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がんでも健康に生きるために

2021年6月に母は肺がんで亡くなりました。そこから私の中には、”母のこと””がんのこと”がず〜っとあります。何か思い出したり、考えたり、ふっと何かの感情が出てきたりします。もう半年以上経って、落ち着いてはきましたが、でも、きっと私が死ぬまで、何かしら考えたり、思ったり、感情が出てきたりするだろうと思います。
忘れることはないだろうと思います。なので、そのことについてお話していければと思います。

健康ってなんだろう?

私は15年看護師をしています。健康に携わっているというより、ご病気の方に関わっています。病院も訪問でも、ご病気や怪我をされた人が来られるし、そういう方々に関わります。
(もちろん健康な方に関わる看護師さんもいます。健康診断やヘルスケア企業で働かれている方、役所にお勤めの方、でも多くは、病院・訪問・施設が勤務場所という方が多いと思います。)

ですので、今までは、健康=病気がない、不健康=病気がある、とってもざっくり言うと、こうです。私の母も看護師をしていたので、だいたい同じイメージだと思います。なので、肺がんの告知を受けた時、最初から骨・脳への転移もあったので、痛みが出てからの受診でしたから、そこから、健康ではなくなったと思います。というか、お互いそう感じていました。
私は12歳の柴犬(大吉と言います)と生活していますが、よく母は「この子を看取るまで健康でいないとね」と言っていました。今も大吉と一緒にいてくれていると思います。

母が亡くなってから、がん関連の本をたっくさん読みました。今も読んでいます。それは看護師としてというより、娘として。だから解剖生理・病理学的・疾患の看護という本ではなく、がんと診断されてからのご経験談だったり、代替え療法と3大治療法を併用されている医師だったり、海外の癌治療を調べられているジャーナリストの書かれている本だったりです。海外のがん罹患のデータやOTAレポートの和訳もよみました。

共通しているものがあると気づきました。著者によって、表現はいろいろですが、「こころを整えることの大切さ、そこが根底にある、土台である」と書かれています。
また「癌細胞は1日5000個ほど発生しては、自分の免疫機能で自然死へ導かれている」生活している上での社会毒(ここではあまり書きませんが農薬など)の影響を受けているけど、それを「癌細胞化して、排出してくれようとしている人の体の機能」を知りました。
ということは、常に”がん”とともに私は生きているのかな?と、人の体は必要なことのみしますから、病気がある、つまり癌細胞が1日5000個もできている、ことは必要で起こっていること。では、「健康とは=病気がない状態」ではないのかもしれない、と思うようになりました。だって、こうやってnote書いている時も、仕事している時も、寝ている時も、何をしていても、がん細胞が出来ては消え、出来ては消え、しているのでしょう。
では逆に「健康とは=病気がある状態?、病気とともに生きる?」う〜ん、近からず遠からずな感じです。

母のことを思い出しながら、考えてみました。

母の治療は、最初から私と話し合い、担当医の話も聞き、抗癌剤の経口のみの選択をしました。1年未満で転移が広がるなどあり、担当医からもう一度、点滴の抗癌剤治療を勧められましたが、様々な理由からしませんでした。(この治療を推奨しているわけではなく、理由は別で書いていこうと思います)在宅で最後まで生活することを決めました。いつもいるリビングにギャッジアップできるベッドを置き、そこが生活のメインスペースでした。そこで、ふっと「さちえがちゃんと生活できるようになっているから安心だよ」「こうやって生活できていて幸せ」そんなことを、ぽろっと言う時がありました。こっぱずかしい感じもしますが、そんなことをお互い言える情景を思い出し、幸せだな、って思えました。がんにならなければ、お互い、そんなこと言うことはなかったと思います。私も母もそんな事いうタイプではなくて。
もしかして、

幸せと思えること・感じることが、健康な状態かな。

そんな風に最近思うのです。

がんでも健康に生きるために

いろいろnoteで発信してきましたが、私もっと正直になろうと思って、もっと伝えたいことがあるんじゃないかと思って、死ぬまでに何ができたらいいんだろうと思って、そして、母や自分の経験を通してず〜っと考えていました。

がんでも幸せに健康に生きるために

ここをお伝えできればいいのかな、いろんな人と考えていきたいな、それぞれの答えでがでればいいのかな、と思ったのです。なのでnoteもStandFMも方向転換です。
長い文章となってしまいました。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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