アクセサリーケースの中の第二ボタン ss
高校生の時から使っているお気に入りの四角いアクセサリーケースを開くと、今日買ってきた小さなイヤーカフを真ん中に置いた。二十一歳の誕生日に自分で買った誕生日プレゼントだ。大小二つで一組のそれは、大きな方がゴールド、小さい方がシルバーで、まるで太陽と月のように思えた。
ケースの中には、ネックレスが一本、誕生石の小さいルビーがついた指輪が一つあるだけだった。
大学生になると、誕生日のプレゼントは彼氏なるものが買ってくれるようになるが、今のところそういう人はいない。付け加えるなら、過去にもいたことがない。私は特にその事実について何とも思っていない。
大学に入学してから、毎年誕生日には自分でアクセサリーを買っている。これで三度目だ。
初めて買ったのは指輪だった。指輪にすることは決めていたが、いざショップに入ると、どれも魅力的で目移りしたのを覚えている。ショーケースに鼻がつきそうなほど顔を近づけて見ていた姿を想像すると、今でも赤面してしまう。
これまで、ショッピングセンターの雑貨屋で、剥き出しに釣られているアクセサリーを買ったことはあるが、宝石店での買い物は初めてだった。
そんな田舎者丸出しの私に、いかにも都会のリア充といった綺麗な女性が、
「気になるものがあればお出ししますので、おっしゃってください」
と、言ってくれたが、そんな丁寧で接客の基本中の基本のセリフでさえ、小さな田舎者を嘲笑っているかのように思えて萎縮した。
デザインの好みはもちろんあるが、
(問題は値段だ)
百貨店の一階にあるアクセサリーのエリアには二種類の売場がある。フロアの中に更にガラス張りに仕切られた、私でも知っている有名ブランドの売場と、ショーケースを並べて、背後の柱にブランド名を掲げている平場だ。
(田舎者かつ)小市民の私は、当然平場一択だ。それでも予算内で買えるのは、そのまたごく一部に限られる。
百貨店の値札は、上品に小さなタグに書かれている。当然のように目に留まるものは悉く予算オーバーだ。想定の範囲内とはいえ、指輪と値札を交互に見ているうちに、ショーケースにへばりつく格好になってしまっていた。
入学して直ぐに始めたアルバイトも、やっと2回目の給料日があったばかりで、その全額を投入しても数万円。他にも洋服なども揃えたかったので、予算は半分以下には抑えたいところだ。
ショーケースをグルリと一周して、選択肢が思いのほか少ないことに少し沈んだ。意気揚々と家を出た時の自分は過去の人となっていた。さっきの綺麗なお姉さんも、既に私の事を視界に入れていない様子だ。
一つの指輪の前で思案している。小さいワインレッドのそれは、控え目だがしっかりとした存在感でアピールしているようだ。誕生石という贔屓目もあるかもしれないが、どこか同族の波長を感じる。目立たないがキラリと光るものがある・・・・・・
そうありたいという願望かもしれないが、この指輪との出会いは運命のようにも感じ、洋服を一着諦めることにした。
すみません。と店員にかける声が掠れて動揺する。
先程のリア充女子が振り向くと、別の人が良かったと思いつつ、
「あのーこの指輪見せてもらっていいですか」
かなり思い切って指輪を指した。
「これ可愛いですよね」
店員はいかにもこれがお似合いだと言わんばかりに、指にはめるよう勧めた。
「7月生まれですか?」
「あっ、はい」
自分の誕生石だから選んだと思われるのは嫌だったが、面倒なのでそういうことにしておく。
「サイズお測りしましょうか」
ここまできて断ることができない田舎者は、勧められるまま思わず左手を差し出した。
「サイズぴったりですよ。すごーい。」
運命的な出会いを演出するには十分な接客で、もう後には引けなくなったが、そうでなくてもこれに決めた。
雑貨店で買ったアクセサリーが乱雑に収まったアクセサリーケースには、学生ボタンが一つある。中学の男子制服のボタン。
人一倍人見知りで、仲のいい女子も数人だけだった私は、三年間男子と会話すらしたことがなかった。そんな私に親友だった美津子が、卒業式の後に渡してくれたボタン。
美津子は私と正反対で、おおらかで男女問わず友好関係があった。彼とは文化祭の委員で一緒だったこともあり、ホットラインが存在している仲だった。その美津子がこっそり渡してくれた。
「第二ボタン確保してきたよ」
そう言って、私に丸い金縁のボタンを差し出した。
私は何も言っていないし、美津子も誰のものとは言わなかったが、二人は当然のようにその彼のボタンを見つめていた。
彼とは別の高校に進学したので、卒業式以来会っていない。
ハタチになって、ようやくその時が来たのだと理解し、特別大きな感情が湧かなくなったことがその証だと感じた。
雑貨店のアクセサリーとボタンをビニール袋に入れて、ケースの中央にルビーの指輪をそっと置いた。
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