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デザートへの道

生野菜を噛んだ際、わずかに残る水分が苦手でサラダはあまり作らない。おそらく食べ方が下手なのだろう。野菜はもっぱら焼く煮る炒める。
一方でキャベツの成分、耳馴染みのある「キャベジン」は加熱すると姿を消してしまうとのこと。胃粘膜を労るために何とか生の状態でキャベツを摂取せねばという使命感がむくむくと沸き起こってきた。

そこで件の無計画調理に取り組む。スムージー作りを試みたのだ。
“キャベツのスムージー”と検索して出てくるレシピは数少ないが、そんな中で見つけてしまった組み合わせが「キャベツ×グレープフルーツ」。
ふだん口コミを100%頼りにすることはあまりないのだが、こういう場合に限って数少ないレビューを過信してしまう。すっきりして美味しかったです!さっぱりしていました!

道場六三郎モデルと銘打ったお値打ちのフードプロセッサーで、精神統一がてら具材を粉砕する。途中、刃を替えて滑らかさの演出に苦心。
キャベツの緑と冷蔵庫に待機していたピンクグレープフルーツの融合は結果として、幼い頃に見た田園の足元と同じ色に落ち着いた。要するに茶色である。
あまりに味の想像がつかないので、小匙で確かめた。
目の覚めるような苦味、食感はいわゆる雑草そのものだ。

ここでようやく危機感を覚え、大急ぎでバナナを投げ入れたものの時すでに遅し。状況は悪化し、衝撃度が和らぐことはなかった。
たしかにすっきりでさっぱりで、脳天を何かが突き抜けるような味。

学んだのは、生キャベツは大人しくサラダもしくは千切りにして粛々と食すべし、ということであった。
今回のスムージーには、家族のデザートとしての出番は遠慮してもらうこととした。


デザートは作り手のセンス露出度が激しいため、かなりの自信作でないと人目にはさらせない。
銀座「Air(エール)」で出会ったスペシャリテは、いまだに時折眺めたくなる。ワイングラスに当日の意欲作が詰め込まれているのだ。
風味豊かなソルベやつるんとしたゼリー、香り高いディルや食べられる花をパリパリした薄いサブレで閉じる。蝶が静かにとまり、こちらがスプーンを向けるのを待っている。
自然をモチーフとしていても、決して幼少期の稲刈り後のような光景は広がらないのだ。

盛り付けの独創性から自身の創作欲が鼓舞されつつも、行き着くのは向こうみずな実験料理。
さあ、気を確かにして安心安全ないつものサツマイモパンケーキを作ろう。

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