見出し画像

起こったことに不満を抱くな【超訳】自省録15日目

・今日の超訳

人間には、人間的でない出来事など起こりえない。そして、人間はその出来事に耐えられるように創られている。自らに起こりえた出来事に不満を抱くな。

・引用原文(第8巻46章より)

人間には、人間的でない出来事は起こりえない。牡牛には、牡牛にとって自然でない出来事は起こりえない。葡萄の樹には、葡萄の自然でない出来事は起こりえない。また、石にも、石特有でないことは起こりえない。かように、もし各々のものにおきまりの自然なことのみ起こるのならば、なぜ君は不満をいだくのか。宇宙の自然は君に耐えられぬようなものは、なにももたらさなかったではないか。」岩波文庫 神谷美恵子訳 自省録より

・ちょこっと解説

・本書注釈にもあるが、「宇宙の自然は君に耐えられぬようなものは、なにももたらさなかったではないか」とは、エピクテートスの「語録」という書に出てくる、「理性的な動物にとって唯一耐えられないのは、非理性的なことである。理にかなったことは耐えられる」という思想を基に、述べられている。

・宇宙の自然という母体より、生じたのが人間であるというのが、マルクス・アウレリウスの一貫した考え方である。つまり、宇宙の自然によりもたらされた、人間に起こることは等しく、宇宙の自然に対して起こるものと同じであるともいえる。それならば、「なぜ人は死ぬのか」とか、「なぜ戦争が起こるのか」とか「なぜ貧富の差が生まれるのか」とか。そういった話は、ある種宇宙の理により、生じた事象なのである。これに対して不満を抱くことは、人間の根源そのものに不満を抱くことになるのだ。

・だから、戦争をしていいとか、貧富の差があっていいという話ではない。言いたいことは、人間が人間である以上、それは起こりえてしまう事なのである。戦争がないのがベストである。が、それは自然の理に反する。しかし、戦争は何に越したことはない。故に戦争が起こってしまったとしても、被害が最小限度に抑えられる方法、ベターな選択肢を模索する必要があるということ言いたいのだ。だから、小生らにできることは、「良い悪い。満足不満足という価値観を越え、事実を事実としてとらえ、宇宙の自然(=人間等)のために、己が領分を全うする」ことなのだ。

・もう一つ、ここでいう「出来事に耐えられる」というのは、決して個人の死ではないと言ことを明言しておきたい。宇宙の自然(宇宙の理)において、総体としての人間が耐えられるという意味であると小生は解釈をする。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!楽しんでいただけたら幸いです。また、小生の記事は全て投げ銭形式になっています。お気に入り記事がありましたら、是非よろしくお願いします。サポートやスキも、とても励みになります。応援よろしくお願いいたします!