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幸先(さいさき)

 幸先がいい。レインボーブリッジの向こうに富士山が見える。人差し指で上底を測ってみる。そういえば昔、変な男の子がいたな。

「東京から3センチだろ。円周率かけて9.54センチだろ。そこを2時間で歩けるなんて、おかしくないか?」

 ドアが開いた。国際線ビル駅だ。明らかにハワイ帰りの親子が乗ってくる。母親は要領よく席を見つけ、父親と娘は私の隣に立った。

「富士山か。そういえば昔、お鉢巡りをしたな」
「頂上一周ね。1日で回れるの?」

 まさか…。私はサングラスをかけた。

「そんなにかからないよ。2時間くらいかな」
「本当? なんか信じられないなぁ。もっとかかりそうなのに」

 夢を見ているのだろうか。

「ハハハ。そんなもんさ」

 ドアが開いた。第一ビル駅だ。親子は降りていく。どこに住んでいるんだろう。背中を見送る。元気でね。

 私は次の第二ビル駅で降りて、鹿児島に飛ぶ。そこでは新居と主人と桜島が待っている。あちらは煙を吐いている。