったら写真撮る?風馬君にだけ特別だよ?」
「結構です」
「遠慮しないで良いんだよ?ほらっ、もっと近くに寄って」
そう言って俺の腕を取り、自分の胸を押し付けてきた。
柔らかい感触にドキッとする。
「ちょ、ちょっと!」
「ふふっ、顔真っ赤だね。可愛い」
ナツミさんにしては珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべる。
(それも・・・演技なんですか?)
俺は思わずそう問いかけそうになったが、ぐっと堪えた。
「そろそろ服着てください。風邪ひきますよ」
「はーい」
彼女が服を着ると、俺はホッとした。
「やはり写真で見るのとは全然違いますね」
つい感想を漏らすと、ナツミさんがジト目になった。
俺はそのまま話を続ける。
「例えば・・・」
彼女の手を取ると、ビクッとして引っ込めようとするが、逃がさない。
「この指先も、唇の柔らかさも、今は俺だけが知っているんですよね」
そう耳元で囁くと、彼女は先程とは打って変わり、頬を赤く染めた。
「風馬君、ちょっと、近い」
「すみません」
パッと手を離す。
「じゃ、俺も浴びてきますね。今夜は寝かせませんよ」
冗談っぽく言うと、ナツミさんはクスリと笑って言った。
「いいよ。風馬君なら」
「え!?いや、でも・・・」
「あはは、嘘だよ。風馬君がそんな事する人じゃないのは知ってるもの」
「ナツミさん・・・」
「いつものお返し。もしかして本気にした?」
彼女はまた意地悪そうな笑顔を見せた。
「いえ、別に」
「またまたぁ、照れちゃって」
「うるさいですよ」
「はい、ごめんなさーい」
こうして夜が更けていった。[newpage]
「風馬くーんっ。今夜遊ぼうよーっ」
最近、後輩の椎名ちゃんと風馬君の仲が良いらしい。
というのも、椎名ちゃんがストーカー被害に遭った際、風魔君が助けてくれたからだそうだ。
椎名カミルちゃんは今人気絶頂のアイドルだが、少々短絡的なところがある。
今回も、ファンレターに『殺す』という脅迫文が入っていたらしく、事務所側が護衛をつけることになったのだ。
そんな事情もあり、風馬君は彼女とよく一緒に居ることが多い。
(うぅ・・今日一度も風馬君と話せてない・・・・)
モヤモヤした気持ちを抱えながら仕事に向かうと、風馬君が話しかけてきた。
「おはようございます」
「お、おはよう!風馬君っ」
「どうかしましたか?」
「い、いやぁ、なんでもないよ。元気かなって思って」
私は誤魔化したつもりだったけど、彼は何か察したようだった。
「もしかして、俺が椎名さんといるのってやっぱりマズいですかね?」
彼女はアイドルだ。付き合っているという噂が流れればまずいことになるだろう。
「そうだね・・・仕事中は置いておいても、プライベートで二人っきりになるのはあまり良くないかもね」
「えっ、なんで俺が椎名さんと二人っきりになってるって知ってるんですか?まさか・・・見てました?」
「まさか。カマをかけてみただけだよ」
「そ、そうなんですね。よかった・・・」
良かったって、そんなにやましいことでもしていたのかしら。
「まぁ、私みたいな顔の売れていない女優より、可愛い椎名ちゃんと一緒に居る方が楽しいよね。あ、もしかして、私が邪魔しに来たと思った?」
「いえ、そういうわけでは・・・」
「ふふん、心配しないで。私だって大人なんだから。それに、もうすぐ引退だしね」
私はそう言って微笑んだ。
「ナツミさん・・・ちょっと来てください」
風馬君が真剣な表情をしている。
一体どうしたというのだろうか。
連れてこられたのは彼のオフィス。
(そういえば初めて入るかも)
今までも何度か誘われたことはあったが、全部断っていた。
理由は簡単。ただでさえ忙しいのに、彼の負担にはなりたくなかったからだ。
だから、今日も当然断るつもりでいた。
けれど―――
何故か気付けば首を縦に振っていて、今に至る。
彼に言われるがままソファに座ると、突然押し倒された。
そして両手を頭の上で固定され、身動きが取れなくなる。
風馬くんは私の手首をしっかりと掴むと、そのまま顔を近づけてきた。
キスされると思いきゅっと目を瞑るが、いつまで経っても唇に触れる感触はない。
(あれ、おかしいぞ?)
恐る恐る目を開けると、目の前に風馬の顔があった。
驚いて反射的に離れようとするが、ガッチリと押さえつけられていて動けない。
そのまましばらく見つめ合うと、風馬はゆっくりと口を開けた。
「その服じゃ暑いでしょう?今日の撮影に似合う服に、俺が着替えさせてあげますよ」
彼が何を言っているのか理解できなかった。
「えっ、どういうこと?」
すると、彼はニヤリと笑った。
「こうするんですよ」
次の瞬間、彼はブラウスのボタンを外し始めた。
「ちょっ!?何してんの!」
必死に抵抗するが、やはりビクともしない。
あっという間に前が開かれてしまった。
慌てて隠そうとするが時すでに遅く、風馬くんの手はスカートへと伸びていた。
「待って!お願い!!」
しかし風馬くんはむしろ嬉々として言う。
「大丈夫ですよ。優しくしますから」
私は涙を流しながら懇願するが、風馬くんが止まる気配はなかった。
「あなたがいけないんですよ。あんな事を言うから」
「ふぇ・・・?」
「俺は貴女が考えてるよりずっとずっと危ない男だ。本当はあなたのことを誰にも渡したくないくらいなのに」
風馬君は独り言のように呟く。
「でも、それをしたら嫌われてしまうかもしれない。だから我慢してたのに・・・」
「うぅっ・・・」
「泣かないでください。悪いのは全て俺ですから」
(違う。私が悪かったんだ)
「ごめんなさい・・・」
(謝らなくちゃ)
彼は穏やかに笑いながら、私の体を指先だけでなぞっていく。
「ひゃっ・・・んぅ・・・」
「おや。これは下着まで替えなくてはいけなくなるかもしれませんね」
「そ、それはダメ・・・許して・・・」
「なら、大人しくしていて下さいね?」
私は涙を浮かべながら小さくコクッと首肯した。それからしばらくの間、部屋の中には私の甘い声だけが響いていたのだった。
[newpage](既成事実を作るしかないのかしら)
あの日の出来事がウソのように、彼はいつも通り接してくる。
(これじゃあまるで何も無かったみたいじゃない・・・)
正直、少し期待していた部分もあっただけにショックが大きい。
風馬君が私のことを好いてくれているのは、たぶん確かだと思うの。
(なのに、どうして一線を越えようとはしないのかしら・・・)
「ねぇ、風馬君。ちょっといいかな?」
「なんですか?」
「最近、仕事頑張ってるよね。何かあったの?」
「えっと・・・まぁ、はい」
歯切れが悪い返事。どうやらあまり話したく無いようだ。
「そっか。言いづらいなら無理には聞かないよ。でもね、これだけは覚えておいて。私はどんな風馬君でも応援しているからね」
「・・・ありがとうございます」
彼はどこか照れ臭そうに言った。
「うん♪」
(やっぱり可愛いなぁ)
アイドルの恋愛はご法度である。
とくに接点の多い男性スタッフには気を付けねばならない。
彼らの中にはそういう関係目当ての者も少なくないなか、風馬君は至って真面目な硬派な人だ。
そんな彼の視線は今、私の胸元に向けられている。
私が自分の胸元に視線を落とすと、谷間がくっきりと浮かび上がっていた。
「あー、もう・・・最悪・・」
今日は朝から雨でジメジメとしていたせいでブラが蒸れて、シャツが透けてしまっていたのだ。
私は顔を真っ赤にしながら彼に背を向ける。
「す、すみません・・・」
「別に風馬君の事を言ってるんじゃないよ。ただ、こんな格好をしてる自分が恥ずかしくてさ」
「いえ、その・・・」
風馬君は申し訳なさそうに俯いている。
「大丈夫だよ。ちゃんと気を付けてれば問題ないから」
(いや、待って。もしかしたらこれって逆にチャンスかも)
今はまだ昼過ぎだし、これから撮影が始まるまでには時間がある。
この機会を逃せば、次はいつになるのか分からない。
(よしっ!)
覚悟を決めた私は、思い切って聞いてみる事にした。
「ねぇ、風馬君」
「はい?」
「私とキスしたいとか思ったりしない?」
「えっ!?」
突然の質問に驚いたのか、彼は目を丸くする。
「その、風馬君が嫌じゃなければだけど・・・」
「・・・嫌ではないですけど、急ですね」
「実はさっきからずっと見られてるような気がして。気のせいかもしれないんだけど、なんだかさっきよりも強くなってるっていうか」
「それって、俺とキスしたらますます酷くなるんじゃないですか?」
「あ、そっか・・・う~ん」
「・・分かった。やってみよう」
すると彼は立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
そして私の両肩に手を置く。
「じっとしててくださいね」
「う、うん」
心臓の鼓動が早くなる。
「本当に良いんですか?」
「うん。だって風馬君、辛そうだから」
「俺が?」
「私、あなたを助けたい。あなたを幸せにしたいの」
「・・・参ったな」
彼は困ったように頭を掻く。
「完全にプロポーズですよ、それ」
「えっ!?」
今度は私が驚く番だった。
「いや、だってそうでしょう?俺のために自分を犠牲にしても良いなんて言う人は普通居ませんよ」
「そ、そうなんだ・・・」
「貴女はもっと自分を大事にした方が良い」
「うん・・・ごめんなさい」
「謝らないでください。俺は嬉しいんですよ。貴女の気持ちが聞けて。だから、ありがとうございます。こんな俺なんかのことを好きになってくれて」
「それはこっちのセリフだよ」
私はそっと目を閉じる。
「大好き。風馬君」
「俺も好きです。ナツミさん」
彼の唇が私のそれと重なる。
「・・・ふぅ」
「お疲れ様でした。今日の撮影はこれで終了です」
「・・・・えっ?」
突然現れた撮影クルーに、彼は目をパチクリさせている。
「えっと、これはいったいどういうことですか?」
「ごめんね。実はこれ、私の番組の撮影で・・・・元アイドルの恋愛事情ってテーマだったから、ついノリで撮影しちゃって」
「いや、でも、さすがにマズイんじゃ・・・」
「大丈夫よ。風馬君にはモザイクかけるもの」
「そういう問題じゃないと思うんですけど・・・」
「そうよね・・・既成事実作っちゃったものね」
「はい?」
「なんでもないわ。それより、今日はもう仕事終わりなんでしょ?」
「えぇ、まぁ・・・」
「じゃあさ、この後ご飯食べに行かない?もちろん二人きりで♪」
「えっと、はい。え?さっきの、演技だったんですよね?」
私はふり返って、カメラマンに合図を送る。
すると、彼は親指を立てて微笑んでいた。
「もちろんちょっとだけオーバーだったけど、嘘はついてないから。それに、私にとっては本気の告白でもあったんだよ。覚悟してね、これから私がどれだけ本気なのか、あなたに分からせてあげる」
私は風馬君の耳元に顔を近づける。
「愛しているよ、風馬君」
END

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