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しきから聞いた話 161 山城の雲

「山城の雲」


 青々と広がる田んぼの向こうに、ぽつんとひとつ小高い山がある。

 かつて山城が築かれ、今でも土塁などが残っているが、もともと北東へ続いていた丘陵が大きく削られ、平地として開かれたため、城址の山だけが、ぽつんと残される形となった。

 田んぼの中の道を、午後三時過ぎに歩く。
 盆前の、よく晴れた、暑い暑い陽射し。
 用向きはあの山のふもとだが、そろそろまた、山の上、城址にも行く時節が近い。毎年の、盆に呼ばれるのだ。

 遠目に、城はあの辺りかと見ながら歩いていると、山の向こう側から急に、灰色の濃い雲が、むくむくと湧いて出てきた。

「雨、降らすぞ、よいか、よいか」

 遠くから、ぴんと張った細い糸のように、声が届く。
 答えずにただ、そちらに向けて歩き続けていると、再び声が届く。

「来る時節か、早ないか、もう盆か」

 今日は、上には行かないよ。ふもとの宮さまの用向きだ。

「ご苦労なことだ。雨、降らしてよいか」

 もちろんだ。皆、暑かろう。

 答えのかわりに、ごろごろと雷が鳴った。

 あの山に築かれた山城には、かつて、屈強な者達が集い、小国を守っていた。
 土地を守り、ひとを守り、祖霊を守っていた。
 けれど戦いの時代、大国に攻められ、城は落ち、もののふ達は全滅した。

 それでも、土地は動かない。
 ひとは、続く。
 そして、祖霊を祀る。

 全滅の戦は、猛暑のさなかだったそうだ。
 皆、水を欲しながら、息絶えていった。

「雨、降らすぞ、よいか、よいか」

 盆にまた、来るよ。
 そのときも、きっと、雨を頼むよ。


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