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人狼の惑星(ほし)(SFショートショート)

 時は未来。8人組の強盗団が、惑星ヴォルフの植民地を急襲するが……。


 俺達は、全部で8人からなる強盗団だ。
 惑星ヴォルフの数百人規模の植民地を宇宙戦艦で襲撃し住民を全員殺して、金だの食糧だの貴金属だの燃料だの、めぼしい物を強奪した。
 ヴォルフは辺境の植民惑星で、銀河ポリスの宇宙艦も、めったに来ない。
 虐殺した住民との戦闘で戦艦が動けなくなったため、ロボットによる修理が終わるまで、数日間いる予定だ。
 全住民を殺した日の夜、血も凍るような悲鳴が聞こえてきた。俺はレイガンを握りしめ、声の聞こえた方へ向かった。
 俺以外の連中も気づいたらしく、人間の走る足音が聞こえる。
 悲鳴の聞こえた船室に入ると、強盗団のボスのアランが血まみれになって倒れていた。
 喉笛に、獣の歯で噛まれたような痕がある。
「人狼だ。人狼のしわざに違いねえ」
 俺と一緒に駆けつけた仲間の1人のベンが、亡霊でも見たような口調で断定した。ベンが人狼と呼んでるのは、この惑星の先住民だ。地球の狼に似た哺乳類から進化した知的生命体で、地球人のように2足歩行で生活していた。
 かれらには変身能力があり、地球人そっくりに姿を変えられる。しかも体内のDNAまで地球人と同じにできるので、血液を鑑定しても地球人か否かを判断できない。
 かれら「人狼」は、恒星間宇宙船でやって来て惑星ヴォルフに入植してきた地球人との平和的な交流を拒絶した。地球人がやって来るまで人狼達は、野生動物を捕食していた。地球人は、人狼にとって餌の1つとなったのだ。 
 それでも地球人達は、この惑星に入植した。ヴォルフは重力も気圧も大気の成分も地球とよく似ており、自転周期も地球とほぼ同じ24時間で、地球人には住みやすい環境だったのだ。
 しかも地球では枯渇した石油や鉄鉱石やレアメタル等の地下資源や、金や銀や銅やダイヤやルビー、プラチナ等の貴金属もふんだんにある。人狼の住む鬱蒼とした大森林からは、高価な家具を作るための良質な木材が、たくさん採れた。
 地球では絶滅したクジラに似た哺乳類や、新鮮な魚貝類が捕獲され、貨物船で地球に送られ、最終的に食卓に並んだ。そのため「人狼」に襲われる危険をかえりみず、入植する連中が、後を絶たなかったのだ。

  強盗団のボスだったアランが死んで、生き残った俺達7人は善後策を練るため、宇宙戦艦内の会議室に集まった。住民全員を殺害した後、侵入者が来ないよう入植地周辺を透明な電磁シールドで封鎖したのだ。
 現在シールド内の地球人の生体反応は七つしかない。つまり「人狼」は7人のうちの誰かに化けたのだ。「人狼」は遺伝子レベルまで地球人と同じに変身できるため、生体反応も地球人としてカウントされる。だから生体反応は七つになるのだ。
 無論狼野郎が地球人に変身してなければ生体センサーも地球人としてカウントしない。が、殺されたアランはシールド内におり、人狼がシールドの外に出られない以上、人狼のままでいるなら人狼としての生体反応があるべきだが、それはない。
 アラン以外にももう1人殺されて、狼野郎はそいつに変身したのだろう。皮肉だがこの状況は、「人狼」というカードゲームと同じである。このゲームの発祥の地はアメリカだ。プレイヤーは全員に配られたカードの中から一枚を引く。
 カードの中には「人狼」や「村人」等の役職がある。「占い師」のように特殊な能力を持つ役職カードもあった。さしずめ今の俺は、何の能力もない「村人」のカードを引いたようなものだ。
 今の俺達はカードゲームの「人狼」のようにこの惑星の先住者である人狼を見つけだし、速やかに排除しなけりゃならない。が、人狼が化けているのが誰なのかわからないし、判断する方法もなかった。俺の心臓が早鐘のように高鳴っている。
「人狼か否かは、あたしなら探しだせるわ」
 クララが突然、口を開く。
「なんで、そんなのわかるんだよ」
 ベンが、クララに詰め寄った。
「前に言わなかったっけ。あたし、エスパーなの」
「エスパーなら、誰が人狼か当てられるかってのは、俺も聞いた事がある」
 仲間の一人のデビッドが、口をはさんだ。
「でもその能力は限定されてて、一日に一人しか、使えねえはずだ。一度相手が人狼かどうか調べちまうと、翌朝になるまでその能力を使えないんじゃなかったっけ」
「その通りね」
 クララが答えた。エスパーの能力は奇遇にも、カードゲームの「人狼」の占い師と同じである。カードゲームの「人狼」の占い師も、一日一人だけ指定して、その人物が「人狼」か、そうでないかを占う事ができるのだ。
 通常人狼ゲームにはゲームマスターが一人おり、ゲームマスターが占い師にだけ、指定した人物が人狼か否かを伝える事になっていた。
「早速あんたの正体を探ったわ。あんたは人狼じゃない」
 クララは、デビッドにそう話した。クララとデビッドは男女の仲にあり、その件は全員が知っていた。彼女が真っ先に恋人の身がどうなったかを案ずるのは当然だろう。
「それを言うなら、俺もエスパーだ」
 発言したのは、エディだ。
「俺はフレッドを占った。奴は、人狼だ」
 フレッドは一番新入りのメンバーだったが、生意気な性格で嫌われていた。そのくせ仕事は半人前で、別の惑星で銀行強盗をやった時さっさとずらからなかったために、地元のポリに強盗団全員が捕まりそうになったのだ。
 ポリの追撃を何とかかわし、宇宙戦艦で全員が逃亡したが、その前にフレッドが一人だけ逃げ遅れた。エディはフレッドを助けたためにポリのレイガンを食らって負傷したが、未だにフレッドは礼の一つも述べていない。
「エディてめえ、俺をはめようとしてるだろう」
 フレッドが、悪魔のような形相で怒鳴りつけた。
「んなこたねえ。俺のエスパーとしての勘が、貴様を狼野郎とにらんだだけよ」
 エディは、フレッドにレイガンを向けた。フレッドも銃を抜こうとしたが、先にエディがレイガンを撃ち、フレッドは腹に穴を開けて倒れる。明らかに即死だ。これで今生きているのは6人だ。
「おかしいよ」
 発言したのは、ジェーンである。今生き残っている6人の中で、ジェーンとクララだけが女だった。ちなみにジェーンは、亡くなったボスのアランの恋人だ。
「フレッドが人狼だったら死んだ後すぐ、人狼の姿に戻るだろう。でも、見てよ。姿が人間のままじゃない。エスパーって話は嘘だろう」
 ジェーンは、射るような目で、エディをにらんだ。
「確かにジェーンの言う通りだ」
 俺が横から口をはさんだ。
「エディ、あんたがフレッドを嫌いだったのは知ってるよ。でも、こんなやり方で殺しちまうのはおかしいじゃん」
 ジェーンは、エディにレイガンを向け、引き金を引く。エディの胸に穴が開き、前のめりに転倒する。エディも、今や遺体となった。どす黒い血が、床の周囲に広がってゆく。彼もフレッドの死骸同様人狼には変化しない。
 エディはエスパーではなかったが、この星の先住者ってわけでもなかった。アラン、フレッド、エディが冥土に去ってゆき、残りは俺も含めて五人。そのうちの1人が狼男、もしくは狼女なので、地球人は俺入れて四人だけだった。
 クララが占い師で、彼女が占ったデビッドが人間、当然俺も地球人だから、ベンかジェーンのいずれかが人狼だ。俺は、二人の顔を見たが、どっちが狼人間なのかは判断がつかなかった。両方ともそうだという可能性もある。背筋にひやりとするものを感じた。
 遺体は作業用ロボットが運搬し、カプセル型の棺にしまう。棺は中に納めた遺体を冷凍保存するシステムになっている。

その夜俺達は、ばらばらの船室で1人ずつ寝る事にした。お互い疑心暗鬼になり、互いを信じられないのだ。誰が人狼かわからないから無理もないが。
 翌朝になればクララが新たに人狼を見分ける能力を発動できるので、それまで全員が1丁ずつレイガンを持ち、個室に鍵をかけて寝る形にした。俺は、あまり眠れないまま一晩を過ごす。今後が本当に不安だった。
 翌朝2つの太陽が東の森林地帯から昇る頃俺はベッドから起きあがり、クララのいる部屋に速足で向かう。一刻も早く、彼女に残ったメンバーの一人が人間か人狼か、調べてほしかったのだ。
 中から施錠されてるはずのクララの部屋はなぜか開錠されており、扉は半開きであった。そこへ同時に現れたデビッドやジェーンやベンと共に中に入る。そこにはクララが倒れており、すでに骸となっている。
 部屋の床に倒れていたクララは、最初に殺されたボスのアラン同様、喉笛を何かの獣に噛みきられていた。やはり人狼のしわざだろう。クララの恋人だったデビッドが慟哭をあげた。彼は変わり果てたクララの遺骸に取りついた。
 腰を落とし、血まみれになった死体のそばで号泣する。クララは全身を食いちらかされていた。アランの時と違い、すぐ駆けつけたわけじゃないので、食事をする時間があったというわけだろう。
 他の死体同様クララの遺体も宇宙戦艦に常備されているカプセル型の棺の中に入れられた。正式な葬儀をするまで、とりあえずの保管であった。それらの作業は、全てロボット達にやらせる。
 クララが殺されたので、生き残ったのは4人となってしまっていた。この惑星に来た時は8名いたのに、あっという間にメンバーが半数に減ったのだ。その4人は、現在宇宙戦艦内の一室に集っていた。
「あくまで可能性の話として言うけど、アランやクララを襲ったのが人狼以外の獣って事はないのかな」
 発言したのは、ジェーンである。
「それは、ねえ」
 俺は、即座に否定した。
「人間以外の生きてる動物がいれば、それはこの戦艦の生体センサーが拾って発見できる。が、昆虫みたいなのは飛んでるが、アランやクララを襲うような肉食動物の生体反応は電磁シールド内にはねえんだ。それにアランとクララの遺体の噛み跡をロボットが調べてコンピューターに照会したが、この惑星に生息する人狼の歯型で間違いないという判断が出た。それも同一の個体による襲撃だそうだ」
「わーった。つまり、電磁シールド内に2匹の違う人狼がいて、別々にアランとクララを殺したんじゃないわけね」
「つーこったな。人狼は1匹しかいねえ」
 俺は、答える。
「でも、人狼がクララを襲った時は、人間から人狼に戻ったんだろう。だったら戦艦の生体センサーが、何でそこで人狼を発見できなかったのかしら」
「生体センサーを開発したメーカーに量子テレポート通信で問い合わせたら、こんな結果が戻ってきた」
 俺は脳波通信で、返信されたメールの内容を他の3人、ジェーンとデビッドとベンに送った。
「そこに書いてある通り、人狼は地球人から人狼に戻った後30分以内にまた地球人に変身すれば、生体センサーで人狼として検知されない。しかもこれは秘密じゃなく、公式に流布されてるって話だ。人狼の奴らも知ってる可能性があるそうだぜ。奴らはなりこそ狼だが、俺達と同じぐらいの知能があるしな」
 俺は、そんなふうに解説した。
「わからねえ」
 泣きはらしてうつむいていたデビッドが突然叫んだ。
「何でクララはドアを開けちまったんだ。あれだけ明日の朝5人全員が揃うまで、部屋は施錠するように念を押したのに」
「全くだ」
 俺が話した。自分でも、言葉に力がないのがわかる。
「それだけクララが信用してた奴に、人狼が変身したからじゃねえのかな」
 突然ベンが、口を出す。疑いの目が、ジェーンの方に向けられている。
「どういう意味だい」
 鋭い視線を向けられたジェーンが、不機嫌そうに鼻を鳴らした。汚物でも見たような顔をしている。
「亡くなったボスのアランとねんごろだったあんたなら、夜中に部屋の鍵を開けるようクララに言っても、信用されるだろうって話よ。そもそもあのボスが、簡単に人狼に殺されたのも合点がいかねえ。が、狼の奴があんたに化けていたんなら、油断したのも納得がいく」
「何言ってんだよ。適当な話すんじゃねえ」
 ジェーンが、ベンに向かってすごんだ。
「それだけじゃねえさ。昨日あんたがレイガンでエディを殺したのも解せねえ。確かにエスパーを騙ってフレッドを撃ったエディもどうかと思うが、新入りのフレッドが仕事で足を引っぱってたのも事実じゃねえか。なのに古株で仕事もできるエディを殺ったのは、なぜなんだよ。地球人の数を少しでも減らそうっていう人狼の策略じゃねえのかな」
 ベンはそう話しながら、自分のレイガンをホルスターから抜き、その銃口をジェーンに向けた。ジェーンもレイガンを抜こうとしたが、その前にベンがトリガーを引く。見えない射線がジェーンを貫き、彼女は前のめりに倒れる。
 血まみれになった彼女は明らかに即死であった。そしてジェーンもその姿は人間のままだ。俺は自分のレイガンを右手で抜くと、ベンに筒先を向けた。
「結局貴様が狼野郎だったのか。屁理屈並べて、よくもジェーンを殺したな」
 俺はあまりの怒りのために、全身が燃えるように熱かった。引き金を引くと、眼前のベンがぶっ倒れる。倒れたベンはしばらくの間ピクリ、ピクリと動いていたが、やがてその動きを止めた。驚く事に、ベンの遺体も地球人のままである。
 俺はあわててデビッドを振り返ろうとしたが、奴が先にレイガンで俺の右腕を撃ったため俺は銃を離してしまい、それは床に落下した。
「どうしてだ。貴様はクララに占われて、地球人と判断されたはずなのに」
 俺は右腕の激痛に耐えながら、眼前の男に聞いた。俺の言葉にデビッドは……いやデビッドに変身した人狼は、不敵な笑みを顔に浮かべた。
「クララがエスパーだってのは嘘よ。俺は最初にここへ来た時1番最初にデビッドとかいう男を襲って食い殺し、この男に変身した。そしてそんないきさつを知らねえクララを上手い事説き伏せて、彼女にエスパーを騙らせ、俺を地球野郎と判断させたのよ。そうすれば、俺とクララへの疑いが解かれるって説明してな。デビッドにぞっこんだったクララを騙すのは簡単だったぜ。そして昨夜はクララに部屋を開けさせて、あの女も食い殺したってわけさ」
「どうしようもねえクズ野郎だな」
 俺は痛みに耐えながら、悪態をつく。
「クズ野郎はどっちの方だ」
 デビッドに変身した狼野郎が激怒した。
「てめえ強盗団だろう。元々ここにいた同じ地球人を何百人も殺しておいて、よく言うぜ。そもそも地球人の植民団が来るまで、俺達の種族は森に住む野生の動物を捕食してつつましく暮らしてたのよ。それが地球野郎が入植して大量の木を伐採し道路やダムや高層ビルや宇宙港を造ったおかげで森林が減り、獲物が少なくなったんだよ。それで地球人や、地球人のペットや家畜を捕食するしかなくなった。しかも地球の連中、俺達の種族を狩りの標的にしたり、剥製にしたりしてやりたい放題だろうが」
 デビッドの姿が徐々に、人狼に変わってゆく。俺は抑えきれない恐怖のために、果てしない悲鳴をあげていた。 

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