もやもやについて考える
こんにちは。
神奈備 鈴です。
突然ですが、、
日常生活の中で気分がもやもやしたり、頭の中がもやもやすることってありませんか?
つい数年前までの私は、好きに囲まれて、好きなことをしてるけど何故か満たされない状態でずっともやもやしていました。
もちろん未だに、もやもやすることはたくさんあります。
しかし、もやもやとの付き合い方を知ることで私自身に多くの変化が現れたので、今日はもやもやについて書いていこうと思います。
謎のもやもや
結婚して15年ほど経つのですが、母そして妻として、育児と家事に全エネルギーを注いでいました。終わりのない家事、子育てのプレッシャー、仕事…と常に忙しい状況で自分のことなんて気にかける余裕もなく二の次と後回しにしていました。それでもたまには自分へのご褒美にと、ネイルや買い物、外食なんかをセルフケアと勘違いし、ただ気晴らしをして、もやもやを誤魔化していました。
そんな生活が続くと、幸せなはずなのに幸せに不安を感じたり、突然涙が出て悲しくなったり、小さなことにずっとイライラしたり、何故かもやもやする頻度がどんどんと増えていき、それでもその度に何事もなかったフリをして我慢し続けていました。
それから間もなくして、夫の転勤で日本からワシントンD.C.に引っ越すことになり、私は新天地での生活に慣れることに必死で、もやもやしてるけど、どうしていいのか分からず、ただただ辛くてよく泣いていました。そんな、私を見かねた夫の勧めで、心理カウンセリング・セラピーに通うことになりました。
セラピーに通いながら自分でもできることはないかと模索して、先ず始めたのが以前から興味のあったマインドフルネス瞑想と内観でした。
瞑想と内観
マインドフルネス瞑想は、今この瞬間に意識を集中し、もやもやする過去の失敗や未来の不安を感じている自分に気づき、気づいたらまた今この瞬間に戻ってくるという瞑想法です。瞑想を継続することで、心の落ち着きや集中力が高まり、自分自身を客観的に観察することができるようになります。
マインドフルネス瞑想に慣れてきたら、続けて内観していきました。
内観とは、元々仏教用語で精神を集中し、自己の中にある真理や己を知るための修行法だそうです。自己の内側を見つめ、自身をよく観察し、自分の内側に意識を向け、普段使っている顕在意識、もやもやした感情や思考のその奥にある、潜在的な本音や信念、欲求、囚われがないかなどを深堀していきます。
正解のない子育てが不安
家事育児の弱音を吐くのはみっともない
夫に養ってもらっている私は人として価値がない
私から妻・お母さんを取り除いたら空っぽ
夫に捨てられたらどうしよう
この先の夢や目標がわからない
どんどん出てくる。
内観を始めた当時の日記に書き出していたもやもやの一部です。
もやもやの正体
もやもやの正体は、心にあるわだかまりや囚われ、観念、抑圧された感情または本音が隠れることによって生まれる心の乱れのことです。
内観を深める
ここからさらに、内観を深めていきます。
「正解のない子育てが不安」の奥に隠れていた本音として出てきたのが「失敗に対する恐怖」でした。
この失敗に対する恐怖を更に内観していくと、さらにその奥には「完璧主義で小さなミスすら許さない自分」そして、「心配性で失敗やミスを極端に恐れている自分」が見えてきました。
もやもやと向き合うことで、自分中にある完璧主義で心配性な囚われや観念を知ることができたので、問題を具体的に認識でき、改善の必要があれば軌道修正していく行動に移していきます。
また「正解のない子育ての不安」のもやもやを再度感じても、ありのまま今この瞬間をただ達観し、ジャッジせず、本来の自分をありのまま受け入れることで、自分自身との関係性のがより良くなるので、結果的に精神的にも肉体的にも更に健康になる第一歩だと私は実感しています。
まとめ
今では、もやもやは自分と向き合うためのシグナルとポジティブに受け止められるようにもなり、瞑想や内観を通して、もやもやした感情や思考との付き合い方ががらりと変わることで、もやもやを誤魔化す必要がなくなり、本来の自己と繋がることで、私自身ようやく心から満たされた生活を現在送ることができるようになりました。幸せはすぐそこにあるに気づけたことに感謝するばかりです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
あなたを愛しています。
神奈備 鈴
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