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巨神の山(SFショートショート)

   まだ幼かったミノルの記憶に、それはハッキリ焼きつけられた。彼が生まれ育った村から見える山の陰から、白い服を着た巨大な男が現れたのだ。
「ばあば。あれは一体なんじゃ」
 身も凍る戦慄を感じながら、幼な子は祖母に問いかけた。遥かに望む山と同じ大きさの巨大な男が突然視界に現れたのだ。想像を超える事態である。が、それを見たばあばの顔は穏やかで、当然のように、その大いなる存在を受けとめていた。
「あれは巨神様じゃよ。ああやって山の向こうから、わしらを見守ってくださる」
 祖母は孫に説明した。
「巨神様のおかげでわしらは日照りや長雨に悩まずとも、百姓を続けられる」
 やがて巨神は山の陰に姿を消す。その後ミノルは成長するに従って他の者にも質問したが、祖母から聞いた以上の話は聞けなかった。ミノルは、それが不満である。山の向こうは一体どんな世界だろう。巨神様は、どういう暮らしをしてるのだろう。 
 そんな疑問が次々湧いたが、村の者は誰も答えを知らないし、興味も持ってないようだ。 ただ毎日田畑を耕し、牛や豚を育て、川や海から魚介類を捕まえ、弓矢で鳥や獣達を捕えて食べ、酒を飲み、恋をして結婚し、子供を育て、歌ったり踊ったりする日々に、何の疑問も抱かないようなのだ。
 が、ミノルは自分が成長したら、自ら山の向こうの巨神様のいる場所へ行きたいと願っていた。彼は村から少し離れた場所にある遺跡にも違和感を抱いている。その遺跡は石造りの巨大な建物で、大昔に人が住んでいたと伝えられていた。
 だが今村の人達が住んでいるのは土と木でできた藁ぶき屋根の粗末な家で、どうやったら昔の人が大きくて重い石を加工して建物を作ったのか想像もつかぬのだ。村の長老も、いかにしてそれができたかは知らないと話していた。
言い伝えでは大昔の人達は魔法を使えたので、それによって重くて大きな石を自由に加工したり、運べたというのだ。
 だとしたら、なぜ今の人間には魔法が使えないのかが疑問であった。石の建物は巨神が造ったという人もいるが、どう見ても建物の部屋は巨神が入れる大きさではない。
 村の人達と同じ大きさの人間に合わせた寸法だ。巨神が村の者のために作ったのかもしれないが、だとしたらなぜ今それは放置され、代わりに村の人達は自分で作った木の家に住んでいるのか? 納得のいかぬ事ばかりだ。

 やがてミノルは15歳になる。すでに自分の馬を持ち、乗りこなしていた。そんなある日彼は親に何も伝えず、単身馬の背に乗って山に向かう。背中に背負った袋には握り飯や干し芋や干し柿が入っていた。途中で狩りができるよう弓矢も袋に入っている。
 保存の効かない握り飯は最初に食べ、竹筒に入った井戸水を口の中に流しこむ。やがてミノルの乗った馬は山登りを開始した。次第に山道は細く険しくなってゆき、ミノルは馬から降りて、馬と一緒に崖沿いの細い道を歩きはじめる。
途中でミノルは足を滑らせ、馬と一緒に転落した。その時彼は、意識を失ったのである。 気がつくと、ミノルは寝台に横たわっていた。体は白い布でぐるぐる巻きにされ、白い掛け布団が体にかかっている。
 ミノルは巨大な女の顔が自分を見下ろしてるのに気づき、思わず悲鳴をあげていた。
「怖がらなくてもいいわ」
 女の口が開いた。不思議な話だが、その口は巨大なのにも関わらず、声の大きさは普通だった。よくよく見るとミノルと女の間には透明な壁がある。そして女の声は、ミノルがいる部屋の壁の方から聞こえていた。
彼がいる部屋の壁に茶色い小さな箱があり、そこには小さい穴がたくさん空いている。そこから声が流れてくるのだ。
「崖から馬と一緒に落ちたあなたを助けたのは、あたしなの。残念ながら、馬の方は死んだけど」
 悲しげな表情で、女が話す。ミノルは彼女の言葉を信じたくなかった。まだ仔馬の頃からかわいがっていたのである。まさか死んでしまうとは……。でもあの高さから落ちたのだから、無理もないだろう。そもそも自分がこうして生きているのがとても不思議であった。
「あんたが巨神様なんだな。巨神様は男だけかと思ってた」
 震える声でミノルが話した。
「あなた達は、そう呼んでるのね」
 女の巨神が笑顔で話した。
「心配しないで大丈夫よ。怪我が治れば村に帰すから。でもなんだって山にいたのよ。他の人達はめったに村から出ないのに」
「巨神様に会いに来たんじゃ。巨神様がどこにいるのか、どんな暮らしをしてるのか、山の向こうにどんな景色が広がってるのか知りたかったんじゃ」
「あなたは好奇心旺盛ね。ともかく食事を用意するから、しばらくそこで寝てなさい」
 それだけしゃべると、女の巨神はそこを離れ、ミノルの視界から消えてしまった。

「少年の容体はどうだい」
 野又(のまた)博士は女性の看護師に質問する。
「さっき目が覚めて、本人とガラス越しに話しました」
 看護師は返答した。直接話すと相手の小さな少年には声が大きすぎるので、少年のいる病室の壁に設置されたスピーカーを通じて会話したのだ。スピーカーから放たれた声は、少年にとってちょうどよい大きさに設定してある。
「後で食事を用意します。村の人達は、あたし達を巨神様と呼んでるようです。村の人達の平均身長は20センチしかないんだから無理もないけど」
 人類縮小化計画が始まったのは21世紀後半だ。持続可能な経済成長を続けるため当時の世界の権力者達が考えたのは人類の縮小化だった。人が小さくなれば地下資源の使用も、二酸化炭素の排出も少なくて済む。
 そのため数世代に渡っての、人間の縮小化を考えたのだ。日本では最初は成人の身長150センチ位の人達の中から希望者を募り、その人達だけで都市を造った。希望者には無料で一戸建ての大きな家を提供し、毎月1人30万円の協力金も支払ったのだ。
その人達の遺伝子を操作して、次は身長140センチ位の人達が集まった都市を造りという感じで、最終的に成人の平均身長20センチの小人が集まる都市が生まれたのだ。人間だけでなく、動植物も遺伝子を操作し縮小させた。
そんな都市が日本だけでも30以上造られたが、思わぬ事態が勃発する。スモールサイズの都市間で戦争が勃発したのだ。小人達は核兵器は保有してないが、通常兵器を使った大戦争になってしまう。
当然戦を止めようとしたが運悪くかれらを生みだした『巨人』の世界で核戦争が起き、それどころではなくなった。
 何十億もの『巨人』達が大勢死に、『巨人』達の戦争が収まった時は小人の世界も戦で人口が激減し、高度な文明は崩壊していた。
ただ小人の世界はドーム内の閉鎖空間にあったため『巨人』達の核戦争による放射能の影響は受けず、気象をコントロールされていたため台風や干ばつに悩まされず、残った人々は農業をやりながら何とか暮らしてゆけたのだ。
 『巨人』達は小人達の世界に高度な文明を取り戻す事も考えたが、それをやると再び戦争が起きる危険を考え、小人の国に介入しなかった。村にある石造りの遺跡とは、コンクリートで造られたビルの残骸だったのだ。


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