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『ヘル中女の唄』 第1話

岐阜県・奥飛騨にある千年続く桜木神社で執り行われる桜神楽。
1人の少女が披露した唄と舞は多くの人を魅了した。
桜神楽20代目の巫女・児玉ひばりである。
ひばりは普段、穂高中学に通う、ごく平凡な中学生。
眼鏡におさげ姿、ヘルメットを被り自転車を漕ぐ。
人見知りの性格で、巫女として舞、唄う姿は全く想像出来ない。
中学2年も終わろうとしていた春休み前に、転校生が現れる。
双子の姉弟、風祭詩音と奏音。
この2人との出会いが、ひばりの人生を大きく動かすことになる。
人生も恋愛も勉強も友情も、何もかもが不安定な思春期な少年少女たちが、
葛藤を抱えながらも、音楽を通じて成長していく物語!

○ロサンゼルス・グラミー賞会場
 
   眩いフラッシュとスタンディングオベーシ
   ョンの中、喝采を浴びている一組のバン
   ド。
 
○アルプス山脈
 
   神々しい光が差し込み、一面に雲海が広が
   っている──。
N「寒さが残る3月上旬」
   凜とした温かな音が鳴り響いている。
 
○下り坂
 
   丸眼鏡を掛け、おさげに髪を結んでヘルメ
   ットを被った児玉ひばり(14)が、歌を口ずさ
   みながら自転車を漕いでいる。
ひばり「(楽しそうに)!」
 
○タイトル『ヘル中女の唄』
 
○穂高中学・外景
 
   校門に『学校法人 穂高中学校』の表記
   ──。
茜の声「転校生?」
 
○同・2年3組の教室
 
   茶髪のロングヘアでピアスを耳に開けてい
   る女子・佐々木茜(14)が窓際の席に座っ
   ている。
茜「この時期に?」
   茜の前の席に座っているのは、短髪で精悍
   な男子・笹沼幸太郎(14)。
幸太郎「男子と女子だって」
茜「へえ……(乙女っぽく演じながら)ああ、可愛
  い子だったらいいなぁ」
幸太郎「?」
茜「あんたの心の声」
幸太郎「は?」
茜「スケベ」
幸太郎「誰が!」
茜「あんたよ、あんた。この前も隣のクラスの子
  に告白されてたでしょ」
幸太郎「な、なな」
茜「モテる男はツラいってか」
幸太郎「何言ってん(だよ)」
茜「で、付き合った?」
幸太郎「つ、つつつ付き合ってねぇし」
茜「(幸太郎の頬をツンツンして)照れちゃって
  ぇ。ウブなんだから」
幸太郎「(茜の手を払って)照れてねぇし!」
茜「(バッと幸太郎の顔に近づいて見つめる)」
幸太郎「(頬を赤らめて)な、なな何だよ」
茜「好き」
幸太郎「(ビクッとして)ひゃいッ!?」
茜「あははははッ。ひゃいッって何!(爆笑)」
幸太郎「……茜ぇ!」
 
○街路
 
   腰の曲がったお婆ちゃんが、大きな風呂敷
   を手に取る。
お婆ちゃん「ありがとうね、ひばりちゃん」
ひばり「お婆ちゃん、もうひとりでも大丈夫?」
お婆ちゃん「(頷き)あんなに小さかったのにね
  ぇ、もうこんなに大きくなって」
ひばり「えっへん!(胸を大きく張る)」
   スンとした胸元──。
ひばり「(バッと胸を隠し、悲しい表情で)大き
  くなる、よね?」
 
○穂高中学・2年3組の教室
 
   担任教師の女性・高岸麻衣子(25)が教壇に
   立っている。
幸太郎「(ひそひそと)ひばりは?」
茜「(同じく)遅れるって」
麻衣子「転校生を紹介します」
   ガラガラとドアが開き、転校生が入って来
   る。
幸太郎・茜「!」
 
○同・校門
 
   自転車に乗ったひばりがシャーっと入って
   くる。
 
○同・2年3組の教室
 
   ザワついている教室。
麻衣子「静かに!」
   麻衣子の横に容姿端麗な双子の姉弟、風祭
   詩音(しおん・14)と奏音(かのん・14)が立っ
   ている。
麻衣子「2人はオーストリアから、ここ日本に来
  ました」
詩音・奏音「……」
   ザワつく教室。
麻衣子「はい、静かに。親戚のお家にお世話にな
  っているのよね」
詩音・奏音「(頷く)」
   男子は詩音を見て「かわいいよな」「まじ
   ヤバい」、女子は奏音を見て「かっこい
   い」「好きになりそう」とザワついてい
   る。
麻衣子「静かにって言ってるでしょ! 2人はま
  だ日本の生活に慣れてないから、皆さん気に
  かけてあげて下さいね」
   幸太郎の後ろの席にいる茜が声を掛ける。
茜「(小さい声で)激かわじゃん」
幸太郎「(見惚れている)」
茜「(イラッとして、幸太郎の耳たぶを引っ張
  る)」
幸太郎「痛たたたたッ」
麻衣子「うるさいッ」
 
○同・玄関ホール
 
   上履きに履き替えたひばりが走って行く。
   通りかかった英語教師の吉田丈(45)。
吉田「(走って行くひばりを見て)……」
 
○同・2年3組の教室
 
麻衣子「後ろの空いてる席に座ってもらってい
  い?」
   「はい」と言いながら、歩きだす詩音と奏
   音。
奏音「(席に座る)」
詩音「(椅子を引き、座ろうとする)!」
   ガラガラと勢いよく教室後方のドアが開
   く。
茜・幸太郎「あ!」
ひばり「はあはあ……す、す、すすすみません」
   ガバッと頭を下げて入ってきたのはひば
   り。
麻衣子「児玉さん、5分遅刻です。早く席につい
  て」
ひばり「は、はいッ」
   と、歩き出そうとしたひばりの前に立って
   いた詩音。
ひばり「……」
詩音「……」
奏音「(見ている)」
詩音「(笑顔で)よろしく」
N「これが……後に世界を股に掛け、羽ばたいてい
  く2人の出会いであった」
ひばり「誰!?」
 
○たまきの家・リビング
 
   電話をしている霧島たまき(42)。
たまき「学校に行きました……ええ……大丈夫です
  から……私がしっかり面倒見ます。もう切りま
  すよ。私も忙しいんですから」
   電話を切るたまき。
たまき「(大きく溜息をつく。見て)……」
   置かれていた写真立てを手に取るたまき。
   写真──成人した美男美女2人が仲睦まじ
   く写っている。
たまき「大きくなったよ、詩音も奏音も。立派に
  成長してますから安心して下さい、お姉ちゃ
  ん、お義兄さん……(困った表情になって)あ
  あ、でも相変わらずな人もいますが(溜息つ
  いて)困ったものね、お父さんには」
 
○穂高中学・外景
 
   チャイム音が鳴り響く。
 
○同・2年3組の教室
 
幸太郎「飯、よかったら一緒にどう?」
   詩音と奏音がいる。
茜「食堂行くよ」
詩音・奏音「(見合わせ)……」
幸太郎「困ってるだろ」
ひばり「(茜の陰に隠れていた)茜は強引」
茜「(幸太郎のスネを蹴る)」
幸太郎「あひッ! 何で」
茜「何となく」
ひばり「ふふふ」
   その様子を見ていた詩音と奏音がクスッと
   笑う。
奏音「いいかな?」
詩音「一緒に行って」
   微笑みながら頷くひばりと茜。
幸太郎「(スネを抑えて蹲っている)痛あいッ」
 
○同・食堂
 
   生徒たちの視線が1つのテーブル席に集ま
   っている。
ひばり「茜……みんなに見られてる気がするんだけ
  ど」
茜「(丼をガツガツ食べている)気のせい気のせ
  い」
幸太郎「(お茶を飲んで)……(見る)」
   3人の向かいに座ってご飯を食べている詩
   音と奏音。
詩音「(上品な振る舞いで食べている)美味し
  い」
奏音「(同じく)」
   詩音と奏音の周りが、彩り鮮やかな光りで
   包まれているような雰囲気を醸し出してい
   る。
幸太郎「これは……」
茜「(食べてる手を止めて、見る)住んでる世界
  が違うな」
ひばり「(コクコクと頷く)」
     *    *    *
奏音「ご馳走様でした」
詩音「とても美味しかったわ」
   「ううう」と苦しそうに唸っている茜。
ひばり「(心配そうに)食べ過ぎだよ、茜ぇ」
茜「幸太郎、薬」
幸太郎「持ってねぇよ」
茜「取ってきて」
幸太郎「なぜ!」
   ポーチから薬を出すひばり。
ひばり「これ飲んで」
茜「(受け取り)さすが、ひばり」
   薬を飲む茜。
   3人のやり取りを微笑ましく見ていた詩音
   と奏音。
奏音「3人は仲いいんだね」
幸太郎「幼馴染みなんだ、俺たち」
   茜の背中をさすっているひばり。
詩音「へえ……児玉さんと佐々木さんって、随分タ
  イプが違うようだけど」
奏音「詩音」
詩音「?」
茜「……一緒にいたらおかしいのか」
幸太郎「おい」
茜「釣り合わないって?」
詩音「そんなつもりで言ったんじゃないの」
茜「じゃあどういうつもり」
   張り詰める空気。
ひばり「あ、あの」
   ひばりを見る4人。
ひばり「茜は、とても優しい人なんです。ガサツ
  に見えるけど」
茜「ガサツ?」
ひばり「思いやりがあって、いつも私のこと助け
  てくれる」
茜「たまたまだ、たまたま」
ひばり「(茜を見つめ、ニコッとして)そうでし
  ょう」
茜「(照れくさそうに)……別に」
幸太郎「もういいだろ、茜。ごめんな、2人と
  も」
奏音「謝りなよ、詩音」
詩音「不思議に思ったから聞いただけなのに?」
幸太郎「やっぱり、海外で育った人は違うんだ 
  な。ほら、日本人は言いたいこと言えないだ
  ろ」
詩音「日本人よ、私も」
   シーンとなる一同。
奏音「(話を変えようと)笹沼君は何か部活やっ
  てるの? スポーツマンって感じするから」
幸太郎「お、おお! サッカーやってる。キャプ
  テンだ!」
奏音「サッカー!?」
幸太郎「興味ある?」
奏音「大好きだよ、サッカー!」
幸太郎「マジか! 俺のこと幸太郎でいいぜ」
奏音「奏音って呼んで」
   ガッチリと握手する2人。
茜「単純」
ひばり「男子っていいね」
詩音「2人は何かやってないの?」
茜「帰宅部」
ひばり「(恥ずかしそうに)同じく」
奏音「幸太郎、今度サッカー部の練習行ってい
  い?」
幸太郎「来い来い!」
詩音「帰宅部って面白い?」
4人「え」
 
○アルプス山脈
 
N「3学期も終わり、春休みを迎えたひばりたち
  ──」
 
○たまきの家・リビング(朝)
 
   「おはよう」と、眠そうな顔で挨拶する詩
   音。
たまき「(がいた)おはよう、詩音」
     *    *    *
詩音「ご馳走様でした」
   食べ終わった食器を片づける詩音。
たまき「置いといていいわよ。洗っとくから」
詩音「ありがとう。ねぇ、奏音は?」
たまき「朝早くに出掛けたわよ。サッカー部に入
  ったって」
詩音「え!?」
たまき「楽しそうだったわよ」
詩音「あいつ」
たまき「詩音は部活に入らないの?」
詩音「……入った」
たまき「え」
詩音「帰宅部」
   リビングから出て行く詩音。
たまき「へ?」
 
○同・詩音の部屋
 
   バタンとベッドに倒れ込む詩音。
詩音「はあ」
   仰向けになり、天井を見上げる詩音。
詩音「……」
 
○穂高中学・食堂(回想)
 
幸太郎「詩音ちゃんはやりたいことないの?」
詩音「私は……」
奏音「(見て)」
ひばり「?」
詩音「あった、かな」
ひばり・茜「あった?」
詩音「ううん、いいの今は」
奏音「……」
茜「ならピッタリだな、帰宅部。自由だし、楽し
  いぞ」
詩音「え」
茜「何をしてもいいんだ。縛られない、やりたい
  ことをやればいい。自由だ! 最高だ!」
詩音「自由……」
ひばり「何かちょっと違うような」
茜「そう?」
幸太郎「間違っては……ないか」
奏音「詩音?」
詩音「(ブツブツと)自由……何をしても……最
  高」
 
○たまきの家・詩音の部屋
 
詩音「(枕を投げ)何が最高よ! つまんないじ
  ゃない!」
     *    *    *
   詩音の脳裏に「ふふふ」と悪い表情を浮か
   べる茜の顔が思い浮かぶ。
     *    *    *
詩音「あの女ッ。騙したんだわ! ムカつく!」
 
○児玉家・ひばりの部屋
 
茜「ヘックション!」
   ティッシュで鼻をかむ茜。
ひばり「(もいた)風邪?」
茜「一瞬寒気がした(身震いして)ううッ」
   向かい合って宿題をしていた2人。
ひばり「今日はもう帰る?」
茜「大丈夫。早く終わらせないと」
ひばり「ごめんね、いつも手伝ってもらって」
茜「この時期は祭りの準備で忙しいからな」
ひばり「ありがとう、茜」
茜「今年でちょうど1000年か」
ひばり「うん」
茜「楽しみだな」
ひばり「(微笑む)」
 
○穂高中学・校庭
 
   ──で、サッカー部が練習をしている。
幸太郎「奏音!」
   幸太郎が奏音にパスを出す。
奏音「おお!」
   ダイレクトでシュートを決める奏音。
幸太郎「ナイッシュー!」
   グットと親指を立てる幸太郎。
奏音「(幸太郎にグットと親指を立てる)」
     *    *    *
   サッカー部員が各々休憩している。
幸太郎「ほら(スポーツドリンクを渡す)」
奏音「(受け取り)ありがとう」
   ベンチに座り、ドリンクを飲む2人。
幸太郎「見る専門じゃなかったんだな、サッカ
  ー」
奏音「本格的にやるのは初めてだよ」
幸太郎「そうなのか?」
奏音「チームに入らせてもらえなかったんだ」
幸太郎「(えッ)……」
奏音「幸太郎?」
幸太郎「悪い、変なこと聞いたかなって」
奏音「(首を横に振る)大丈夫。今、楽しいし」
幸太郎「……(立ち上がり、手を差し出す)」
奏音「?」
幸太郎「やろうぜ、サッカー」
奏音「(微笑む)」
   ギュッと握り合う幸太郎と奏音の手──。
 
○同・職員室
 
   窓から見ていた英語教師の吉田。
吉田「……」
麻衣子の声「奏音君は馴染めていますか」
吉田「!」
   麻衣子が来る。
吉田「高岸先生。ええ、上手く溶け込んでいるよ
  うですよ」
麻衣子「よかった」
吉田「先生も部活ですか」
麻衣子「はい! 今年は地区大会優勝目指します
  よ、バレー部」
吉田「張り切ってますね」
麻衣子「吉田先生は、顧問持ってないですよね」
吉田「はい」
麻衣子「どこか担当しないんですか」
吉田「恥ずかしながら、私が教えれるような部活
  がなくて」
麻衣子「大丈夫ですよ、気合いと根性さえあれ
  ば! では、行ってまいります!」
   元気に出ていく麻衣子。
吉田「気合いと根性って、いつの時代ですか」
   サッカー部の活気溢れる声がグラウンドに
   響き渡っている。
吉田「(寂しい表情を浮かべ)いいですね、若い
  って」
 
○たまきの家・外景(夕方)
 
   夕陽に照らされている。
 
○同・詩音の部屋(夕方)
 
   ベッドで寝ている詩音。
詩音「(眠っている)」
 
○詩音の夢
 
   ギターを弾いている幼い頃の詩音。
   「何やってるんだッ」と怒鳴りながら来る
   黒い影。
詩音「(ビクッとして)」
   取り上げられるギター。
詩音「(泣きながら)返して!」
黒い影「こんなものやるんじゃない!」
   「返して返して」と、泣いている詩音。
   陰からその姿を見ている幼い奏音。
黒い影「こんなことしてる暇があるなら練習しな
  さい!」
   バイオリンを渡される詩音。
詩音「(グスグスと泣いている)」
 
○たまきの家・詩音の部屋(夕方)
 
   「ううん」と目を覚ます詩音。
詩音「(詩音の目尻から涙が零れている)……夢
  か」
  部屋の壁に立て掛けられているギター──。
 
○桜神社・境内入り口(夕方)
 
   『4月4日 祝桜祭り 1000年祭』の看板
   が立てられている。
   温かで心地よい歌声が響き聞こえてくる。
 
○たまきの家・外景(夕方)
 
   ビニール袋を両手に持ち、帰って来るたま
   き。
たまき「?」
   2階の詩音の部屋から鳴り響く音色──。
 
 
○桜神社・大桜(夕方)
 
   樹齢1000年の大桜がそびえ立っている。
   響き渡る澄んだ歌声──。
 
○たまきの家・詩音の部屋〜桜神社・大桜(夕方)
 
   ベッドの上でギターを肩から掛けて弾いて
   いる詩音。
詩音「(目を瞑って噛みしめるように弾いてい
  る)」
     *    *    *
   大桜の前にセットされた大きなステージ
   で、巫女装束姿で髪をなびかせ舞い踊り唄
   っているひばり。
ひばり「(華やかに)」
   以下カットバックで──。
詩音「(立ち上がり、無心に弾いている)」
ひばり「(激しく舞い踊り唄っている)」
N「2人の少女が奏でた音色と唄は、離れた場所
  でありながら、奇しくも示し合わせたかのよ
  うにハーモニーを奏でたのであった」
詩音「(目をガッと開き)!」
ひばり「(目を輝かせて)!」
 
              第2話へ続く

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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