個性1_4

いつか許せる日のために(1分で読める連載小説・3/8)

【前回までのあらすじ】40年前に蒸発した義父が危篤状態であるとの連絡が入り、葛藤の末、義母と夫と私の3人で緊急病院へ行くことになった。

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 国道17号は休日のわりに混んでいる。息苦しい沈黙を避けるようにつけたラジオから、昔懐かしい昭和の歌が流れている。しかし、サビにさしかかったところで夫が周波数を変える。

 次に流れてきたのは固めの報道番組で、憲法に「家族は、互いに助け合わなければならない」という文言を入れることの是非を論じている。法律を勉強したことのない私は、その是非について語ることはできない。ただ、そういう文言を自然に書いてしまえる人や、それをごく普通に受け止めることのできる人達は、きっとこれまで家族に恵まれてきたのだろうと思う。夫はまた周波数を変える。

 この夫に一度だけ、義父のことをどう思っているのか尋ねたことがある。すると「そもそも記憶がない」というそっけない答えが返ってきた。

 けれど私は知っている。夫が私と手を繋いで歩いている時、とびきり嬉しい気持ちになると、手を繋いでいる方の手を大きく前後に揺らすだけでなく、手を繋いでいないもう片方の手も同様に大きく揺らして軽くスキップすることを。それはまるで、小さな子供が右手を父親と繋ぎ、左手を母親と繋ぎ、飛び跳ねながら両手を大きく揺らす仕草のようだ。

 ひょっとすると遙か昔、夫はそんな風に両親と手を繋いで歩いたことがあるのかもしれない。そして、その時の嬉しかった記憶が、意識の中にではなく、手を繋いだ時の仕草の中に息を潜めて隠れているのかもしれない。そして今でもとびきり嬉しい気持ちになると、それがひょっこりと顔を出すのかもしれない。

(来週の土曜日に続く)

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昨年さいたま市のコンクールで入選した作品です。「さいたま市民文芸・第15号」というローカルな本にひっそりと掲載されています。さいたま市の職員の承諾をいただいて、こちらでも発表することにしました。8回で完結します。毎週土曜日にアップする予定です。固い内容です。マガジン(無料)では、これまでアップした全ての回をまとめてご覧になることができます。