あぁしまった、これ「負けないといけない話」だ
でもさぁ、と女の子が言った。でもさぁ、私の顔にあるこれはそばかすじゃなくてシミなんだよね。
私は「僕はすっごく素敵だと思うけどな」と本心を言いながら、心のなかであぁこれは「負けないと話だ」だなと瞬時に理解した。
この世には、こちらが正しくても相手を言い負かしてはいけない「負けないといけない話」が存在する。特に恋愛関係に発展しそうな微妙な2人の場合、この見極めを間違えると修正不可能な亀裂が走る。
最初に「負けないといけない話」の存在に気がついたのは18歳のときだった。恋仲になりたい女の子と数名で大学の食堂でご飯を食べていたら、その子がなにかの話の流れでこういったのだ。
「でもさぁ、年端もいかない女の子のアイドルを追いかけている男の人ってやっぱりちょっとじゃない?」
当時は(今では信じられないことに)いわゆるオタクと言われた人たちにきつく当たっても良いという風潮の全盛期で、この女の子に限らず多くの人が似た態度だった。女の子は続ける。「しかも特定のグループだったらまだしもアイドル全般が好きなのはちょっとなと思う」
実はその女の子も、彼女の言うところの“年端もいかない男の子アイドル”のかなりコアなファンであり、更にいうと10代の男性アイドル全般のファンだった。わたしはやんわりと、とてもやんわりとそのことについて聞いてみた。
すると彼女は当然のように「いや、私達は普段も彼らのライブに行くときも身奇麗にしているからいいのよ」と言った。
そのときに、あっ、と思ったのだ。これは理屈じゃない。「年端もいかない女の子を応援する行為に対する嫌悪感」がいつの間にか「清潔感の問題」にすり替わっていたのだ。この話はどこまでいっても女の子が勝つのだ。自覚の有無に関係なく、彼女は自身の主張を曲げる気が一切ないのだ。
当然のことながら、私は彼女にちょぴっと嫌われた。それはそうだ。私は反論を一切せず、指摘せず、ただ「そうだよね」と言わないといけなかったのだ。
それが「負けないといけない話」との出会いだった。
「負けないといけない話」の存在を知ると、定期的にその場面に出くわすことに気がついた。たとえば3年前に恋仲になりたい女の子と映画を観に行った。それは比較的小さな子どもを中心に老若男女に人気のCGアニメーション作品だった。
映画を見る前に、その作品の人気の秘密を女の子に聞いたとき、彼女は「緻密に練り上げられたトリックと心理戦が凝っていて魅力的なの」と語っていた。私は子どもを中心に老若男女に親しまれる類の作品の魅力は性質として緻密さよりも最大公約数的な面白さだと感じていたし、その作品に関しては(真剣に観たことはなかったが)キャラクターとその関係性だと感じていた。
実際に映画を観終わったあとに彼女が面白かったと興奮していたシーンはすべてキャラクターのかっこいいシーンだった。
私は彼女に気づかれないギリギリのところを狙って、「この作品の人気はキャラクターがいいのも結構おおきいのかな」と言うと、ちがう、緻密なトリックと心理戦がいいのよ。と当然返ってきた。彼女は折れる気がないのだ。そうだね、と私は相槌を打った。
そんなことが何度もあったから、私は近ごろ恋仲になりたい女の子が自分の顔のそばかすについて話してきたとき、瞬時にこれは負けないといけない話だと気がついた。
気がついたのだけれど、でもその女の子のそばかすがあまりに魅力的だったから思わず本心を言ってしまったのだ。彼女は、でも私の顔にあるこれはそばかすじゃなくてシミなんだよねと言い、私は、僕はそれが何であれすごく素敵だと思うけどなと言った。
彼女は、じゃあここにある大きなシミは?と聞き、私は、それがシミかどうかはわからないけどすごく素敵だと思う。と本心を言った。それが間違いだった。
「じゃあさ!」と彼女が言った。「もしこれがもっともっと大きくて体中にたくさんあっても素敵だと思うの。もし色が緑だったら? そしてそれがお腹にも背中にもたくさんあったら? というか頭のてっぺんからつま先まで全身緑色のシミのみで構成された人間でも素敵だと思う?」
私は自分のとんでもない失敗に気がついた。しまった、これは単なる負けないといけない話じゃない。これはもっと根深い「コンプレックス」の話だ。コンプレックスの話はその人の根幹に関わる話だからより繊細な対応が必要なのだ。
前者は相手の論理的矛盾を指摘しないことで関係を維持する技術が大切で、後者は相手の感情に寄り添い、共感することで信頼関係を築かないといけない。
ーーなんのことはない、私は最初から負けていたのだ。つらい。
たださぁ、絶対に本人には言わないけど、全身が緑色のシミのみで構成された人はただの緑色の人間だと思うよ。シミ・そばかす問題とは無縁だと思うよ。
あれ、だけど違うのかな。緑色の彼女ももしかしたら黒いそばかすで悩んだりするのかもしれない。もしいつか僕が緑色人間の世界に迷い込んだら、絶対に同じ鉄は踏まないようにしよう。
そんなことを思っていたら、彼女が「というか頭のてっぺんからつま先まで全身緑色のシミのみで構成された人間って何?」とつぶやいた。しらんがな、と私は思った。
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